成長、そして漸くの邂逅
ミーナの魔力量が明らかに増えていることには気付いていたが、実際に彼女の全力の魔法を見てみると既に自分とはレベルが違う場所にいるのがわかった。
自分を上回る魔力による攻撃がどれほどの威力なのか、明示をするのならエレメントドラゴンを完全に塵に変える程度と言えばわかりやすいだろう。
魔力の消費など考えず、早く、高い火力で放つことに特化されている魔法は、バルパが未だ持っていない強力な遠距離攻撃の手段だ。バルパもボロ剣なりの強力な魔法の武器をぶん投げれば可能だが、それは手段としては下策も良いところなお粗末なものでしかない。
ミーナはどうやら完全に一撃に特化した魔法使いへと変貌を遂げていたらしい。元から繊細な魔法の制御や詠唱による魔力の整形に関してはほとんどズブの素人同然だった彼女らしいと言えば彼女らしいスタイルである。
ただ全力の一撃で火力が足りていない場合はかなり厳しい状況に追い込まれてしまうであろうこともすぐにわかった。ミーナは思いきり魔法を使うと一回の魔法行使でほとんどの魔力を使い果たし、肩で息をしながら今にも地面に倒れこみそうなほどに衰弱してしまうのである。ワイバーンを相手にしていたときはかなり威力を押さえて打っていたようで、彼女はワイバーンの肉体を炭化させる弱とドラゴンを消し炭に変える強の二種類しか魔法が撃てなくなっているらしかった。ミーナも自分と同様魔力の増加に四苦八苦している様子を見てちょっとほっこりしたバルパだったが、ポカポカと胸のあたりを叩かれながらたしなめられてからは真面目モードで観察を再開した。
彼女を後衛に位置させて自分はゴリゴリの前衛、ミーナの一撃後の隙をルルに守らせるようにして回復までの時間が稼げるのなら、彼女は強力な固定砲台になるだろう。
次にルルについてだが、彼女は以前からちょろちょろと使っていた攻撃用の魔法の一切を切り捨てて聖魔法特化型の魔法使いを目指しているらしい。
回復の威力を確かめるためにとりあえずボロ剣で自分の腕を裂こうとしたら、そんなことをしなくても魔物で実践すれば良いと彼女は言った。どうやら自分が見ていない内に大きな心境の変化があったらしいと思いながら、バルパは彼女の魔法の上達ぶりを目の当たりにする。
回復は骨折や脱臼ならば即座に治すことが可能で、切り傷や刺し傷ならば瞬きよりも早く傷口を塞いでしまうことが出来た。部分的な欠損を元の状態に戻すこともほんの少しならば不可能ではないらしい。親指を生やしたり、肉の小削げた部位をもとに戻す程度なら可能らしい。
バルパさんにはエリクサーがあるから必要ありませんよねなどとどこか自嘲気味に言うルルに彼はそんなことはないと自分の意思を伝えた。
数に限りのある回復ポーションはいつ終わってしまうかもわからない消耗品でしかない。未だ四桁単位でストックはあるとはいえ、それは裏を返せばあと一万回致死の怪我をすれば治す手段がなくなってしまうということでもあるのだ。
魔力の消費だけで大きな怪我を治せるその才能は得難いものだと肩を掴んで熱弁すると、ルルは下を向きながら首を小さく縦に振っていた。どうやら与えた指輪を見ているようだったが、俯いていたために詳しい表情を窺うことは出来なかった。
彼女の特筆すべき点は回復以外にもある、ドラゴンのブレス攻撃をしっかりと防ぎきったサンクチュアリだ。スース印の魔改造が進んでいるために最早あれは純粋なサンクチュアリとは似ても似つかないものになっているらしいが、なんにせよ彼女は強力な防御力を身に付けたというのは事実である。しかも彼女が使うのはバルパの纏武のように自分にしか影響を及ぼさないものではなく、自分をその周囲にいる人間ごと守ってしまうようなものだ。それは誰かを守るために強くなろうとしたバルパが欲し、しかし手に入れることの出来なかった力である。
ルルもまた、ミーナと同じく彼にないものをしっかりと手に入れていた。
バルパさんの出来ない部分を補うために修行を頑張っちゃいましたと舌を出す彼女の言葉は、バルパが思わず言葉をなくし胸を詰まらせてしまうほどに真摯なものだった。
彼はつっかえつっかえでありがとうの五文字をルルに伝えた、すると彼女は優しくバルパの腕輪を撫でて大丈夫ですと囁いてくれた。
得難い仲間、自分の無いものを補ってくれる仲間というものを手に入れられたことの幸運を、バルパは感じずにはいられなかった。
彼女の力があればもし自分が他の誰かを守れないという状況に陥ったとしてもなんとかなるに違いないと、戦闘に関しては甘えを見せないバルパにしては珍しく根拠の無い確信を抱いた。
ウィリス達奴隷少女の成長は、バルパには目覚ましいものかどうかはわからなかった。元の彼女達の実力を理解する前に別れてしまっていたのだから当然のことなのだが、ふふんと鼻を鳴らしながら自分の実力をひけらかそうとするウィリスにそのことを正直に口にすると彼女はわかりやすく臍を曲げた。
誉めれば怒るし、正直に言っても怒る。自分を何かあるごとに攻撃しようとしては自滅するくらいに嫌っているくせに、除け者にされているかもしれないという疑念の一つでも持つと不満げで不安そうな顔を浮かべる。
バルパはスースのように大雑把な人間を除けば基本的に女性の思考というものについて考えるだけ無駄というスタンスを取っているのだが、ウィリスの支離滅裂な行動はそんな彼をして行動を分析してみようと思わせる程度には不可思議なものだった。
ウィリスの使う念動術は、人間には精霊術と呼ばれている魔法の亜種のようなものである。その特性は明らかに消費している魔力では出せない規模、威力の攻撃を放てることであり、彼女は実際明らかに少ない魔力消費でガンガンとその術を使っている。人間の分析によれば彼らは自分の体内にある魔力と外気に存在している魔力を混ぜて効率的な魔力運用が可能であるということらしい。
外から魔力を引っ張ってこれるなどということは考えたこともなかった。魔物であるウィリスに出来るのだから、もしかしたら自分にも可能な術なのではないだろうか。上手くいけば自分の魔撃に関しても劇的な上達が……と考えウィリスを放置していると、彼女がぐずり始めたので思考は中断せざるを得なかった。
ピリリやミーナあたりなら撫でれば機嫌を直してくれるのだが、ウィリスの場合は機嫌を一層悪くしてバルパ相手に攻撃を放とうとし、そして首輪を締めて自滅してしまうために下手にふれることも出来ない。
とりあえず泣くなとだけ言いながら時間の経過を待つことしか、バルパに出来ることはなかった。
レイは器用貧乏という言葉がしっくりくる戦い方を好んでいた。彼女は攻撃も防御もしっかりと及第点を叩き出せる代わりに、ミーナやルルのような一点突破な強みのない戦いをする。だが魔法の多重起動が可能であるのは今のバルパ達のパーティーの中では彼女だけであり、レイからも見習うべきところは多かった。
多重起動を行うのは右手で裁縫をしながら左手で魔物を殺し、右足で玉を蹴りながら左足の土踏まずに置物を置いておくとでも形容すべきマルチタスク的な思考と器用さが不可欠であり、バルパが習得するのにはまだまだ時間がかかりそうな技術だった。
だが幾つかのコツは聞き取れたために、実践をして何か閃きを得れれば可能になるかもしれない。バルパは一縷の望みに期待しながら、日々使えない多重起動の練習で魔力を無駄に消費し続けた。
ヴォーネに関しては良くわからなかった。ドワーフの使う刻印術という技術は、少なくとも即座に戦闘利用が可能になるような代物ではないからである。
物の耐久力を上昇させたり、形状を変化させることが可能であり、相手の使う物を脆くしたりすることも可能であるその技術は単体同士での戦闘ではさほどの威力を発揮することはなさそうなので基本的には放置の方向でいくことにした。だが多対多の戦闘ならば確実に有用な技術なのは間違いない。そのあたりのフォローをしながらなんとか戦闘に利用できないかとヴォーネと話をしていると、彼女も終始にこやかに応対してくれた。そのため基本的に戦闘に関しては蚊帳の外だった彼女もそこまで不機嫌になることはなくてバルパとしても一安心である。
最後にピリリについてだが、彼女は既に何度も自分にひっついて無理矢理戦闘に参加していたりするので特筆に値するようなことはない。
魔物と、魔物としてカウント出来ない純粋な昆虫を、ピリリを頂点とした一つの命令系統で操る。魔物の数だけ魔撃の発動が可能であり、体内からも発動が可能であるせいで傍から見ると多重起動を行っているようにしか見えない。
ピリリと話すとき、彼女は専らバルパに抱きつこうとしてばかりいた。一度ミーナに見つかって叱られてからは攻勢も大分収まったが、それでも過度に身体的な接触を行おうとするのは変わらなかった。
もしかしたら、故郷の仲間に会えないせいで寂しさが溜まっているのかもしれない。それならば早く返してやらなくてはな、とバルパは彼女の頭を撫でる度により一層の纏武の維持と性能の向上を誓った。
そんな風に時に話をし、時に魔物を討伐し、時に益体もない遊びをしながら北へ北へとす進んでいくうち、バルパはその足を止めた。
そして担いでいる馬車を降ろし、中へ入っている皆に口頭でこう伝えた。
体内に複数の反応を持っている存在の集団が魔力感知の範囲に入った……と。




