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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第三章 剣を捧ぐは誰がために
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辿り着いた先に

 食事を終え、周囲の安全を気にしながら魔撃の練習をしているうちに気付けば夜が明けてしまっていた。ドラゴンをただひたすらに殺し続けたバルパの魔力量は上昇の一途を辿っており、色々と試行錯誤をする程度では使いきれないほどの量にまで増えていた。

 だが魔力消費はその量に比例して疲労が溜まりやすく、今のバルパでは自分の全ての魔力を使いきろうものなら即座にポーションを使用せねば倒れてしまうというのが実情であった。

 今までのやり方では魔力があまり、しかし過度に使いすぎては戦闘に支障が出る。彼の最近の修行は専ら魔力消費と疲労、そして集中力の持続との戦いであった。

 ドラゴン相手に苦戦しなくなった現状、今の彼には自らの危機感を煽るような好敵手の存在がない。常に魔物を簡単に倒せてしまうというのは安全面の確保の観点から言えば好ましいが、こと戦闘に楽しみを見いだすものにとってはやはりどこか物足りなさを感じさせるものなのだ。

 あちらを立てればこちらが立たず。何事もままならず、中々思い通りにはいかないものだと考えながら腰を上げた。バキバキに固まっている首を左右に動かしながら血行を促進させ、ないものねだりばかりしている自分を自戒する。

 守るために必要な最低限の強さは手に入れた、つまり当初の目的自体は達成しているということだ。

 今バルパに出来ることは纏武と喧嘩をしないような魔法の武具の使い方を覚えること、そして結局取り組むことのなかった魔撃の多重起動の練習をすること。そしてこれもまた達成出来なかった纏武神鳴と迅雷の同時発動を可能にすることである。 

 どちらも先は長そうだが、幸い捜索を続けながらでも出来る練習ではある。ドラゴンを殺して得られる経験値による各種能力の上昇に関してはわりと頭打ちな感のある今こそ、改めて自分の手札を増やし、習熟度を上げていく必要があるだろう。

 生き急ぎながら、しかし手から大切なものだけはこぼれ落ちぬように。そう考えながらバルパは、寝ている皆を起こそうと手に持っている双剣を打ち鳴らした。


 食事を摂っている最中、自分に貼り付こうとするピリリからある程度正確な話を聞いたところ、やはりピリリの一族に会いに行くのを最初にすべきだろうと確認が出来た。

 おそらく距離的に一番近いというのがやはり決め手である。彼女に住んでいた場所の特徴を聞くと、ピリリ達の一族もまたレイの天使族同様に各地を巡っているらしいということがわかった。だがどうやらピリリが所属している虫使いの一族は海よりも深い溝と魔物の領域の境界あたりで移住を繰り返しているらしく、探すのにさほどの困難もなさそうなのは好材料である。

 バルパは一応全員に再度の同意を得て、ピリリの一族探しを始めることにした。


 一度捜索を始めればまともに馬車の中の者と会話が出来なくなるため、バルパは食事の後にピリリに聞き込みをして条件を絞ることにした。

 ピリリの一族についての詳細な話、どのくらいの頻度で暮らす場所を変えるのか、そしてその生活様式や一人一人の強さなどを聞くと、彼女は素直に答えてくれた。信頼のおかげだろうか、彼女は何も気負った様子もなくするすると質問に答えてくれた。

 俺が裏切ったらどうするつもりだと怒ったような口調で言ってみると、バルパがそんなことをするはずないと真っ直ぐ目を見て返された。なので彼はそれ以上余計な口は挟まずに、黙って彼女への質問を再開することにした。

 その質問の内容は多岐に渡り、時に脱線し、時に元のレールへ戻りながらも順調に進んでいく。

 ピリリの言葉足らずの部分はバルパやルルが想像で補完しながら予測を立てていき、その内容から大体の傾向は掴めたように思える。

 まずピリリが一緒に暮らしていた人間達は、幾つかの小集団が連立したような形を取っており、そして全員が虫を使役することが可能であるらしい。全身に入っている刺青が魔法的な効果を発揮し、なんらかのデメリットと引き換えに人間の体を収納箱へ変えることを可能にするという独自の技術を持っており、個々人の戦闘力は中々に高い。 

 虫使いとしての全力を使って戦ってみてくれと頼み込んでピリリの戦闘の様子を観察していた限り、彼女の実力は冒険者で言うと大体Cランク程度だろうとバルパはあたりを付けた。彼女は自分の体内で魔撃を使える昆虫を複数使役しながら、外へ何びきも虫を排出し、そのそれぞれに個別の命令系統を持つことが可能らしい。言ってしまえば集団が一つの意思をもって攻めてくるようなものであり、昆虫一匹一匹が弱かろうとかなりの脅威であるように思えた。

 ピリリはまだまだ同時に使役が可能な虫の数も少なく、使役出来る虫の種類も豊富とは言えない状態で、虫使いとしてはひよっこも良いところなのだという。

 そんな人間が彼女の話を信じれば数百人はいるというのだから、なるほど過酷な環境下で生きられるということも頷ける。

 だが慢心しているわけではないが、バルパ達ならば対処は可能であるように思えた。

 とりあえず魔法と魔撃で数を打ち減らしてからバルパが全力で突貫すれば、おそらく戦闘自体には勝利できるだろう。

 ピリリは絶対に皆に酷いことはさせないと豪語していたが、こういう場合の心の準備というものはいくらしてもしすぎるということはない。

 バルパはもし実力が想定を越えていた場合単騎駆けをする必要があるかもしれないと想定を深めていきながらとりあえず捜索をしてみることにした。

 とりあえず海よりも深い溝と魔物の領域の境界線に住んでいる、怪しげな全身刺青の集団を見つければ良いのだから、さほど難易度は高くないだろう。

 これならば下手に聞き込みをしていらぬ邪推を受けるより、バルパの機動力でしらみ潰しで行った方が手っ取り早い。

 ピリリのいた小集団が住む場所は森が近く、近場に昆虫型の魔物が存在し、かつ人目を避けることが可能な場所ということはわかっている。

 とりあえず疾風迅雷で早駆けし境目のあたりまで向かってから、境界線を縦に進み条件に合致する場所を探せば良い。

 ある程度の足踏みは覚悟してくれと皆の前で口にすると、誰一人文句を言わずに同意を示してくれた。あのウィリスでさえ罵詈雑言を口に出さないあたりから、ピリリの誰かに好かれる才能の凄まじさを感じ取れる。 

 バルパはとりあえず探索を進め海よりも深い溝を越える場所、つまりはピリリに関する捜索の一つの目印を見つけることと同時に、纏武の持続可能時間を伸ばすトレーニングを続けた。現状まだ十分を越えて発動することは出来ず、戦闘が激しくなると更に持続時間は減少する。とりあえずニュートラルな状態で一時間の維持を目標にしよう。


 そう心に決めてから更に進み続けたバルパが目標を達成するよりも早く、具体的には三週間ほどすると、彼らは魔物の領域との境界線らしき場所へと辿り着いた。

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