とある内気少女の語らい
食事の最中はうるさくしてはいけないと誰かから教わらなかったのだろうか。
ヴォーネは自分の分の食事を平らげながら目の前で起こっている一幕に目をやった。
「おいピリリ、いい加減離れろっ‼ バルパがご飯食べにくそうにしているじゃんかっ‼」
「えー、じゃあピリリが食べさせてあげるー。はい、あーん」
「もぐもぐ……うん、うまい」
「食べるなぁっ‼ そこで食べるのはおかしいじゃんか普通っ‼」
「騒がしいですよミーナ、口からパン屑が飛んで汚いです」
「ルルもルルだっ、なんでそんなに落ち着いてられるんだよっ‼」
「私は別にあなたと違って、バルパさんを独り占めしたいわけではないですから」
「ち、違う‼ そんなんじゃないっ‼ そんなんじゃないからな、バルパっ‼」
「何がなんだかわからんが、わかった」
「それはっ‼ 全然っ‼ わかってないっ‼」
以前にも増してわいわいがやがやと騒がしくなっている気がする……と赤髪の少女、ヴォーネは一人小さくスープを啜る。埃が舞うから止めろと何度も注意を受けているのに食事の最中もどったんばったん大騒ぎをしているミーナ、それを受け流しながらもちゃっかり良いポジショニングを維持しているルル、彼女達と向かい合う形で座っているバルパとその奴隷達。奴隷の扱いがどうこうだとかいう問題は既に通り越している。奴隷はバルパ以外に対しては基本的にタメ口だし、彼女達もそれを許容してくれているために大きな問題は何一つ起こっていなかった。そう、今日までは。
いつもよりずっとベタベタしているピリリの姿と、いつもより少しだけ自然になった気がする彼女の笑みを見ながら、ヴォーネはゆっくりとパンを千切ってスープに浸した。
卓の周囲を、人と亜人が一緒になって囲んでいる。こんな光景を見ればお爺ちゃんやお祖母ちゃんは卒倒してしまうかもしれない。薄まっている記憶の中にもしっかりと輪郭の残っている祖父母の顔を思い出し陰りのある笑みを浮かべるヴォーネに、後ろからそっと声がかかる。
「良かったですね、ピリリが楽しそうで」
「……うん、やっぱりあのくらいの子は元気が一番だから」
「見た目的にはヴォーネと大差ないように見えますけど?」
「あはは、ドワーフはやっぱり発育悪いから仕方ないよ」
少し顔を下げてつるぺったーと擬音が出そうな胸部を見つめるヴォーネ。種族全体が似たような体型なのでさしてコンプレックスはないのだが、色々な人間と触れるにつれどうやらドワーフの体型は随分貧相な部類らしいとは彼女も薄々気付いていた。
自分より数歳若いはずのピリリにも下手をすれば負けるプロポーションは、人間基準で言えば間違いなく幼児体型のそれである。
だが別に人間の気を引いて彼らにとっての価値を高める必要のなくなった今では、それはさして問題ではない。
「うーん、平和だなぁ」
「良いじゃないですか、争いだらけよりよっぽど」
「争いは多い方だと思うけどね。戦闘しかり人間関係しかり」
基本的に彼らのやり取りを静観するだけのヴォーネとレイは、自分達の方に飛び火でもしないかぎりは傍観する姿勢を取っている。今まではピリリもどちらかと言えば自分側だったが、どうやらこれからは彼女もあの争いの渦中に身を投げ出すらしい。
良くやるなぁと感心しているヴォーネの隣では、呻き声を上げているウィリスの姿があった。どうやらまた性懲りもなくバルパに攻撃をしようとしたらしい。彼女も彼女でよくやるなぁとどこか暢気なヴォーネ。
そんなことして不興を買うより、おべっかを使うなりした方が絶対に良いと思うんだけど。エルフっていうのはそれだけで凄まじい稀少価値があるわけだし。直に言えば確実に罵倒が飛んでくるだろうから心の中で留めてはいるが、それが彼女に大しての偽らざる感想だった。
ヴォーネの見ている限り、ウィリスはある程度はバルパ達に心を許しているように思える。だが何が彼女をそこまで駆り立てるのか、彼女は決して迎合したり静観したりしようとはせずに彼らと真っ向から戦おうとするのである。
ヴォーネだって人間は好きではないし、むしろ嫌いだがそれはあくまで種族の総和としての話だ。個人で見ればミーナはともかくとしてルルは付き合いやすい人柄だし。
自分が人間と仲良くなっては沽券に関わると考えているのだろう。自分には理解できない感情ではあるが、絶対に勝てない者を相手にしても決して折れようとしないその態度は芯が通っていて少しだけ羨ましい。
「真似したいとは、思わないけど」
「彼女はああしていないと折れてしまうんですよ。誰かと話すのが苦手なだけのあなたなんかより、ずっと弱いですから」
ウィリスの耳に入らないように耳元で囁くレイに、ヴォーネも小声で返す。口に出した部分だけでは意味なんてわからないはずなのに普通に会話になっているあたり、レイはコミュ力お化けであることを改めて感じざるをえない。
誰かと話すのが苦手なのは事実だけど……別に真正面から言わなくても良いのに。私は打ち解けあうことさえ出来れば普通に話せるんだから‼ と越えるべきハードルの高さについては棚に上げながら内心で自己弁護するヴォーネ。
タメ口で普通に話せるレイの言葉は、ヴォーネには間違っているように思えたので反論することにした。
「そうかなぁ? 私はむしろ、強いなぁって思うけど」
「下手に強い分、折れると脆いんですよああいうタイプは」
「ふぅん、そういうものかなぁ」
「間違いありません、だから彼女にバルパさんが人間じゃないって言ってないんです。彼女、なんとか人間に矛先を向けることで正気を保ってるんですから」
「……確かにいくらなんでも腕輪に気付かないウィリスもウィリスかもね。かなり視野狭窄な感じなんだ」
バルパの腕にはついさっきまで自分達がつけていたものと同じ腕輪がついている。ということは十中八九、というかまず間違いなく彼も亜人か訳ありなのだろう。兜でずっと顔を隠しているというのも明らかにおかしいし、どこか人間離れした思考から考えると多分亜人ではないだろうかというのが彼女の見立てだった。
ピリリですら気付いているあの隠す気のない腕輪を見ても、ウィリスは彼が人間だのなんだのといつもグチグチ言っている。確かにそれは少しばかり異常なような気がする。自分もまだまだ他人の心の奥底を測るのは難しいようだ。
自分が閉鎖的な人間であることを自覚しているヴォーネは、まぁそれでも良いかなと考えながら目の前でまだ食事を終えていない自分の主の方を見る。
どういう経緯があってそうなったのかはわからないが、今の彼は兜を取り、頭の上にケーキを乗せながら口いっぱいになるまで食べ物を詰め込まれている。
せっせと頭のケーキにクリームを塗るピリリとまだまだいけるだろ? と聞きながらどう考えても許容量を超えている口の中に野菜を入れ続けるミーナを見て、平和だなぁとまた小さく呟く少女。
あり得ないはずの光景が目の前に広がっているのを見てどこか変な気分になってくる。奴隷になってもこんな風に騒がしい生活が続けられるのなら、案外奴隷も悪くないかもしれない。このまま何もせずに利益だけ享受していてはいずれ切り捨てられてしまうかもしれないし、ここは一発色仕掛けでもしてみようかな。未だ祖父母以外の人間と手も繋いだことのない耳年増なヴォーネとしては珍しくそんなことを考えた。
故郷に帰りたいという気持ちはあるし、自分が元気で暮らしていることを皆に伝えたいという気持ちも強いのだけれど、一度帰ったらバルパの元で奴隷生活を適度に楽しむというのもありかもしれない。
そんな風に考えている彼女の内心を見てとったのか、レイが彼女にしては珍しく真面目な顔をした。
「それは止めておいた方が良いですよ、ヴォーネ」
「え、それってどういう……」
彼女が質問を言い切る前に二人の目の前の机が爆発四散した。
堪忍袋を切らし魔法をぶちまけたミーナのせいで会話はうやむやのまま終わってしまい、そのまま食事はなしくずし的に終わってしまった。
食事が終わり就寝時間になっても、レイの言葉が耳から離れなかった。
ヴォーネは少し悩み、その真意を考察しようと考え、そして気がつけばぐっすりと眠り込んでしまった。




