二者面談 ルル編 2
したいこと、それはやはり戦うことだろう。したくないこととは何だろうと思ったが、冷静に考えてみれば戦うこと以外の全てはバルパにとってはしたくないことだった。今はまた違うが、基本的に自分はしたくないことばかりをしていたような気がする。
結果論で言えばそのおかげでしたいことだけしているよりも強くなれたのだから、文句はないのだけれど。
「色々聞きました。バルパさんの考えもわかります。でも私は初めて話を聞かせてもらった時こう思いました。あなたは無知で、そして傲慢だって」
厳しい言葉を使われるとは思っていなかったバルパが少しだけ目を見開かせた。兜に覆われているおかげでそれがルルに理解されることはなかった。
「魔物を助ける? 奴隷を親元に返す? 違うでしょうバルパさん、あなたがしたいことって、そんなどうでもいいことじゃないでしょう?」
「自分が、したいこと……」
「そうです、あなたはいつも言ってたじゃないですか。死にたくない、絶対に死ぬことだけはしたくないって。でも今のあなたの行動は矛盾している。だって自分からする必要もない危険を被りにいっているじゃないですか。そんなことをするよりもっと安全で、かつ強くなれる方法が転がっているのに」
今まで漠然と考えていた強くなったあとのことを、最近は以前にも増して考えるようになっていた。弱い者、なすすべなく殺される者達に機会をやりたいという答えは未だ変わらない。だがそれは何も、自分の身命を賭してまでやることではないはずだ。
確かに以前の自分なら今の強さがあるならばと脇目も振らず、ヴァンスの制止も聞かずにどんどん迷宮の奥へと潜って行っただろう。
それがどうだ、今自分は強くなることを疎かにしながら、強くなってから考えるべきことを強くなることと同時進行でやろうとしている。そして宙ぶらりんになりかけている。実際ヴァンスに強引に連れ去られなければどうなっていたかはわからない。
戦闘以外、強さ以外に然したる芯のない自分を自覚しているバルパにとって、そのブレは致命的なものになりうるかもしれない。
自らの経験の少なさを自覚している彼は、どうしても行動が受け身になりがちである。
自信がないから、きっと間違っているから。だから彼はここぞという時以外、基本的には流れに身を任せている。
自分は死にたくないと、バルパはそう思っている。だがそれは生きたいという根元的な欲求であり、やりたいことやしたいこととは元を違っているものだ。
自分は何かを平行してやることが苦手だ。戦闘なら戦闘、魔力操作の訓練なら訓練で独立してやりたいし、その最中に誰かの面倒を見たり出来るほどに彼の視野は広くない。
それならばミーナとルルと奴隷達を放り投げ、迷宮の底へ潜っていくのが正しいのだろうか?
根元的な死への恐怖を克服し、自分に自信を持たせるためにはそれが最良なはずだ。しかしバルパには、それが正しいとはどうにも思えない。
しなければいけないこととしたいこと、今までどこか混同していた部分のあったこれらはをしっかりと区別して優先順位をつけなければいけないかもしれない。
「いいんです、今すぐ全部放り投げて迷宮へ潜っていったって。まだ奥がある翡翠の迷宮に戻って、迷宮攻略に精を出したっていいんです。私はそこへついていきますから」
今更迷宮に戻ることは出来ないだろう。それをするには、自分は周りと関係を持ちすぎた。だがその光景を想像してみることは出来る。以前のように戦いながら階段を下り、寝る前にルルに色々な話を聞き、大して広くもなく、居心地も良くはない階段の段差に体を寄せて目を閉じる光景。どこか懐かしく、憧憬のような何かを感じさせるそれを瞼の裏に見ながら、バルパは腕を組んでしみじみと呟いた。
「全てが終わったら……ピリリ達を帰し、色々なことにケリをつけたなら、そんなことをしてみるのも楽しいかもしれないな」
「そ……そうですよねっ‼」
手を組んで胸の前に留めながら、ルルがキラキラとした瞳でバルパを見つめてくる。
昔とは違うから、もし行くとしても同行者が一人増えているだろうがな。その言葉を彼は、胸のうちにしまっておくことにした。
「だがやることはやらなくてはな。責任を放棄することは、俺の趣味ではない」
「わかってますよ、私は……わかってますから」
「……そうか」
結局彼女がついてくる理由はよくわからなかった。ついてきたいからついてくるというのは、理由になっているようでなっていない。
だが別に理由の崇高であれば好ましいというわけでも、理由が俗物じみているから同行を阻むなどということもない。
それならば今は僅かばかりの疑念などというものは捨て置いて、今しか出来ないことをやるべきだろう。
彼女が自分を慮ってくれていることは非常に有り難いと思えた。こうやって自分を諭し、導こうとしてくれる存在というのは得難いものだ。
何かお返しは出来ないだろうか、バルパはまた甘い物というのも芸がないと思い直接聞いてみることにした。
「ルル、何か欲しいものはあるか?」
「……はい?」
とりあえず物で釣るという考えが抜けていないあたり、バルパもまだまだ女の子の扱いには慣れていないのがまるわかりである。
ルルはそんな彼の不器用さを、苦笑しながら受け入れる。その実直な愚かしさが、やはり彼女には好ましく思えたから。
「それでは……何かアクセサリーでももらえますか?」
「構わない」
バルパは何を渡そうかと考え、どうせなら今まで自分が得た物から何かをあげたいと思った。
だが自分が今まで獲得した魔法の品はあまり多くない、スレイブニルの靴とミーナにあげたブローチを除けば片手で数えられるほどの数しかない。ドラゴンの素材で良いのならば浴びるほどあるのだが、流石に素材そのままをアクセサリーと言い切れるだけの胆力はバルパにはない。
何かないものだろうかと考え、バルパはこの三ヶ月間で一つだけ手に入れた魔法の品のことを思い出した。バルパがドラゴンをスナック感覚で潰して回っている中で、一体だけその体を命の証明である宝箱へと変質させた個体がいたのだ。なんともおあつらえむきなことに、その魔法の品はアクセサリーなのも好都合である。
無限収納からそのアクセサリー、紅い指輪を取り出した。
バルパの人並み程度の鑑定ではほとんど情報が読み取れなかったために、おそらく並み以上の性能を持つ魔法の品なのだろうということはわかっている。だが実際に使っても体の感覚や魔力関連で違いは感じなかったし、戦闘に関連した機能ではなさそうだったために死蔵していたのである。
さすがにしっかりと形として残る物を与えるのなら勇者からの貰い物を渡すというのは何かが嫌だった。やはり自分が獲得したものを渡すのがよかろう、バルパは緑と灰色の線が中心に走っている指輪をつまんでルルの手を取った。
「よし、これをやろう」
バルパは以前ルルにアクセサリーを渡してやったときも自分がつけてやったことを思いだし、自然な流れでルルの手を掴んだ。
彼女は左の頬に手を当てて小さく首を振っていたが、嫌そうではなかったので気にしないことにした。
痛くならないように左の手首を掴み、するりと滑らかな動きで指輪を通す。
光沢を持つ指輪がキラリと夕暮れを反射させる。
つけ終わったのでそっと離れるバルパ、ルルはそれを空に透かしてうっとりと眺めていた。
「よし、では次はミーナを呼んできてくれ」
「……はいっ、待っててくださいねっ‼」
一体何が彼女の機嫌をそこまでよくさせたのか、ルルは鼻唄混じりにスキップで馬車へ向かっていく。
もしかして自分はまた、何かとんでもないことをしてしまったのだろうか。いや、だが悲しませるのでなく喜ばせているのだからむしろ良いことだろう。
バルパはチラチラと自分を振り返ってはその指先を見せつけてくるルルに手をあげて反応してやっていると、なんとなく嬉しい気分になった。
自分の力で獲得した魔法の品をそれほど喜んでくれているというのは、中々悪くない。
ルルにあげた指輪はキラキラと輝いていた……彼女の左手の薬指の第二関節にしっかりと嵌まった状態で。




