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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第三章 剣を捧ぐは誰がために
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二者面談 ルル編 1

 まず最初はやはりピリリからだろう、そう考えて全員に今から話をすると伝えると二つほど大きな異議ありの声が出た。その出所はもちろんルルとミーナである、彼女達はまず自分からと声を合わせて言った。仲が悪いと聞いていたのにその険悪さも三ヶ月で取れたのかと感心していると、今度はどちらが先かを決めるために口喧嘩を始めていたのには閉口した。

 だがまぁ話をする程度の時間的な余裕はある、それならばととりあえずまだあまりまともに話せていないルルを馬車の外へ出し、自分もまた外へ出た。

 後ろから聞こえているミーナのうにゃうにゃ声を聞きながら幌を閉じると、馬車の気配が一瞬にして消える。

 場所を探すためにゆっくりと歩きながら探索をしていたために、思っていたより時間がかかってしまっていたらしい。木漏れ日の色が黄色からオレンジ色へ変わり、時刻は黄昏時に変わりつつある。暑かった熱気はどこへやら、ギザギザと尖った葉を擦らせる南風がじっとりと湿っている体に心地よい。

 ルルは葉に遮られ切れ切れになりながらもその存在を主張している太陽を目を細めながら見つめていた。バルパが出てくるとすぐに首を動かし、ヒラヒラと小さく手を振る。

 色々とわちゃわちゃしていたり、やることが多すぎたせいで二人きりになるのも随分久しぶりな気がする。ヴァンスと会っていた時は近況報告やら時間制限やらでそれどころではなかったため、実質これが再会してからまともに話す初めての機会だ。

「…………」

「……?」

 ジッと自分を見つめるルルを見てバルパは、何を話せば良いのだろうと途方に暮れた。一緒に来てくれてありがとうというのは違うだろう、彼女は自分から志願してついてきているのだから。だがそれならなんと言うべきだろうか。

 ……というかそもそもバルパは、ルルに関しては本当に何も知らないのだ。拉致して色々教えてもらった、字面で見ても訳がわからないが、本人すら今のルルの気持ちを推して知ることは出来ていないのである。

 そこまで自分と一緒にいようとする理由はなんなのだろうか。彼女は魔物は全滅全殺しの星光教徒で、魔物に聖魔法をかけるのも嫌がっていた女である。そんな女がゴブリンである自分と一緒にいるという事実、その意味がバルパにはわからない。

 魔物の領域に人間が入るというのは、正気の沙汰ではない。言ってしまえばやっていることは人間の世界に入ったバルパか、それより酷いと言った方が良いだろう。向こうに暮らしている人間もいるらしいが、それは別にそれは向こうの暮らしは楽だとか、向こうでは安心して暮らせるだとかそういった類の話ではないはずである。

 人間が魔物を嫌いであるように、魔物も人間が嫌いだというのは常識だ。魔物と亜人の違いは置いておくとしても、ウィリスの態度を見れば人間がどのような扱いを受けるかなど想像が出来る。

 腕輪を使う必要のなくなる亜人奴隷の三人から腕輪を返してもらい、ルルに着けさせれば解決するような気もする。だがそれはそうしなければ死ぬウィリスやレイ達とはまた事情が違うだろう。自分から危険を冒しに行くのだから、おかしいのはルルの方だ。

「どうして俺についてこようとする?」

「ついていきたいから……じゃいけませんか?」

「悪……くはない」

 ついてくるなと突き放すことは簡単だ、適当に腕づくでリンプフェルトに放り投げてしまえば良い。いくら彼女が強くなったとはいえ、自分もまた成長しているのだから、実行するのは決して難しいことではないはずだ。

 バルパは以前も似たようなことを考えていたのを思い出す、そしてどうして何度も何度も似たような悩みを抱えることになっているのだろうと冷静に自分を分析してみた。

 そして彼は思った。自分は、自分に自信がないのかもしれないと。

 自分についてくれば絶対に安心、絶対殺させない……とまでは言えずともある程度の安心は確保できるはずだ。何がなんでも強くなると、ここしばらくは遮二無二頑張ってきたのだから。

 確かに強さはあるかもしれない、今ならばよほどの敵でも現れない限りはバルパが負けることはないだろう。そんな強者に遭う確率は、他所で暮らしていて不慮の事故で死ぬ可能性よりよほど低いはずだ。

 それならどうしてこれほど、誰かを受け入れることに乗り気でないのだろう。

 バルパがミーナを何度も泣かしたことを思い出し、そしてまだ迷宮の中にいた頃にルルのことを泣かせたことを思い出した。

 そうだ、自分は何も知らないのだ。彼女達を連れていけばどうなるか、それが全くわからないし、彼女達がどう思うかも全くわからない。だからこれほどまで消極的な賛成をすることしか出来ないのではないだろうか?

 バルパが彼女達を喜ばせる方法として知っているのは甘い物を食べさせてやる時くらいで、彼女達のことを彼は何も知らないのだ。どうすれば喜ぶのかも、どうすれば悲しむのかも、どうすれば怒るのかも、バルパは自分の経験と今までの彼女達の反応から予測するしかない。

 自分は今まで何度もルルとミーナを泣かせている。それはある時は自分が彼女達の内心を想像することが出来なかったからで、またある時は自分が相手の思いを勘違いしていたからだ。

 ルルがクルリと体を回し、木々に止まる小鳥を見つめる。その横顔にはうっすら笑みが浮かんでいて、今の彼女はそこまで不満を抱えてはいないのだろうと想像する。だがその予測は、本当に正しいのか? 実は今ルルは、心のどこかで泣いているのではないか? 表情もまだ完全に区別がついているわけではに彼にとって、感情などというものは自らの想像の埒外のものでしかなかった。魔物と人間の間に隔たる壁を越え、擦り合わせるというのは簡単なことではない。自分はまた、というか確実に誰かを泣かせ、悲しませるだろう。それを上回るだけの何かを与えることが自分という魔物に出来るとは、バルパにはどうしても思えなかった。

 常識が足りないし、知識も足りない。配慮も足りないし、女心はてんでわからない。

 ルルは確か同じパーティーの誰かを好いていたのではなかったか。だとうすればどうして今彼女はこの場にその男を連れてきていないのか。

 素直に聞くのか、お前は男を捨ててきたのかと? これを言えば彼女は悲しむ気がする。だがこれを言わないと話が進まないような気もしている。

 バルパがあー……と意味をなさない声を発しながら俯いていると、気付けばルルが彼のすぐ近くにまでやって来ていた。彼女はそのままバルパの両手を取り、優しく包みこんだ。

「いいんですよ」

「何がだ?」

「全部、いいんです」

 答えになっているようでなっていないようで、でもやっぱり答えになっている。ルルの言葉は確信を抱いているかのようにはっきりとしていて、まるで用意してあったかのように淀みがない。

「バルパさん、傷つくのがあなたじゃなくてもいいんです。あなたが自分のしたいこと以外のことをする必要なんてないんです」

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