四つ目の小集団
ザガ王国が東、リンプフェルトの街は今や最前線のフロンティア。利権が踊り銭の種がそこかしこに散らばるこの場所からは、計三つの集団が魔物の領域目指し進軍を続けている。
一つ目は寄せ集めの冒険者群、そして二つ目は戦争を見越し戦後の利益の確約を取っておいた同盟国の騎士団連合、そして最後に三つ目のザガ王国騎士団。勇者スウィフトを擁し、『無限刃』ヴァンスとも密接な関係を持っているザガ王国騎士団は粒揃いであり、単騎でとは言わずとも数人でならばドラゴンを追い払えるだけの力を持っているとされている。
彼らは自らが誇り高きザガ王国騎士団の一員であることの名誉を噛み締めながら先へ先へと歩を進めていた。ヴァンスの間接的な手助けがあったおかげで探索は大きな進展を遂げ、彼らが独自に作成していた地図の範囲もまた大きく拡がった。
これならば今月中とまでは言わずとも、今年中には雑多な魔物の群れの生息帯を通り抜けて亜人種達の居る場所へと向かえるかもしれない。彼らは自尊心と自信に満ちた顔をしながら、今日も傍らで漁夫の利を得ようとしている冒険者達を放置しつつ先へ進む。
……既に自分達よりも先に、魔物の領域に侵入している集団があるとも知らないで。
その場所には、血と死体だけが有った。家屋、湿原、田園全てに撒き散らされた赤い液体は、最早動かなくなった魔物達の背中に振りかかりその体を赤く染めている。
あたり一面に死体と臓物だけが広がり、人の気配どころか生き物の気配一つすらしないその場所には、一人の少年の姿があった。
白い頭髪はまるで新雪のように汚れが無く、その瞳のグレーは世界の歪みを体現するかのように濁り、そして同時に澄んでいる。
そこにいるかどうかが判然としない、まるで死体が動いているとでも形容した方が良いのではないかと思える少年は、最後まで助命を求めていた魔物の死体から剣を引き抜いた。
金色の柄の先にある黒い刀身が外気に触れ露になる。血に濡れ赤黒くなっているはずのその剣の黒い色合いは、自分に付着している血を吸ってしまっているのかのように血の赤を消してしまっている。無理矢理血痕を煤で塗りつぶしたかのような、そんな歪さを感じさせる剣を振り、残っていた血液を飛ばす少年。
彼の後ろから一人の男が迫る。嫌そうな顔を隠そうともせずに鼻をつまんでいるその男の胸には、白い十字架の刺繍が施されていた。
「終わったか、r11061」
「うん、星光教の教え通りに皆殺しさ」
「殺してはいかんと言っておいただろう。魔物を生かさず殺さず、絶妙な匙加減で死ぬまでこき使うことこそが肝要なのだ」
「……違うよ、ホルンハイト枢機卿。彼らは魔物だ。僕達人間とは根本的に相容れない、絶滅すべき雑種でしかない」
「……ははっ、それをお前が言うか。r11061よ」
妙に機械的な名付けをされている少年が自らの名前を聞き顔をしかめる。そんな少年の情動を目の当たりにしたホルンハイトと呼ばれる中年男が少し加減を間違えたかもしれないと内心で臍を噛む。どうやら今回もまた失敗、廃棄処分のお勤め役ご苦労様と現在自分と同等の地位ということになっている少年に内心で舌を出す。
今や人類の半分近くというある種以上な信仰率を誇る星光教は、ただの宗教団体ではない。信徒の救済、神の国への移住、ニガヨモギの天罰と言った寓意的なだけで実際的とは程遠い教義の数々はあくまでも本来の活動のカモフラージュ兼隠れ蓑でしかない。
星光教を信じている星光教徒など組織の末端の一般教徒と極一部の原理主義者程度であり、ホルンハイト卿はその例外には属さない一般的な教徒の一人であった。
大司教から枢機卿へと地位を上昇させられた彼の役目とは目の前の勇者モドキ、つまり人間と魔物の掛け合わせにより生まれた人工勇者の成長の監視と感情統制である。
階位が上がるごとに知ることの出来る情報の増える星光教において、ホルンハイトはかなりの情報を知る地位にいる。
今や人工勇者の製造のパイプラインともなっている彼は、今回の勇者生成もまた失敗に終わったことを悟った。
ある程度、つまり勇者スウィフトやS級冒険者クラスとまでは言わずとも準一級程度の実力はある。しかしこの程度の実力では実際に祀り上げればボロが出るのは明らかだし、そもそも今回の素体は情緒面で不安が残る。
命令を聞かぬ独断専行、自分で思考し行動する自立プロセスは評価しても良いが、その方向付けは勇者として望まれるものとは似て非なるものとなっている。
星光教が欲しいのは自分達の言いなりになり、ありとあらゆる苦難を退けるだけの実力のある勇者だ。意思一つで貴重な財産である魔物を殺し尽くすなどという非生産的な行為は望んでいないし、これからも望むことはないだろう。
今は魔物の領域開拓という一大事業と兼ねてからの計画のために生かしてはいるが……ある程度役に立ってもらってから投薬を止めよう。
ホルンハイトは研究対象のモルモットを見つめるような目で名も無き少年を見つめた。
「なんにせよ、先へ進むぞ。天使さえ殺さなければ私は何も言わん。投薬を止めて欲しくなければとりあえず最低限言うことは聞いておけ」
「うん、わかってる。だから天使以外は皆殺しで、天使は半殺しにするんだ」
「好きにすれば良い……が、お前の命を握っているのが私たちであることを決して忘れるなよ」
「大丈夫、心配ないよ」
病的なほどに白い顔を歪ませながら素体は笑う。それを見てホルンハイトは目の前の被検体に少しだけ同情した。
「命は大事だし、勇者になることはもっと大事だ。まずは聖剣を探さなくちゃいけないね、僕が本物の勇者になるために」
彼に勇者であるようにと強い刷り込みを与えたのは自分だが、それでもあまりに一途すぎる少年を見ると罪悪感が湧いてくる。だがホルンハイトはまがりなりにも枢機卿の一人、市場で計画を曲げることは許されない、彼は自分の感情を圧し殺し、少年に重ねていた無き息子の影を追い払いながら未来のことについて考えることにした。
「いい加減僕も魔王が使ってた剣は替えたいんだ。こんな黒くて不気味な剣を使うのは、流石に勇者っぽくないもの。ああ、どこにあるんだろうなぁ……前代勇者のスウィフトさんが使ってた聖剣は」
星光教も、自分も、そして自分が歪めた少年も、何一つ碌なものはない。
だが碌でもないからこそ、自分なりに足掻いて何かを掴みとらねばいけないのだ。
ホルンハイトは少年の行動についての査定が甘い自分の弱さを自覚しながら、魔物の死体の検分を同行させている部下達に行わせることにした。




