ルルの憂鬱 4
「ミーナが浅慮なのはまあ事実さ、だけどそこは周りが補えば良い」
「一方的に迷惑をかけるような存在なら、いない方が良いのでは?」
「逆さ、男っていうのは迷惑をかけられればかけられるだけ強くなるんだよ。多分あんたもすぐ知ることになるだろうから隠さず言うけど、帰ってきたらバルパを見て顎外すと思うよ?」
「……そういえば彼は今、どこにいるんですか? 魔物の領域だということは知っていますけど……」
「あ、それ私も知りたいです師匠っ‼」
「うーんとね……ヴァンスが面白いって言ってるダンジョンって言葉で大体の想像をつけて欲しいかな」
「うわ、その言葉パワーワード過ぎる……」
「なんとなく理解出来てしまうのがまた嫌ですね……」
二人の意見が合ったが、相変わらずミーナとルルは視線を合わせようとはしない。
「だからね多分だけど、帰ってきたバルパはもうミーナとルル、それからピリリ達の助けなんかなくても戦えるくらいには強くなってると思うよ。なんていうかあいつは、ちょっとヴァンスに似てるから。向こう見ずで型破りなところとか特に」
「むっ、ピリリも役に立つよっ‼」
「はは、そうだね。悪い悪い」
全く悪びれずにそう言い放つスースを見て、少し不安になってくるルル。良く食べる少女の名前が判明したが、そんな些事よりも大事なことが自分の前にある。
もし彼女の言葉通りだとすれば……果たして今の彼の隣に、私の場所はあるのだろうか?
一度思い付いてしまえばその考えは、スライムのように脳裏にへばりついて離れない。
確かに翡翠の迷宮に一緒に潜っていた頃も、自分は本当に危険だと思われる場所には連れていかれなかった。自分が求められていたのは人間の知識や文字、それから魔法のことなんかであり純粋にその戦闘能力を買われてはいなかったのだと思う。
だが自分には、持ち手の少ない聖魔法という武器がある。そう思っていたが、もしかしたらバルパのことだから既に聖魔法を習得しているということも十分に考えられる。
もしかして足手まといになるのが嫌で、その可能性を頭から排除していたのだろうか? 自分が役立たずであるかもしれないと感じるだけで背筋が冷たくなるのを感じる。
そしてそもそも自分は彼の隣に立つことが出来るのだろうかと考える。今の自分でも、ドラゴンのブレス一発位なら耐えてみせるし、引き裂かれた腕だろうと元通りに再生出来るくらいの実力はある。
だけどきっと、バルパが求めるのはもっと先だ。少なくともドラゴンのブレスを耐えられるだけの人間は、ドラゴンをパンチ一発で殴り殺そうとするゴブリンの隣に相応しくはないだろう。
自分もまた、ミーナと同様にいらない子。そう考えるとストンと憑き物が落ちたように頭が軽くなった。
今の自分の感情をミーナが味わってきたのだとすれば、なるほど確かにこれは形振り構ってなどいられないと考えるかもしれない。そしてどんな手を使ってでも、彼の側にいようと躍起になるかもしれない。
なんとしてでも食らいつきたい、そんな風に考えても何もおかしくはない。自分もまたその立場にいるのだと気付かされて初めて、自分もミーナと似た者同士だということに気付く。
「そんなあんたらに、アタシから一つ金言をやろう。ヴァンスの奥さんの言葉、この意味は言わずともわかるだろう?」
ガバッとスースに顔を固定させる二人。何も合図など出していないのに、二人の行動はピッタリと息が合っていた。
「戦闘以外で九割手綱を握り、一割で良いから戦闘に参加出来るだけの何かを見つける。強い男との関係を上手く保つならこれに尽きる」
すぅと大きく息を吸うスースの胸が大きく盛り上がる、くっきりとしたボディラインが浮き上がり貧相な体つきのドワーフ娘ヴォーネが息を飲む音が静かな室内に響き渡る。
「良いかいミーナ、ルル。バカで腕っぷしだけはある男を捕まえるのは大変だ。こっちが追いかければ逃げるし、かといって追っかけてもらおうにも鈍すぎてなんにも気取れない。さりげない仕草から気持ちを読み取るなんて繊細な事が出来るほどに女慣れしてないのは嬉しいことでもあるけど、それでも気付いて欲しいって思うのが乙女心ってやつさ」
実感のこもった言葉に頷くしかないルル、横を向くとミーナも腕を組んでブンブンと首を縦に振っていた。どうやら彼女には思い当たるところが多いようだ。
少なくとも一緒に居た時間の長さでは彼女に軍配が上がるようだ。戦闘ばかりのダンジョンではなく街中で一緒だったというのも大きいのかもしれない。
「良いかい、言わなくちゃわからない奴には言わなくちゃダメなんだ。もしくは腕っぷしでわからせなくちゃダメ。二人のうちどっちがバルパとどうなろうがアタシの知ったこっちゃないが、それでも悔いは残さないようにね」
ミーナがふんすと鼻息を荒くしているのを見て、どうやら彼女は本気らしいと理解するルル。自分はバルパを異性として好いているかどうかは定かではなかったが、かといって簡単にミーナに負けてやるというのもなんだか嫌だった。
スースがどさくさに紛れさせて自分とミーナを仲直りさせ、険悪なムードを恋敵の火花バチバチのそれに変えようとしているのは少し強引な流れからもわかった。
だがあえてそれを指摘すれば、より事態が面倒になることは確定的に明らかだ。自分の実力が足りていないことも、そしてミーナが不器用で力不足なりに頑張ろうとしていることも理解できた。そして話を聞いて、今のバルパがあるのは少なからずミーナのお陰であることもわかった。そもそも一枚あれば一生遊んで暮らせる聖貨をキラキラ光るだけのゴミと言って魔物に投擲しようとする彼がまがりなりにも人間界でそこまで奇異の目を向けられることなく過ごすことが出来たのは、彼女の功績によるところが大きいだろう。
少し冷静になって考えてみて、そして自分の立場と彼女のそれを比較衡量してみれば、彼女の苦悩も頑張りもある程度は理解できた。
そんなことにすら気付けなかったなんて、もしかしたら自分は知らず知らずのうちにかなりいっぱいいっぱいになっていたのかもしれない。ルルは横で未だにこちらに細い目を向けているミーナを見返した。
もしかしたら自分と彼女は似ているのかもしれない、そう思えば彼女を嫌う気持ちは大分減った。好きか嫌いかと問われれば間違いなく嫌いだが、大嫌いかどうかと聞かれれば悩むくらいには。
ミーナのことは置いておくとしても、とにかく今の自分は強くならなくてはいけないというのは事実。そしてそのための近道はスースに師事することなのは間違いない。
いずれバルパの隣に立つ……とまでは言わなくとも、彼の三歩後ろでいざというときのために備えられるくらいの存在にはなっておきたい。
食後のデザートを食べながら歓談していると、どうやら奴隷の少女達四人も既にそれぞれ魔法の訓練を行っているらしい。彼の奴隷なのだから弱いよりは強い方が良いだろうしそれは構わないのだが、結果としてルルはミーナと奴隷娘達よりも低い一番の末弟子という立場になってしまいそうだった。
道は自分が想像していたよりも厳しいことがわかったし、今の自分ではまだまだ実力不足であることもわかった。だがわかったということが大切だ、心からそう思う。
ルルはその日からスースの聖魔法の特別訓練を受けることになった。
彼女は知らない、スースの訓練がヴァンスのそれとなんら変わらないほどに厳しいものであることを。真面目にスースに教えを請おうとする彼女のことを、ミーナが暗い笑顔で祝福していることも。
ルルがそのことを苦痛と共に知ることになるのは、もう少しばかり先のことである。




