単純化
他の纏武を試してみると、神鳴の性能が如何にピーキーなものなのかがよくわかった。灼火業炎は本来の肉体性能のままなので体に違和感はなかったし、疾風は一歩が大体三歩分になるために中にそこまで肉体の性能においていかれるという感じはしないのが好感触だった。
バルパは取り敢えず亜竜を二十匹ほど倒したが、意外にも一番討伐速度が早かったのは一番のろまなはずの灼火業炎であった。光の魔撃で相手の視力を奪い、闇の魔撃で自分の正確な位置を特定させづらくし、近くまで寄って行きながら纏武灼火業炎を起動し頭を思いきり叩く。完全に力にパラメーターを振り切らせているこの纏武は、拳骨一撃で亜竜に脳震盪を起こさせるだけの威力がある。動きが鈍くなった頭部にもう二撃ほど叩き込めば頭蓋が陥没しそのまま即死する。
あとはその行程をいかに効率的にするかという問題になり、試行錯誤の後に討伐までの時間は一分を優に切るようになった。
バルパは機械じみた動作で殺した亜竜を無限収納に入れる。ピリリの一生分の食料を溜め込めたのではないだろうかと思うほどに亜竜の食材が手に入ったのはありがたかった。
「…………」
だが正直なところ、バルパとしてはかなりの不満が残っているのもまた事実だった。亜竜を殺すのは最早戦闘ではなくただの作業となりつつある。バルパが求めているのは戦闘の技術であり、亜竜を効率的に屠殺するための方法ではないのだ。
なのでバルパはこれを最後の一匹にして、次からはタイムの短縮以外の何かを目指そうと心に決める。
ある程度は纏武の戦闘利用に目処がついてきた今、次の目標として適当なのはやはり纏武と迅雷の同時使用だろう。
恐らく今のままではエレメントドラゴンに有効打は与えられないだろうとバルパは考えている。
身体強化をしていない平常時と同じ速度である灼火業炎ならばダメージは通るだろうが、流石に通常の体のスペックではドラゴンに捉えられないはずがない。
かといって神鳴では一撃が軽すぎる。エレメント相手に速度のスペック勝負では打ち勝てても、こちらは急所を狙い続けねばならず、向こうは一撃通せば致命傷を与えられるのだから差が大きすぎる。疾風が一番妥当なのだろうが、実践で試して失敗でもすれば目もあてられない。
故にエレメントドラゴンを相手にしても余裕を持たせるという意味でバルパに出来ることが迅雷と纏武の併用なのである。腹案自体は他にもあったが、それらは明らかに実現可能性が低いので暫くはお蔵入りが確定している。
バルパはまた暫くドラゴンを屠れなくなると思い最早慣れ親しんでいる赤い亜竜をボコボコに殴り倒し、地上階層への階段を上っていった。
魔物の襲撃の危険性がグンと減ると直ぐに練習に取りかかることにした。
まずは迅雷を起動させるために魔力循環を行い、その速度を魔力によって上げていく。明確にここまでが通常時でここからが迅雷だという区別はしていないが、体の感覚から考えても迅雷が発動していると認められる状態にはなった。
現在バルパの体内では魔力が凄まじい速度で回転している。全身へ巡るその魔力の流れとぶつかり合わないように新たな魔力を取り出し、雷の魔撃を放つ準備にとりかかる。
しかし循環を開始すると同時すぐに高速の魔力とぶつかり合い、両者の魔力が霧散してしまった。迅雷状態が解除され、通常時の感覚が戻ってくる。
以前数回ほど失敗してはいたが、纏武が上達した今ならばあるいは……と思ったがやはりダメであった。魔力循環を複数させ魔撃の多重起動が出来ない今の自分にはやはりこれが限界なのだろうか。幸いにも今は実質的に他に打つ手もなく時間も有り余っているために考えるだけの時間は取れる。纏武を習得しているために余裕が出来た今ならば、何かしら新たに考え付くものがあるのではないだろうか。
バルパは今までの経験と人間達との関わりの中にヒントはないだろうかと考え、そういえば……とヴァンスにドラゴンワンパンのための力を求めた時のやり取りを思い出した。
『どれくらいかかる?』
『うーん…………後先考えなければ半月』
今は既に一月弱ほどの時間が経過しているため結果としてこの予測は間違ってしまっているが、ヴァンスのこの意見自体は実はそれほど間違ってはいない。
バルパが自分の身の安全を最優先にし、万が一にも死んでしまわないように纏武の練習を必要以上にしていたことも事実だ。魔物や亜竜相手の戦闘に固執せず纏武自体の習熟を最優先にしていれば、戦闘技術が伴わなくとも纏武という技術自体は半月程度で完成していた気がする。もちろんヴァンスの予測が絶対に正しいなんて間違っても言えないし、実際あの人はかなり適当だから思い付いた適当な日数を口にしたという可能性もある。
だがもし半月でドラゴンを一撃で殴り殺せるようになるとヴァンスが考えていたとするなら、今の自分に立ちはだかる壁は虚像でしかないということだ。ヴァンスはバルパが魔撃の多重起動が出来ないことを知っている。にも関わらずああ言ったということは、そんなことをせずともなんとかする方法が存在するということではないのか?
バルパは迅雷と纏武という二つの技術を使うために魔撃の多重起動を前提にして考えていた節がある。だがそれ自体が間違いで、本来なら二つに分けずともなんとか出来るものなのだとしたら……と考えていくうちに、バルパの考えに筋道が立った。
この二つの技術それ自体を一つの魔撃として使えば良いではないか。纏武で取り込んだ魔力を回して迅雷を起動させれば、わざわざ二つに分けずともいっぺんに行えるのではないか。
バルパは逸る気持ちを抑えぬままに、纏武を発動させた。




