女の戦争 2
「良いですかミーナさん、あなたはバルパさんにとって邪魔でしかないんです」
ミーナに言い聞かせるように、もう一度同じ言葉を繰り返すルル。その口ぶりは聞き分けのない子供に言うことを聞かせるときのように滔々としていて淀みがない。まるで自分が絶対的に正しいことを突きつけているかのような態度に、ミーナは鼻じらみ二の句を継ぐことができなかった。
「あなたは何度も何度も間違いを犯しています。そしてそんな間違いのしっぺ返しを、あなたはある時は誰かに許してもらい逃れ、またある時は単なる偶然によって回避した。他の誰もが文句をつけない甘い人間だというのなら、私がはっきりと言ってあげます。あなたは彼にとって重荷にしかならない」
了承も取らずに部屋の中に入るルル、ミーナが止める前にドアは閉められ、部屋の外と内とが分けられる。これで少なくとも二人の言葉が下にまで漏れ聞こえることはなくなるだろう、大きな声で叫びでもしない限りは。
ルルは姿勢良く立ったまま、ミーナにベッドへの着席を促した。ミーナが腕を組み動く気はないと示すと、全く聞き分けのないとでも言いたそうな顔で小さく首を横に振った。
「良いですか、あなたの間違いは幾つもあります。その中でも一番ダメだったのは、やはり強引にバルパさんについていったことです。そのせいで彼がどれだけ迷惑を被ったか、そして現在進行形で被っているのか、あなたはそれを一度でも考えたことがありますか?」
「あるに決まってるだろっ‼」
初対面で貶されれば、自然語気も荒くなる。ミーナは食って掛かるようにルルの方へ一歩踏み込んだ。
自分が今なんのために強くなろうとしているのか、それを一度だって忘れたことはない。自分を助けたバルパを、今度は自分が助けてあげられるようになりたい。それが可能になるだけの強さを手に入れたい。そのために自分は頑張っているのだ。それを見ず知らずの人間に否定されてたまるものか。
というかそもそもこの女は誰だ。高慢ちきで気に入らない高飛車女め、一体なんの権利があって自分をバカに出来るというのだ。
ミーナは少し考え、そういえば彼女の服装が以前バルパから聞いたルルという女のそれと近いことに気付いた。
「お前、ルルってやつか?」
「その呼び方を許したつもりはありません。私のことはルリーネルと呼んでください」
「うるせぇ、人の名前を呼ばずにあんたあんたと言うような奴相手ならルルで十分だ」
「口が悪い女の子は嫌われますよ?」
「はっ、バルパが口調一つで人を嫌いになるわけあるかよ」
「……そうですか、それでは次の間違いについて教えてあげましょう」
ちゃんとした受け答えをしようともしないルルのことを、ミーナは一発で嫌いになった。そんな彼女の気持ちなど理解しようともせず、ルルは右手を上げ人差し指と中指をミーナに突き出した。
「二つ目はあなたが自分の実力不足を認め、素直にバルパさんから別れようとしないその諦めの悪さです。底意地が悪いんですね、育ちが悪いからでしょうか」
「育ちが良いからか、言葉遣いだけは上品だな」
「ありがとうございます」
「そういうところだぜ、性格が出る部分って」
「そうですね、では次に三つ目です」
ルルが服のシワを伸ばし、スカートの裾の埃を払った。ミーナは腕を組んだままベッドに腰掛け、胡座を掻いて彼女を睨み付ける。
「それはあなたが我が身可愛さに他人に縋ったことです。それもどこの馬の骨とも知らぬ出会って半日程度の人間を頼り、バルパさんを『無限刃』のヴァンスという英雄に引き合わせた。そんなことをすればどうなるか、想像することも出来なかったんですか? 彼が殺されるとは考えなかったんですか? 彼が望んでいることがなんなのか、あなたは本当にわかっているんですか?」
「……わかってるよっ‼」
バルパは強くなりたがっている。まだ足りないまだ足りないと現状で満足せず、ただ強くなることにのみ心血を注いでいる。
自分が彼の足枷になっていることなど承知している。だがバルパはそれでも、一緒に強くなろうと言ってくれたのだ。だから自分は、頑張れるのだ。……それが望んだだけの成果をあげているかどうかは別としても。
「結局バルパさんが死なずには済みましたが、どこかで一本歯車がズレていればどうなったかはわかりません。そして結果として、バルパさんはこの街に逗留することを余儀なくされてしまった。あなたが変に意地を張らなければ、奴隷なんていう新たな重りを背負うことにもならなかったでしょう。私が言ってること、理解できますか? 他人の善意に縋って幸運に期待するのは、楽しいですか?」
ルルの言葉は、的確にミーナの心を抉った。彼女自身、自分の対応がどこか場当たり的で、感情に任せたものであることは理解している。
だが自分は感情を完全に制御できるほど大人じゃないし、すべてを受け入れられるほど人間が出来ていない。それがおかしいことか、誰だってそうじゃないか。
ミーナは立ち上がった、ルルはそれを見ながらも話すのを止めない。
「バルパさんの善意に縋るのは気持ち良かったですか? イケメンなアラドさんに慰めてもらって女としての価値を認識できましたか? 良かったですねぇ、あなただけは」
「うるさいっ‼」
ミーナが走り、ルルの服の襟を掴む。しかしルルは顔色一つ、表情筋の一本すら動かそうとしない。
「ほら、また激情に任せて誤魔化そうとする。そういうところですよ、性格が出る部分って」
半泣きになるミーナの手を払い、ルルは襟を整えた。
「邪魔です、あなたはバルパさんに必要ありません。彼の優しさに漬け込むのはやめてください、彼の善意に期待するのはやめてください。いい加減分を弁えて身を引いてください。それがあなたに出来る、たった一つの贖罪です。それでは」
ルルは踵を返し、ゆっくりと歩いて部屋を出ていった。
一瞬の沈黙と停滞、そしてその後にか細いすすり泣きの音。
「…………えぐっ、ぐすっ……」
部屋の中にはうずくまりながら床に涙を落とす、一人の少女だけが残った。
ルルが残した言葉の全てが正しい、ずっとバルパと一緒に居た彼女にはそれがわかってしまった。ミーナにはただただじっとして、堪え忍ぶことしか出来そうになかった。




