本当に……?
ヴァンスは食べ物も人間にも好き嫌いは多い。亜人に大して特段の偏見もないし、むしろ亜人の方がかわいいから亜人側に乗り換えようかなと五割本気で考えるくらいには亜人寄りの人間である。
まぁ実際のところいくつかの問題からそれは見送っているわけなのだが、それはいい。大事なのは彼が亜人を嫌っておらず、亜人にも数人の知古がいるということである。
エルフやドワーフ、それにカニバリズムや一部の怪しい呪術にかぶれた種族なんかにも知り合いはいるし、会ってみれば大抵の種族に想像はつく。
自分の弟子に説明され適当に奴隷でも触っておいてくれと言われ来てみたわけだが、中へ入ればわりとすぐに一人以外は種族が判別できた。
まず金髪碧眼の美人さん、横に世界樹を置いてあるし間違いなくエルフ。次に赤い髪のロリっ娘、横に炎置いてあるし多分ドワーフ。次に黒髪の少女、バルパと同じ腕輪を着けてるから亜人なんだろうが、どんな種族かはわからない。そして最後に全身入れ墨だらけの女の子、パンをボロボロとベッドにこぼしながら自分の方を向いている。この娘は多分人間だろう。
ヴァンスはとりあえず自分を見つめてくる四対の視線を見て思った。
「あ、こりゃダメだ」
思わず声に出てしまうくらいには、四人とも人間嫌いらしい。亜人が人間を嫌うっていうのは有名だし、事実ヴァンスの知り合いも彼と罵り合いながら酒の席で殺し合うような奴等ばかりだったが、彼らはそこまで人間が嫌いというわけではない。
自分もなんとなく亜人やだな~くらいには感じているのだが、今別に彼女達にイジワルをしようとは思わない。そういう悪感情というものはある程度強くなれば気合いで抑えこめるようになる。
だがとりあえず目の前の四人は感情を抑えられるほど強くもないし、大人でもないのだろう。こんなのにセクハラしたら絶対ヤバイじゃんと感じるくらいには人間嫌いな感じがプンプンである。
とりあえず一番マシそうな人間の少女に近づいてみることにした。少女は相変わらずモグモグとパンを頬張っている。頬をパンパンにして食べ物を口に入れている様子は素直に微笑ましい。
「うりゃ」
「ぴゃっ⁉」
頬をつつくと危うく口の内容物が出そうになり、少女が慌ててパンを飲み込む。
今度は逆の頬をつつこうとするとつつく前に飲み込まれてしまった。
「うーん……嬢ちゃん、名前はなんて言うんだ?」
「ピリリッ‼」
「そうか、良い名前だ」
試しに頭を撫でてみると特に抵抗もなく受け入れられた、とりあえず拒絶されなくてヴァンスは結構ホッとした。
「食べるかっ?」
「んー……食べるっ‼」
ヴァンスがこないだこじゃれた喫茶店で買ったケーキとクッキーの中間のような焼き菓子を渡すと、ピリリはパンを足の上に置き焼き菓子を食べ始めた。
女の子には甘いものをあげとけばなんとかなる。百戦錬磨のモテ男を自称するヴァンスという男のやっていることは、齢一つにも満たないバルパと大差がないレベルのものでしかなかった。
ピリリを懐柔したヴァンスは、美味しそうにご飯を食べる彼女を見てさっきまでささくれだっていた心が洗われるようだった。年端もいかない少女が笑顔でご飯を食べるのは……なんというか、悪くない。
ヴァンスは彼女のことをジッと見て……なんとなーくイヤな感じがした。その原因がどこにあるのかと言われると多分彼女の全身に彫られている入れ墨だ。
塗料が特殊な物なのか、その二色の配分や配置になんらかの意味合いがあるのかはわからないが、どことなくヴァンスが苦手な呪術の香りがする。
(……うーん、呪術だけじゃねぇなこりゃ。多分だが魔法と紋章術、刻印術も混じってやがる)
ピリリは元気そうだが、冥王パティルの短剣のように遅効性の呪いというものもある。放置しておいて良いものなのかまでは流石に自分ではわからない。
後でスースに聞いとくか、多分あいつらもここに来るだろうし。
とりあえず問題を棚上げにしてレイと話をしてみることにした。
「よっす、えげつない美人さんだな。俺の話とか、聞いてる?」
「ヴァンスさん……ですよね?」
「そうそう、又の名を世界最強の男とも言う。なぁ、お前種族何? 亜人だろ?」
レイはバルパに事前に自分の師匠がやって来るという話は聞いていたので、彼の見当はついていた。下手に刺激するのも良くないだろうとなるべく情報は開陳する方向で動くことにした。
「天使族です」
「……ほぉお、初めて見た。なるほどなぁ……」
確かにえげつない美人だとは思ってたが、これが星光教が血眼になって探してる天使ってやつなのか。ヴァンスは幻影に隠されている彼女の翼を想像してみた。
滅茶苦茶美人な女の背中に羽……なるほど、神秘的に見えるかもしれない。
亜人種でも彼らは別だとか宣う星光教のトンチキどもの目の色が変わるっていうのも、実物を見れば理解は出来る。
「……てかさ、お前がいるってバレたらヤバいんじゃね?」
「……それは彼女達も同じだと思います」
エルフのウィリスとドワーフのヴォーネを指差すレイ、それを見て納得するヴァンス。
天使とエルフとドワーフとピリリ。なるほど、これは一介の弟子が持つには少々贅沢の過ぎる面子だ。
ヴァンスはうんうんと頷いてから思いきりベッドの上に倒れこんだ。そのまま体を半回転させ、仰向けになってから手足をジタバタと動かして叫ぶ。
「ずっこい、ずっこいぞバルパ‼ 俺も奴隷娘ちゃん達とイチャコラしたかった‼ あー…………なんでいつもいつもあいつだけっ‼」
良い大人が泣き顔で駄々をこねながらベッドの上でジタバタしている様子を見て、彼は本当にあのバルパ様の師匠なんでしょうか……とレイは首を傾げた。もしかしたらあの人の良い男は騙されているのかもしれないと思うくらいには、目の前のヴァンスという男はなんというかスゴく……アホっぽい。
レイは彼へとる態度を決めかねながら、ベッドで暴れ埃を舞わせ、挙げ句の果てにベッドから転げ落ちる男の様子をジッと見つめていた。




