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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第二章 少女達は荒野へ向かう
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里の外から見る景色は 4

 突然現れた鎧の男は、どういう訳か世界樹の苗木を持っていた。そしてヴォーネの状態を元に戻すための炎も同様に持ち合わせていた。そして彼は、それらを特に躊躇することもなく自分達にくれた。

 訳がわからなかった、だが少し考えれば予測はついた。目の前の男は自分達を元気にさせ、そのままこき使うつもりなのだ。やること自体は何一つ変わっていない。

 目の前の男を殺す、そして自分が痛みで死のうがレイとピリリと、ついでにヴォーネを助けてやる。ウィリスは痛みが襲ってくることを予想し少し体を強ばらせたが、その硬直はこの馬車での旅で培ってきた人間への怒りが打ち消してくれた。

 男を殺そうと念動術を発動させようとすると、予期せぬ方向から攻撃が飛んでくる。自分の覚悟を聞かせていたはずのレイが思いきり頬を叩いたのだ。

 誰よりも空気を読める彼女がそうしたことには意味があるのだろう、彼女は新しく来た人間とその後ろにいる女から何かを感じ取ったのだろう。

 だが彼女に邪魔されたせいで、せっかく張りつめさせていた緊張の糸がほどけてしまった。世界樹が近くにあり、すぐに死ぬことがなくなったことでウィリスは自分の命を失うための大義名分を失ってしまった。死ぬことは正しい、だって間違っていたのは自分なのだから。だがどうせ死ぬのなら、せめて最後に一花咲かせてやる。それが奴隷に身分をやつした彼女なりの精いっぱいの強がりで、彼女が唯一自分の罪を償えると考えていた行動だったのだ。

 だがもう前提は変わってしまった。自分もヴィーネも死ぬ必要はなくなった。バルパという男はピリリにご飯を与えている。レイがなんとか取り入ろうと考えているあたり、決して悪い人間ではないのだろう。だがそんな自分の考えを、ウィリスは鼻で笑う。

 悪い人間じゃない? 冗談じゃない、人間は全員悪い。少なくとも自分は、人間なんて信じない。

 彼女の人間とのファーストコンタクトが最悪の結果に終わったことで、彼女の人間に対する憎悪は根の深いものになっている。

 人間なんて信じちゃダメだ、だってあんなに酷いことの出来る奴等がまともなはずがない。なのにどうしてレイも、殴れて蹴られていたピリリも人間の肩を持つ。

 これじゃあまるで自分が悪いみたいではないか。どうして皆、自分の肩を持ってくれないのだ。

(人間が碌でもないなんて皆わかってるはずなのに。どうして……どうしてっ‼)

 まるで自分が世界でひとりぼっちになったような気がした。レイが自分のためを思ってくれただとか、ピリリがなついているから悪い人間ではないのだろうとか、そういうことは重要ではなかった。

 特に理由らしい理由なんてなかった。ただ親の言いつけを破った自分を断じたくて、そしてそんな自分の贖罪の機会を奪われ、大切な仲間を奪われてしまったような気がしてしまって。訳もなく感じた怒りと、そして自分がまだ生きていられるという喜びを同時に感じ、心の中をぐちゃぐちゃにしながらウィリスは思いきり泣いた。

 自分でもわからない自分の事を、妙に知った風な顔をして見てくるバルパという人間のことが気に入らない。ウィリスは全ての問題を棚上げして、それら全部の責任をバルパに擦り付けることにした。そうでもしないと自分が自分でなくなってしまいそうだったから。

 それが正しいことじゃないって頭でわかっていても、人間を一度嫌ってしまった彼女はそう簡単に心を許せはしない。

 その好意の裏側には何がある? と考えずにはいられない。

 ありがとう、そんな簡単な五文字を口にしようとするだけで瞼の裏に人間達のねめつくような視線が蘇る。

 そうだ、悪いのは私じゃない。私達に酷いことをした人間だ。

 ウィリスは滅多に顔を合わせないバルパと、顔を合わせるたびに突っかかってくるミーナを内心で罵りなんとか精神的な均衡を保っていた。精神が決して強くはないウィリスは、言い負かされる度に自分が惨めになり涙を流し、自分の肩を持ってくれないレイに叱られる度に大泣きをした。それもまた彼女が心の均衡を保つための本能的な自己防衛手段だった。時々発散させてやらなければいつか壊れてしまう、だから特に大したことでもないことにでもウィリスはビービーと泣いた。

 それがエルフとしての誇りを失わず、自分を見失わずに立っていられる唯一の方法だったから。ウィリスは口喧嘩以外で口を開くことは滅多になくなった。

 まるで自分ではない誰かの体に乗り移ってしまったかのように現実感が無かった。

 やるべきことは決まっている。故郷に帰って、両親に謝ることが今一番彼女がしたいことだ。

 だがそのためには、バルパという人間を頼らなくてはいけない。人間に頼るのは彼女の中の何かが許さない。だがそれならどうすれば良い? 自分一人であの森を抜けるのは至難の技だ。故郷まで送ってもらうために従順なふりをすれば良いだろうか? だがそれならばどうするのが最善になってくるのだろう。

 ウィリスは同室の三人に話しかけることもなく脳内で考えを巡らせる。

 バルパに気に入られることは大事だが、自分はレイのように媚を売ることは苦手だし、そもそも人間相手に媚びることなどしたくない。

 どうしようと考えた時に彼女が思い出したのは、自分達に彼が話していた言葉だ。

 強くなれ、奪われる側から奪う側へ変わるチャンスを逃すな。つまり彼は、自分達に強くなって欲しいのだろう。

 強くなることに、デメリットはないように思えた。

 人間に不意をつかれたのは、世界樹がなく、かつ世界樹無しでも殺しきれるほどの実力がなかったからだ。バルパがドラゴンを狩れる人間であることは知っている。流石にそこまで強くなれるとは思わないが、強くなれば危険も減り、それにバルパの覚えも良くなる。そうなれば故郷に帰れる可能性も上がるし、故郷に帰れさえすればきっとなんとかなる。

 そんな根拠のない自信を持ちながら、彼女は強くなることをとりあえずの目標にすることに決めた。

 なにかすることを決めて、それに打ち込んでしまえばそれ以外のことは頭から追い出せる。今もウィリスの脳内では、良心の呵責や正直になれない自分への怒り、そして人間達への殺意と様々な感情や衝動が渦巻いている。

 それらに簡単に折り合いをつけられそうにない以上、何かに没頭してある程度落ち着くのを待つのが吉だろう。

 そう考えて強くなろうと三人に言うと、彼女達もウィリスに賛成してくれた。

 強くなるという行動は一致していても、そこに込めている思いは四人とも違うだろう。ウィリスはまだピリリとレイには隔意のようなものがあり、ヴォーネはうじうじしていて元から嫌いだ。 

 だが何か同じ目標を目指して頑張るというのは悪くない。そのためになら協力だって出来るだろうし、そこから生まれる何かもあるかもしれない。

 彼女達は自分なりに魔法を、念動術を鍛えることにした。

 だがやはり独学でやるのには限界がある。バルパが戻ってきたら彼に教えを請う必要があるかもしれない。

 ウィリスがそんな風に考え、イマイチ身にならない念動術の練習をしていた時のことだった。

「セックハーラ、しに来たぞっ‼」 

 世界最強の男、ヴァンスが彼女達の元へやって来た。

 ウィリスが最も嫌う下卑た視線を、隠すこともなく堂々と彼女達へと向けながら。

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