里の外から見る景色は 1
奴隷達とミーナが馬車に乗せられ運ばれていた期間は三日と少しである。第十二層から第三層までにかかった二日とバルパがリンプフェルトへ行き、そして戻ってきた一日という内訳だ。
バルパは移動と荷運びと魔物の撃退に追われほとんど馬車へ入ることはなかった、顔を出すピリリに肉をあげたりミーナの愚痴を聞いてやっていた程度である。
バルパは中で大したことなど起きていないであろうことタカをくくっていた。だが馬車の中は無限収納ではない、その中で時間の流れが止まっているわけではないのである。
馬車の中にいる少女達、正確に言えばミーナとウィリスは口論を繰り返して徒に時間を浪費していた。
ミーナからすればウィリスの態度は非常識極まりない。自分達が殺されそうになっていたところを助けてもらったくせに礼の一つも言わず、あまつさえバルパを害そうとさえしたのだ。それは命の恩人に対する態度ではないし、人間だの亜人だの関係なく正さねばいけないことである。元々喧嘩っぱやいミーナはすぐに彼女に突っかかり、彼女の忠告を取り合おうとしないウィリスを怒った。
だがウィリスはミーナの言葉を柳に風と受け流し、相変わらず態度を変えようともしない。レイに言われれば泣きながら謝るのだが、比較的年齢が近いということもあってかミーナ相手には頑として譲ろうとしないのだ。それがミーナのフラストレーションを溜め、何か適当なことにかこつけて文句を言う。するとウィリスはそれに反論するか無視をきめこみ、その態度がまたミーナを怒らせる。そして最後はレイに叱られビービー泣くか、ミーナに泣かされるか、ムキになってだんまりを決め込む。
ミーナとウィリスの戦績はミーナの全勝だったが、ウィリスは自分の敗けを認めようとしないために口喧嘩は中々終わらなかった。
よくやるなぁと他人事のようにしているピリリとヴォーネ、どこか第三者的な立ち位置から喧嘩を時おり仲裁するレイ、そして犬猿の仲とばかりに口喧嘩ばかりしているミーナとウィリス。
五人を乗せて馬車は揺られていった。外の激しい上下運動の及ばぬ車内で、バルパの用意した高級食材を食べながら。
そしてリンプフェルトに到着し、ウィリス達四人はティビーの経営しているパーン商店で諸々の処理を済ませることになった。
ウィリスは人間が多過ぎるあまり眩暈を覚えたが、なんとか気丈な態度を崩さずに事前に用意されていたらしい四人部屋に入った。彼女のあとに続いて三人が入り、大して広くもない部屋は人でいっぱいになった。
馬車よりも狭い空間に閉じ込められるのは息が詰まって嫌だったが、一番厄介でウザかった女が自分の泊まっている宿に戻っていったことで彼女のテンションは上がっていた。
バルパがピリリの大食漢っぷりを見越して大量の食材の入った収納袋をレイに預けているため、食料不足の心配はない。自分達を勝手に捕まえ、そして好き勝手に扱おうとしていた人間は死んだ。今は奴隷という身分に甘んじているがどうやら自分の所有者となっている人間はそこまで無体なことをする人間ではないらしい。それならば適当に従順なフリでもしておいて、自分を故郷まで送ってもらおう。
彼女はあくまでも自分の帰還にこだわっていた。人間が好きではない自分が人間社会で奴隷として暮らすなどまっぴらゴメンである。
あのバルパという人間は自分では到底敵わないくらいに強そうだが、お人好しである。であればその善意に縋るのが吉だろう。
ウィリスの考えは、三日間の同行の間にこのように固まった。
どうやら安全に、大した危険もなく帰ることが出来そうだ。里の皆は人間に関わった者を嫌うが、自分ならなんとかなるだろう。
奴隷四人になりもう口喧嘩もしなくて済むようになったウィリスは有頂天、奴隷になったときの絶望はどこへやら。今ならばウジウジとした湿った女相手にも上機嫌で接してやれる。彼女は自分にそう言い聞かせる。大丈夫大丈夫、すぐに帰れる。だから私は大丈夫。
彼女は右手に世界樹の苗木を抱えながらヴォーネの方へと近付いていった。一人に一つずつベッドが割り当てられているため、彼女はベッドに腰掛けぼうっと炎を見つめていた。
その炎は、なければ生死に関わる彼女にとって文字通りの命綱。自分にとっての世界樹と同じと思えば、一体どれだけ重要で大切なものなのかは想像できた。
「死なずに済んで良かったわね、私達」
「あー、うん。そうだね」
自分よりも先に隷属の首輪をかけられていたこの女のことも、ウィリスは嫌いだった。人間に叩かれればウジウジウジウジ、口を割れと脅される度に泣き顔になり見苦しいことこの上ない。
ウィリスは自分がほとんど毎日ビービー泣いていたことを棚に上げながら彼女をあげつらい、目の前のドワーフの少女の首筋にもまた黒い首輪がかかっているのを見つめた。彼女の髪と一緒に切り揃えてしまったかのような尖った耳はその左手首につけている腕輪によって見事に隠蔽されており、エルフである彼女の目にも人間にしか見えない。
一体どれだけ高価な魔法の品なのだろうか、彼女には想像もつかなかった。そしてそんな物を奴隷に貸し与えるバルパという人間のことが、彼女には理解できなかった。
自分達をぞんざいに扱わない男のことも、自分を対等な人格を持った人間として扱う女のことも、それに嬉々としてついていこうとする人間や亜人のことも、ウィリスには何一つ理解が出来なかった。そして同時に、彼女は人間達のことを信頼することも出来なかった。
その理由を探るには彼女が誘拐され、奴隷商人に首輪をつけられる前にまで遡らねばならない。




