人と亜人と奴隷商人 2
彼の事だから再会する時にも何かしら騒動の種を抱えてくるだろうとは思っていたが、それは奴隷に鞭打つ主を殺してしまっただとか、奴隷を持ち金でありったけ買い占めて対処に困るだとかそういった方面だとティビーは考えていた。だからこそ彼は念のために奉公を求めている職人達に根回しをしておいたりと色々小細工をしていたのだ。
だが現実はその想像の斜め上を行っていた。亜人種が二人、そして人間が二人。奴隷の数は四人とそれほど多くはない。人間二人の方はどうでも良い、ただの捕虜奴隷なら珍しくもなんともないし人目を引く可能性は低いからだ。だから問題は亜人種の奴隷だ。
バルパの話を聞き、ティビーは辛い話を彼にしてやる必要があると悟った。バルパが連れてこようとしている奴隷が、エルフとドワーフだったからだ。その二種類は人間嫌いで有名で、人間に捕まる位なら自害を選択する。そして無理矢理連れてきても、何故か数日もすると死んでしまう。恐らく彼が連れてくる奴隷も、長くはないだろう。悲しい現実を純真なバルパに伝えるのは酷だとは思ったが、下手に事実を隠しても良いことはないので彼はその二人の奴隷は決して長くないと説明をしてやった。
そして彼の答えを聞き、ティビーは彼が持ってきた爆弾が特大どころか極大であることを知り誇張でもなんでもなく絶叫した。
彼はエルフとドワーフを生かす方法を携えて、自分のもとへとやって来たのだ。
亜人種を奴隷にする上でネックになるのは、人間への憎悪と環境適正の低さである。人間の多くが亜人種を魔物とみなし蔑んでいるのと同様、亜人種や知力の高い魔物達もまた、人間を嫌悪している。ティビーのように人間の中には魔物と亜人に対して格別強い思いを抱いていないものは少ないが存在する。だが少なくとも人間が捕獲した魔物(もちろん亜人種を含む)は例外なく人間を憎悪し、嫌悪し、そして人間の手に落ちる前に自害してしまう。故に亜人種の奴隷というものは非常に貴重だ。隷属の首輪を使っても克服できない隔たりは、亜人種の希少価値をより高める結果を生み出すだけだった。
そんな亜人種の、しかも人間に見目麗しいと知られているエルフを、死なせずに済む方法がある。そんな情報をもし貴族が手に入れてしまえばどうなるか。兵を出し渋っている貴族達がこぞってエルフ狩りを始めるだろう。
たとえ憎悪が深くともまだ分別のつかぬ子供なら自害はしないのではないか、そんな話は以前から出ている。エルフが子供を戦場に連れてこなかったためまだ事実確認は出ていないが、たとえその仮説が正しかろうがそうでなかろうがエルフ入手への欲望が高まることは想像だに難くない。
それはバルパが大した風もなく溢したものだから、ティビーは苦情が入ることも気にせずに大声をあげてしまったのだ。
エルフは世界樹と呼ばれる特殊な樹木が、ドワーフには命の灯火と呼ばれる特殊な炎があれば生きていくことが可能であるらしい。まともに戦場に出てきた試しがなく情報が少ないためにこんな簡単なこともわからなかったのだろうと思うと、少し不思議な気分になった。
つまり彼ら亜人種が生きるためには、固有の魔法の品が必要なのだ。今まで捕獲した魔物達は自害をせずとも自然死したらしいが、その原因はその物品の不足にあったというわけだったようだ。
この情報は絶対に漏らしてはいけないものである、ティビーはバルパに絶対に口外しないようにと何度も念を押した。
バルパがなんでそんな物を持っていたのかはわからないが、亜人種を生かしておける魔法の品の存在が露見すれば、ヴァンスの不況を買ってでもバルパから奪おうとする人間が出てくるだろう。
ティビーは彼が再来したその日、多くの秘密を抱えることになってしまった。
エルフとドワーフを死なせずに済む方法、そしてそこから推測できる亜人種の、そして魔物の生かし方。それに加えエルフとドワーフの奴隷を生かし、その実例をただの冒険者であるバルパが持ってしまっているという情報。
この内のどれか一つを漏らせば、教職の地位だろうが死ぬまでに使いきれない金銭だろうが、なんだって手に入るだろう。だがそれと引き換えに亜人種達はより一層の苦難を強いられ、人間の欲は留まるところを知らずに肥大化していくだろう。
ティビーは奴隷商人であるために一人の法律家であり、そして一人の人間だ。付け加えるなら彼は奴隷が必要とわかっていても、積極的に亜人種を奴隷にすること良いことだとは思えなかったし、もっと言ってしまえば彼は心の中では彼らのことを亜人種ではなく亜人と呼んでいた。
ティビーは商機よりも金銭よりも、自分ではない人間や亜人達の幸せが少しでも保たれることを願い、全てを秘匿することにした。
奴隷で食っている人間が何を甘えたことを抜かすという者もいるだろう。全てを伝えしっかりとした立場を築き上げればもっと多くの亜人が助けられると弾劾するものもいるだろう。だが彼は自らの平穏無事を何よりも大切にする、ただの人間なのだ。
形振り構わずに生きていくバルパやすべての理不尽をはね除けられるヴァンスのような狂人や超人ではない少し擦れただけの一般人なのである。
自分に出来ることをするだけ、自分の領分の中で最善を尽くすことこそが肝要。彼は自分の分を理解して、その中で彼なりに足掻いてみせた。
彼なりの精一杯がどういう結果をもたらすかはわからなかった。だがどうせ頑張ったのだから、少しでも良い結末がやって来れば良いなぁと。誰よりも人間らしく、そして誰よりも奴隷商人らしくない男はまったりと暢気に奔走することになった。
「ふぅ……慣れないことはするもんじゃないよ、まったく」
「お疲れさまです、ティビー様」
ティビーは机の上でぐでーっとだらしなく身体を伸ばし、ミランの労いを受けて肩をマッサージしてもらっていた。
星光教への根回しや賄賂、書類の改竄、虚偽の報告と彼がやった犯罪は数多い。どれもバレれば一発で腕を切り落とされるレベルの重罪だ。
だが多くの罪を犯したとは思えないほどティビーの顔は晴れやかで、達成感に満ち溢れていた。結果としてウィリス・ヴォーネ・ピリリ・レイの四名を亜人にとある小国の小競り合いで入手した捕虜奴隷として登録することに成功した。バルパが求めていたいつでも奴隷解放出来るような条件でというのは流石に無理だったが、これでもかなり頑張った方だ。慣れない献金までしたせいか、今まで感じたこともないような部位が悲鳴をあげている。
緊張と睡眠不足から肩をガチガチにし、安心感と睡眠不足からうたた寝しかけているティビーの肩を、借財奴隷であるミランがゆっくりと揉んでいく。
「にしてもあれは……すごい魔法の品でしたね」
「うん……亜人を人間に見せちゃうだなんて、並の物じゃないよ。あんな者が偉い人の手元にあれば国王様はもう何十人か入れ替わっているだろうね」
あの腕輪は凄まじい逸品は、ティビーが久しく感じていなかった収集癖を疼かせるほどの物品だった。バルパの説明を受け半信半疑で四人と会った時は、本当に亜人かどうか疑わしくて透明になっている耳に触れさせてもらったほどだ。ウィリスというエルフの奴隷は大層嫌がってはいたが、自分のことを助けてくれる人間だと理解しているからか攻撃をしてきたりはしなかった。まぁあの腕輪がスゴい品だというのは理解できた。そしてそれと同時、なんとなくではあるが彼の事情も理解できてしまった。
「着けてましたよね……あの腕輪、バルパさんもレイも」
「……うん、そうだね。でも僕らが話さなければ、滅多なことじゃ気付かれないさ」
彼と長年連れ添ってきたミランも、バルパが恐らく亜人であることを察知していた。二人とも何故人間であるはずのレイが腕輪を付けていたのかはわからなかったが、そんなことよりもバルパの素性の方が重要だったために棚上げされている。
バルパはまず間違いなく亜人だろう、時点で知恵のある魔物という線も考えたが、それに関しては眉唾だと思っているので十中八九亜人で決まりに違いない。
それもまた、彼が新たに背負ってしまった秘密の一つだった。
人類の英雄、『無限刃』のヴァンスが亜人を弟子に取る。そのことがどれほど大きな意味を持つか、一介の奴隷商人であるティビーには想像も出来なかった。
彼は何を考え、そんなことをしたのだろう。下手をすれば亜人達のように星光教に邪教徒扱いされ排斥されてしまうかもしれないというのに、噂に違わぬ豪気な人である。
そしてバルパという人間は、何を考えて強くなりたいと願い、何を考えて彼女達を自分の元に預けているんだろう。
既に客と商人という関係から共犯者へとランクアップしている彼は、既にバルパを呼び捨てで呼んでいる。こんな関係になるとは最初は思ってもみなかった。自分が知るには大きすぎる秘密を複数抱え込んでしまった人間になるなどと、少し前までの自分に言っても信じてはくれないだろう。
亜人という種族と触れ合い、好奇心から彼女達と話してみた結果、彼女達亜人も自分達人間となんら遜色のない人格を持っていることがわかった。
「難しいね、ほんとに」
亜人も人間も何も変わらない……とまでは言わずとも、共通点も多いのだ。だが人間の多くは亜人を化け物だと断じてしまっているし、亜人も同様に人間を軽蔑しているだろう。
昔自分の父親に夫婦長続きの秘訣は何と訊ねてみたことがあった。すると父はこう答えた。
『一番大事なのは、お互いの歩み寄りさ』
なんで急にこんなことを思い出したのかはわからない。人間と亜人の確執は、夫婦間のそれなんかとは比べ物にならないくらい根が深いはずなのに。
だけどそれならどうして、自分はそれほど亜人が嫌いではないのだろう。自分以外にもミランやミーナ等亜人を憎からず思っている人間も多くはないが存在はしている。
ってことはつまり、人間側からなら歩み寄れるってことなのかな。感傷的な考えを巡らせながら微睡んでいると遠くから喧しい声が響いてきた。
もう慣れ親しんだその声を聞いて、ふっと小さく笑うティビー。
「相変わらず仲が悪いね、あの二人は」
ミーナとウィリスは今日もまた懲りずに喧嘩をしているようだ。亜人に敵対的でないはずの彼女を怒らせるとは、一体ウィリスはどんな魔法を使っているのだろう。
個人の関係でこれなのだから、大局が変わるのはまだまだ先だよなぁと考え、そしてその大きな流れの中に自分はいないことを思い出す。そういったことはバルパやヴァンスのような人間が関わるべき案件だ、自分には関係ないことでしかない。
「そうそう、僕は出来ることをやるだけで良いんだ」
「そうですよ、ティビー様」
「うん、そうだよ……ね……」
ゆっくりと意識の底へ潜っていくティビー。ミランがその肩にそっと毛布をかける。もう借財を返しきるだけの給金は与えているにもかかわらず、どうしてかずっと彼の側にいてくれている……そんな不思議な借財奴隷である彼女の柔らかい笑みをちらと見やってから、ティビーはそっと眠りについた。




