表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第二章 少女達は荒野へ向かう
122/388

人と亜人と奴隷商人 1

ティビーの営業している奴隷商店は、その名をパーン商店という。自分の父親のそのまた父親、そしてそのまた父親の……と代々受け継がれてきたその長い歴史のわりには、伝統も発展も見られない規模として中ぐらいの商店だ。

 ザガ王国の中でも辺境にあたるリンプフェルトの街で、魔物の侵攻に怯えながら無理せずのびのびとをモットーにしていた父親の勧めに従い彼が店を継いだのは、二年ほど前のことだった。

 のびのびと育てられたティビーは、その持ち前の好奇心をひた隠しにしながら細々と商売を続けている。おかみに目をつけられず、誰からも反感を買わず、しかし並以上の生活は続けられるように。

 仕事を金稼ぎとして捉え、趣味や人生プランとは切り離して考える彼としては、魔王の死というものはまったく嬉しいものではなかった。

 彼の欲しくもない商機であり、同時に頭痛の種でもあるものというのは亜人種の存在だ。

 有名な所ではエルフやドワーフ、マイナーどころを言えば凄まじい美しさを持ち性器を持たぬカパック族や孵化させるのと同時に夫を子供達と一緒になって食らうスカパル種と言った多種多様な存在が魔物の領域には住んでいる。種であったり族であったりするのは彼らが自分達の種族の呼び名をそのまま流用しているからで、両者の間にさしたる違いはない。

 その生き方も、生態も、考えも、倫理や規範といった何もかもが違う亜人という存在は、危険の温床であると同時、人間という種を惹き付けて止まない魅力を持つ。

 まず第一に容貌、亜人種の相貌は人間のそれと比べると優れているものが多い。もっとも人間の目の前に現れる種がそうというだけで全体で見ればどうなのかはわからないのだが、人間にとってそう見えるということが重要なのだ。見目麗しい生き物を侍らせる、それは一種のステータスだ。まともな生殖器官があり、滅多なことでは人の子が出来ず、美貌を長期間維持できるエルフは特に珍重される。人間が精霊術と呼ばれる人間とは異なる魔力の運用方法が可能であり、有事の際に主を守ることが出来るということもその理由の一つだ。

 そして第二にその技術。現在人間は魔法の品(マジックアイテム)を生み出す技術をなくしてしまっている……ということになっている。亜人種により奪われたというのが星光教の主張ではあったが、ティビーは眉唾物だと思い信じてはいない。人間にとってブラックボックスである魔法の品は壊れてしまえばそれまで、量産は不可能という価値ある財産という扱いになっている。だが亜人種であるドワーフにはそれを新たに生み出し、通常の武器と同様修繕し強化することが出来るだけの技術がある。刻印術という独自技術がその秘密らしいのだが、全貌は奴隷の首輪をつけて言うことを聞かせようとしてもすぐに自害されてしまうために闇に覆われているままだ。

 そしてそのことは、何もドワーフに限ったことではない。亜人種の中には明らかに自作したと思われる粗末な魔法の武器(マジックウェポン)を使うものも見られたし、これもまた噂だが自らの身体を魔法の品にするものもいると言う話だ。ちなみにこれもティビーは信じていない。そんなことが可能なら今ごろ亜人種達は全身を魔法の品にして人間を皆殺しにしているだろうというのが彼の主張だった。

 そして三つ目に安価な労働力としての側面だ。亜人種は魔物であり、その扱いは魔物に準じる。このルールによって多くの人が目の色を変えた。お偉い方が亜人種を狙うのはこの第三の目的によるところが大きいだろう。

 要は美しくて自分達のないものをもっていて、そんなやつらを自分達の好き勝手にして良いという王様と星光教が言っているのである。

 魔王という恐怖がこの世から消え、冥王パティルや妖怪王クロベェらの重鎮らを勇者スウィフトとのそのパーティー、そして不定期に戦闘を共にしていた『無限刃』のヴァンスらが討ち取ったことで世界は戦勝ムード一色に染まっている。そしてほとんど戦力の消費をせずに済んだ各国は戦勝報酬として魔物の領域を切り取るために魔物の領域に戦力を逐次投入し続けている。

 亜人種も少しずつではあるが確実に人間界に入ってきているし、酒の席で同業者から自慢げにエルフを手に入れた話をされたこともあった。だがそいつとはそれからすぐに音沙汰がとれなくなった。なんでも貴族様に献上する前にエルフが死に、貴族をかどわかした罪で処刑されたらしいと聞いたのはその少しあとの話だ。 

 ほれ見ろ、下手なことをしたせいで死んじまったじゃないか。ティビーはそいつにそう言ってやりたかった。何事もほどほどが一番。それがティビーという男の仕事への向き合いかたで、そしてやりたくもない奴隷商人をやっていることへ対するせめてもの抵抗だった。

 ティビーは奴隷商人になどなりたくなかった、彼はそもそも奴隷という制度自体を好んでいない。彼はどちらかと言えば学者肌で、大学を卒業したらそのまま教師を続けるつもりだったのだ。それが親類の不幸により奴隷商店の主となることになり、彼はイヤイヤと仕事を続けていた。 

 そんな時だ、彼が奇妙な人間に出会ったのは。


 自分の店にやってきたその男は、名をバルパと言った。彼は見るからに武人肌の人間で、その身に纏っている鎧はおそらく自分の生涯稼ぐ金よりもよほど高いものだと推測できた。 戦闘用に使い潰す奴隷を購入するつもりなのだろう、そうやって奴隷を使い捨てにする冒険者というものは多い。人間の死を、人生を費用として計算してしまう。計算できてしまう。ある種人生に価値をつけるのが奴隷商人という仕事である。ティビーは死にたくないし、自分の時間がある程度確保できるからこそこの仕事についているが、それでも嫌なものに嬉々として向かっていく気はない。

 彼の笑顔は自然作り物じみていき、そしてすぐに壊された。

 目の前の男は奴隷のなんたるかを聞き、憤って帰ってしまったのだ。

 普通に考えれば奴隷商店にやってくる人間の態度ではない。奴隷を買うつもりなら奴隷商人の覚えを悪くすることはデメリットしかないし、そもそも奴隷はいて当たり前というのが普通の人間の考え方だ。

 ティビーは面汚しの汚名を甘んじて受け入れながらも法学を専攻していたからこそ奴隷が法の精神に反するものであると理解できたのだし、彼自身奴隷が必要なものであることは理解している。奴隷がいなければ国は成り立たないし、戦争の旨味がグンと減ってしまう。王国法では国民は王の名の下に平等であると規定されているが、奴隷はその庇護下にはないためどう扱っても良いのである。

 人が法を超える王国において法律を重く見る人間など滅多にいない、それ故奴隷制度に疑問を呈するような者は少ない。よしんば居たとしてもお偉いさんに握りつぶされ、声が大きくなるまえに潰される。

 自分からパンドラの箱を開けに行くバカはいないし、内心で不満を抱えていてもティビーでさえ表だって不満を表明したことは一度もない。

 だがバルパという男はただ怒って奴隷制度を否定するかのような爆弾発言を残し、誰も買わずに帰ってしまった。

 彼の背中を見て、ミランはどこか嬉しそうな顔を浮かべていた。そしてティビーも、彼のことを面白い男だと思った。

 一度気になってしまえば探求せずにはいられない。ティビーは本業そっちのけでバルパという人間のことを調べ上げた。元々大して繁盛していない商店は半日営業に切り替え、彼は奴隷商人から酒場で情報収集をする飲んだくれへと職を一時変えた。

 そして得られた情報は彼の想像を超えるものだった。バルパはヴァンスの三人目の弟子であるらしい、驚くと同時彼の破天荒さは師匠譲りのものなのだと納得した。だがそれ以外の情報はほとんど得られず、久々に疼いた彼の知的好奇心はそこで満足はしなかった。

 商人の伝手を使いありとあらゆる情報を集めた。街の領主とヴァンスがなんらかの裏取引を行ったこと、『紅』のミルミルの髪が生えたこと、バルパにはミーナというパーティーメンバーがいること。彼がヴァンスに魔物の領域の奥深くで放置されているらしいということ。

 使えるものから使えないものまで大量にあった情報をまとめ浮かび上がってきたのは、バルパという人間はどうやらヴァンスに人一倍気に入られているらしいということだ。死地に弟子を投げ込むのはヴァンスという豪傑にとっては猫可愛がりに等しい。

 そしてバルパという人間は案外、情に篤く流されやすい性質であるらしいということだ。彼が孤児に金銭を与えたという情報や自分を相手にとった態度がそれを裏付けている。

 ということはつまりバルパという人間は、本当の意味で奴隷制度に異を唱えてみせたのである。しかも誰であろう自分という奴隷商人の目の前で。そんなことはティビーには出来ない、かつて現実に憤り世界を相手に悪態を吐いていた時でさえ出来なかった。

 自分への自信ゆえだろうか、それとも若さゆえの迸りだろうか。どちらにせよ、ティビーにはバルパのことがとても眩しく見えた。

 また会えたら今度はもう少し踏み込んだ話をしても良いかもしれないと、調べ終えて満足したティビーは思った。

 正直なところ彼にはそこまで学があるようには見えなかったが、自分が噛み砕いて話をすれば法の解釈は可能だろう。そもそも自分は法と言う檻で人間の欲望を縛る方法を学んでいた人間だ、法と言うものをとっつきやすくさせることに関しては慣れている。

 そうして彼という人間に、何か正義の種のようなものを芽吹かせることが出来たら……とそう思わずにはいられなかった。彼自身が奴隷制度を止めるよう働きかけてくれるかもしれないし、ヴァンスが感化されてくれるかもしれない。

 亜人種のせいで一大ムーブメントになりかけている奴隷制度とそれに伴う星光教の拡大を危惧していたティビーにとり、その考えは非常に魅力的なものだった。

 自分が飯を食い上げたとしても問題はない、むしろ奴隷商店が潰れれば外国を巡り教師として働ける場所を見つけることが出来るかもしれない。

 彼はバルパの来店を心待ちにしようと決め、ここ最近まともに休めていなかった身体を長時間の睡眠によって癒していた。

 そんな時にバルパが再び来店してきたのだ、今度は亜人種の奴隷という特大の爆弾を携えて。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ