震え
「あーどうだいそこのお嬢さん、ちょっとお茶でも」
「問題ありません……バルパさんも一緒なら、ですが」
「かあっ、嬢ちゃんもこいつの女かよっ‼ お前行くとこ行くとこで女引っ掛けて回ってんじゃないだろうな⁉」
「バルパさんはそんなことしませんよ、ねー?」
ヴァンスへ視線をうつすバルパに衝撃、右腕の自由が利かなくなった。
「……引っ掻き回されているのは寧ろ俺の方だ。ルル、放してくれ」
「うふふっ、いやでーす」
「……クソッ、見せつけやがって‼ クソッタレ‼」
ダンダンと地団駄を踏んでいるヴァンス、その蹴撃をモロに食らっている地面が地割れを起こしかけてしまっている。相変わらず出鱈目な力だ、ちょっと出力を間違えれば腕に抱えた人間を粉砕してしまいそうなほどに。だがバルパもミーナも傷一つ負っていないということは力の調節は完璧なのだろうから問題はないのだろう。
そう、ヴァンスの方は問題はない。寧ろ今問題を抱えているのは明らかに自分である。
「……そろそろ良いだろう」
「ダメです。手を放したりしたら、バルパさんまたどこかへ行っちゃうかもしれないじゃないですか」
バルパは今、現在進行形で右腕をルルに取られている。具体的に説明をするのなら、両腕をクロスさせながら身体を押し付けられており、そこからの脱出をルルを傷つけずに行うことは不可能だと思われた。
どうしてルルがここにいるのだろう、そのことが不思議でならない。彼女が無罪放免で済んだことはヴァンス経由で聞き及んでいた。だからバルパは彼女は元いたパーティーでる『暁』に戻り翡翠の迷宮辺りに籠っているとばかり思っていたのだ。
会いたいという気持ちがないではなかったが、おそらく会うことはもう二度とはないだろうと考えていた。そんな彼女が今自分の手を取って笑っている。
バルパにとりそれは、どこか現実感のない出来事だった。
着ている服は相変わらず神官服だか修道衣だかわからない上等な布の一張羅だ。上下がオールインワンになっていて所々に縦棒と横棒がクロスして出来た模様が編み込まれており、服全体からは微弱な魔力が感じ取れる。以前は気付かなかったが、どうやら彼女が着用している服は魔法の品であるらしい。
魔力感知で感じとれる魔力量は以前より少し増えているような気がした……明確に覚えているわけではないから気のせいかもしれないが。
顔立ちの違いはわからなかったが、顔に大きな怪我を負ったりはしていなかったようだ。彼女の聖魔法の回復を使うと大きな傷を治癒すると傷痕が残ることを知っているバルパとしては一安心だった。
どうして彼女が一人で行動しているのかはわからない。もしかしたらパーティーメンバーと一緒になって海よりも深い溝の攻略にやってきたのかもしれないし、何かしらの用事が有って逗留しているのかもしれない。だが彼女は自由に行動が出来ていることは間違いないようだし、安全面で問題はなさそうである。
「久しぶりだな、ルル」
「…………はい」
衝撃から立ち直り、五感が正常になると彼女が小刻みに震えているのがわかった。恐れているのだろうか、それとも再会が震えるほどに嬉しいのだろうか。
今となっては彼女を気絶させたり強引に距離をとる必要はない。バルパはとりあえず彼女が一心地つくまで、自らの師匠の地割れが街の物流を壊しかねない勢いで地面を割る様子を眺めていることにした。
街の偉い人間がヴァンスに街を壊さないでくれと嘆願しに来たときには、ルルの震えは収まっていた。そしてバルパがスポンと入りきってしまうサイズの地割れが起きており、何事かと様子を見に来た衛兵が泡を噴いて気絶しそうになった。
ヴァンスがなんとかしろと言ったので、バルパが土の魔撃で地面を操り、少々強引に穴を塞いでおくことにした。若干歪で何かあったことがわかるほどに不自然ではあったが、少し凸凹しているくらいなら問題はなかろうと偉い人間に礼を言われて面識を得ることに成功するバルパ。その人間の名前は聞いていなかったのですぐに忘れたが、街で権力という力を持つ人間と知り合えたのは望外の幸運だった。
偉い人間とそれに連れ添う数人の兵士が去っていき、再び三人とそれを遠巻きにみる街の人々だけがその場所へ残る。
「パーティーの人間はここにいるのか? いるなら彼らと会う前にここを去ろう。流石に自分達を襲った奴と会いたくはないだろうからな」
「それなら心配ありません、もう『暁』は抜けてきましたからっ‼」
「……どうしてそうなった、心配しかないようにしか思えないが」
「まぁっ、心配してくれるんですね。嬉しいっ」
「なぁバルパ、もう俺帰って良い? 変なもん見せられて疲れちった」
「……適当にウィリスの尻でも触っておいてくれ、帰ってきてくてくれた時には俺も準備を終えているようにする」
「そうだな、じゃあ適当にセクハラしてからまた来るわ」
ヴァンスは両腕を高く振り上げ、なんだかやる気のなさそうな顔をして空を飛んでいった。今居る場所から恐らく五人全員がいるティビーの奴隷商店まではそう遠くはずないはずなのに、どうしてわざわざ飛んでいくのだろうか。バルパは遠くなっていく男の背中を見ながら、昼前のカンカン照りの太陽の光をその身に浴びて目を細める。
「何しに一人で来たんだ? 魔物の領域目当てなら、ザガ王国騎士団についていくのが良いだろう。聖魔法使いなら、騎士団自体が抱えてくれるかもしれない」
「何しに来たんだって……それを聞きますか?」
「もしかして、聞いてはまずいことだったか? それならば謝ろう」
はぁとルルは小さく溜め息、どうやら聞いてはいけないことだったらしい。バルパは素直に謝ることにした。
「謝らないで下さい、ここまで来た私が惨めになりますから……」
もう何をやっても墓穴を掘る気しかしなかったので、バルパはただ黙っていることにした。
「私も驚きましたよ、どうやったらバルパさんがヴァンスさんに弟子入りするようなことになるんですか」
「……まぁ、成り行きだな」
「成り行きで弟子になれるなら、今ごろヴァンスさんの周りは貴族の師弟だらけですよ……」
ルルの呆れ顔を見るのは随分久しぶりだった。だが彼女の疲れたような声に含まれているものが呆れだけではないことを理解し、バルパは悪くない気分で彼女の話に耳を傾ける。
相変わらずルルは話し始めると中々止まらないままであり、今度はバルパが呆れ顔を浮かべる番だった。




