衝撃
ヴァンスと空の旅を続けるバルパだったが、ヴァンスが陽気に空を飛んだり跳ねたりしているせいでその乗り心地は最悪に近かった。
「今はどうして空を飛ばないんだ?」
「ん? ああ、これからのことを考えるとそこまで魔力を無駄には出来んからな。燃費悪いんだよ、あれ」
バルパは話している最中、ヴァンスの足元をじっと見つめていた。魔力感知は彼の足元に現れては消えていく濃密な魔力の存在を彼に伝えてくれている。
今バルパがしているのは魔力を足場にした疾走だ、どうすればそんなことが出来るのかは知らないが、ヴァンスという実例があるのだが信じないわけにはいかない。バルパのスレイブニルの靴は靴自体が空気を蹴ることで空を駆ける事が出来ているから、その仕組みはまったくと言っていいほどに違う。そしてそれは以前バルパとミーナを抱えていた時とも別物だ。あの時ヴァンスは足から魔力を噴出させ、その勢いで空を飛んでいた。
(……いや、ある意味では似ているか?)
スレイブニルの靴は魔法の品であるからとしか言えないだろうが、ヴァンスの二つの移動方法は共通点があるように思える。
それは魔力を魔法に変質させずに、純粋に魔力として放出させていることだ。空を駆ける時には魔力を足場として、空を飛ぶときには魔力を自分を浮かす追い風として使っている。その両者も魔力そのものが現実世界に影響を及ぼしているという点では同じ類の現象に違いない。
現在バルパが知っている、そしておそらくこの人間社会において一般的に知られている魔力の使い方は大きく分けて二つだ。まず一つ目に身体強化、そして二つ目に魔法。前者は魔力を循環させ肉体を強化させることと魔力を使い一部分を重点的に強化出来るようになる。後者は魔力を変質させて放出させることで魔法として放つことが出来るようになる。
ヴァンスの飛行技術は純粋な魔力として使うという点では身体強化に似ているが、魔力を放出させるという点では魔法に似ている。
もしかしたら今ヴァンスが見せてくれているのは新たな魔力の使い方なのかもしれない。
一回一回の発動に使われている魔力量から考えて今のバルパが同じことをすればすぐにガス欠になってしまうだろう。それを言う前に魔力の使い方もわかっていないのだからそんな仮定は皮算用でしかない。
「どうすればそんな風に魔力を魔力のまま使うことが出来るようになるんだ?」
「バーカ教えるかよ、自分で盗め」
「なるほど、わかった」
バルパはじっとヴァンスの足元を見つめる。相変わらず馬鹿げた魔力量だとバルパは思わずにはいられなかった。湯水のように魔力を使っているというのに彼には堪えた様子がまるでない様子は、まるで魔力の湧き出る泉か何かのようだ。
総量が多いということはわかっても、具体的にどれくらいなのかということがわからない。ひょっとして無限に魔力を使えるのではないかと考えてしまう。バルパはヴァンスが魔力を大量に消費するところは何度も見ているが、減ったはずの魔力量は相変わらず大きいということしかわからないくらい莫大だったし、彼が魔力回復の効果のある物品を使っているのをバルパは一度も見たことがない。
「ヴァンスは無限に魔力を使えるのか?」
「んなわけあるかよ、俺は人間だ。そんな化けもんみたいな存在じゃねぇよ」
「俺からすれば十分化け物だと思うがな……」
「俺は人間だ、人間の中で最強ってだけ」
「最強、か……」
ドラゴンを殺すことで一喜一憂している自分からするとまだまだ先の話だ。自分は今、最強のゴブリンですらないだろう。世の中には災害クラスのゴブリンも存在するらしいし、そんな魔物と比べれば自分はまだまだ未熟者である。
最強をただひたすらに追い求めるのも悪くはないだろうが、遠くを見ていては近くにあるものを見失ってしまう。自分は地に足をつけなければいけない、今はもう一人ではないのだから。
だからこそまずはドラゴンを殺す、魔物の領域へ悠然と行けるようにドラゴン相手に圧勝するだけの力を身に付ける。
「なぁバルパ」
「なんだ?」
「お前、魔物の領域を見て回るつもりなんだろ?」
「ああ、そのつもりだ」
街が遠くに見えてくる、リンプフェルトへ着くのはもう遠くない。遠くに見える明かりを見つめていたバルパの首をヴァンスが少し強くホールドした。
「お前はあの時と同じじゃない。今はミーナに加えて奴隷達まで抱えることになった。だけどきっとそれだけじゃあ終わらないぞ」
「ああ、わかっている」
亜人達が皆ウィリス達のようになってしまうのなら、バルパはそれを助けようと自分に出来る範囲で頑張ろうとするだろう。ドラゴンを楽々殺せるようになれば、出来る範囲も守れる人間も増えるに違いない。
その時自分がどうするのか、周りが自分に何を求めるのか。バルパにはまだわかっていない。わかっていないからこそ、魔物の領域へ行こうとしているのだ。
そんなバルパの態度をたしなめるようにヴァンスは続ける。
「一度救ったら、救いきる覚悟が必要だ。腕で掴める物だけをって自分が考えてても、周りは肩に、首に、足にとあらゆる場所を掴んでこようとしてくる。背負うもんは自然増えてって、守るもんは必然でかくなって、最後まで乗りきれば英雄、失敗すれば愚かな弱者だ」
それを良くいるような冒険者が口にしていたならば、バルパはまともに取り合うことはなかっただろう。だがヴァンスは凡百の違う。彼はその言葉通り、ありとあらゆる物を守り、その上で生き残った英雄なのだ。彼の言葉には実感がこもっている。何十何百何千という人間を救い、その体で抱えきれないものを強引に持ち上げてきたヴァンスという男の言葉には、それを容易に否定させないだけの何かがあった。
「俺はなバルパ、お前を買ってる。多分世界はお前に、ただの冒険者でいることを許しはしないだろうって思うくらいにはお前を認めてるんだ」
「そうか」
「だからまぁ、俺から言えることは一つだけだな」
強くなれ、全てを払えるほどに。誰よりも強いヴァンスが言うのはそんな言葉だろう。バルパのその考えは、意外な形で裏切られた。
「無理すんなよ」
「…………」
無理をしろと、ヴァンスはいつも彼にそう言い続けて来た。そんな彼が無理をするなと言う。矛盾していると最初は思った。だがよく考えてみれば、それほど矛盾していないようにも思えた。
ヴァンスは自分に、無理せず、しかし全てを守れと言っているのだ。その本質は、ただ強くなれと鼓舞するいつもの言葉と何ら変わらない。ただその言葉のなかに、いつもはない一滴の優しさがあったというだけだ。
バルパはぶっきらぼうに優しさを見せてくれたヴァンスに感謝しながら、リンプフェルトの街へと降りていった。
放り投げられてからスレイブニルの靴で着地するのにももう慣れた。バルパはヴァンスがゆっくり下がってくるのを感じながら、魔力感知で自分に近づいてくる一つの反応を発見した。ミーナ……ではない、スースやアラドとも総量が違う。
ヴァンスの知り合いだろうか、だがそれにしては走っている方向が自分に向き過ぎている気もする。
バルパは近づいてくる人間の方を向き……そして言葉を失った。
「バルパさんっ‼」
「………………ルル?」
「会いたかったです、ずっと……ずっとっ‼」
彼の目の前に現れたのはもう二度と会うことはないと考えていたかつての同行者、ルルであった。
バルパはヴァンスがルルに話しかけるその瞬間まで、パクパクと声にならない声を発することしか出来なかった。




