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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第二章 少女達は荒野へ向かう
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シンプル

「まず第一に言っておくが、俺はお前達を助けようとは思っている。だがそれは俺とミーナに負担のかからない範囲での話であり、お前らの事情の子細まで面倒を見てやるつもりは毛頭ない」

 バルパは彼女達に機会を与える、だからあとは彼女達の頑張り次第だ。

 上から目線で言えるほど自分が偉くないことは自覚しているが、仮にも主になったのだから主としての覚悟を持つ必要もある。他人の人生を背負う余裕などないバルパに出来ることは少ない。この態度が無責任であることは彼にもわかっていたが、彼女達を故郷に返すというのはあくまでもバルパ達の行動の副二次的な効果に過ぎないのだから変に取り繕うことはしなかった。

「お前らは弱い、弱いから今奴隷になっている。なぁウィリス、そうだろう?」

「そ、それはっ…………お前ら人間がっ‼」

「黙れ、弱さを他人のせいにするな。お前は馬車に乗った一行を皆殺しに出来ずに死にかけていた。それが全てだ」

 ウィリスからすればバルパの話の内容は理不尽そのものだろう。ある日まで普通に生活していた彼女が、自分が気付けないような魔法の品を使われ拐われ、そして忌み嫌う人間という種族に奴隷として物として扱われる。それは全てお前のせいだというバルパの話の内容は、受け入れがたいものに違いない。

 だがバルパにとってはその考えこそが自然で、当たり前で、そして正しい。

 弱きは強きに踏みにじられる。強者は弱者を好きにする権利が与えられる。それこそ人間の法律を便宜的な意味合いでしか重要視していないバルパにとっての絶対の真理だ。

 奴隷として生まれ落ちる、なるほど不幸だろう。ついこないだまで幸せだったのにもかかわらず奴隷として物扱いされる、なるほどそれは不幸だろう。

 だがそれはその人間自身の、魔物自身の弱さが招いた結果だ。それならば受け入れるべき摂理でしかないし、命を奪われないだけマシだと考えるべきだろう。

 死は怖い、生き物は死んでしまえばおしまいだ。だからバルパは死にたくない、だからこそバルパは強くなりたかった。死なないために、つまりは生きていくために。

「今お前らの命は俺の手の中にある。どうしてこうなったかと言われれば、お前らが奴隷商人一行が死んだあと、ドラゴンを殺し魔物の領域へ戻るだけの力を持っていなかったからだ。奴隷から解放される手段もないまま、なすすべもなく俺に従っている現状を良く噛み締めろ。ヴォーネ、お前は俺が殺そうと思えばいつでも殺せるということを本当の意味で理解しているか? 今のお前に魔物の餌になる可能性がゼロではないというその意味を、しっかりと肌で感じ取っているか?」

「…………」

 黙りこむヴォーネ、バルパは視線を移しレイと目を合わせた。

「お前は全部わかっていて、それで俺に従おうとしているんだろう。そうだ、それが正しい。自分よりも強い者には従うしかないからだ、そうしなければ痛い目を見る」

「そうですね、強い御方の庇護を得ることは大切なことです」

「ああそうだな、時にはそういうことが必要な場面もあるだろう」

 バルパはヴァンスの強さに頼り、彼に師事出来るよう頼んだ。自分が弱いと自覚しその欠点をどうリカバリーするか、それはとても大切なことだ。だがそれだけではダメだとバルパは思う。強者におもねるための理由は、強者よりも強くなるためでなくてはならない。バルパはそう考えている。今は無理であることも、ヴァンスは自らの目指すべき到達点にいる存在であることも理解している。だがバルパが彼に従うのは、あくまでも強くなるためだ。誰よりも強く、ヴァンスよりも強くなり、生を強制的に終わらせられることのないようするためだ。

「だがそれだけではダメだ、もし俺が心変わりしてここでお前を置いていくと言えばどうする? 強者の都合に振り回されるだけで終わってしまっては死の危険性はいつまでもつきまとう」

 自分が好きなように生きることが出来ないとしても、生きていられるだけマシであるのは事実だ。だが強者の機嫌一つで終わるような人生を続けることは難しいだろう。

 レイの自分に従おうという従順な態度は奴隷としては理想的なのだろうが、生憎バルパは奴隷というものに関しては否定派だ。もし本当に自分に気に入られようとするのなら、ただひたすらに強くなろうという意志を見せるべきだろう。彼女もしっかり者のようで案外視野が狭い。やはり口調や態度は見た目にそぐわないものであっても、本当の意味で大人にはなりきれていない少女でしかないのだ。

「捕虜奴隷の解放は難しいらしい、だが方法が無いということはないだろう。魔法の品か、魔法かはわからないが、強くなればその端緒は掴めるようになるはずだ」

 今のバルパには奴隷を自分の力で解放するだけの力はない、無限収納にも奴隷を解放する手段は存在しなかった。勇者にも出来ないことが可能になる確率など極小だろうが、奴隷から解放される確率など自らの目の前に死にかけの勇者が現れる確率と比べれば比較することすら烏滸がましいレベルだろう。

「従うだけではダメだ。俺を殺そうと、出し抜こうとしようとする程度のことはしてみろ。そんなことをすれば容赦なく殺すが、助かろうという気概を捨てては絶対にダメだ。俺にはお前が最善の選択肢に繋がる可能性を維持しようとしているようにしか見えない。現状維持ではダメだ、その先を見据えるようにしろ」

「……はい、わかりました」

 まだまだ話し足りないが、レイから視線を外し自分の隣にいるピリリを見た。

「ピリリ、お前は俺に会うまでまともに飯を食べてはいなかっただろう」

「うん」

「それはお前が弱かったからだ。弱くて泣き寝入りするしかなかったから空腹になっていたのだ」

「うん」

「強くなれば腹一杯になるまで物を食えるようになる。俺はそのことを誰よりも良く知っている」

 かつて飢えと渇きに必死に耐え劣悪な状況下で生きていた頃と比べれば、今のバルパを取り巻く状況は天国にも等しい。出来ればこの光景をピリリにも味わって欲しい、昔を懐かしみながらしゃがみこみ、ピリリと視線を合わせる。

 彼女も空気を読んでか、無駄口は叩かず間延びした口調にもならず、淡々と話を聞いてくれている。

「お前が奴隷になったのは、弱かったからだ。そして空腹だったのも、弱かったからだ」

「うん」

「だから強くなれ、強さは全てを覆す。理不尽も、不条理も、強ささえあれば壊してしまえる」

「わかった」

 理不尽の権化とも言えるとある男の傍若無人さを思い起こしながら、自分もいずれああなれるだろうかと考える。なれるかもしれないし、なれないかもしれない。だがなろうとする努力が大切なのだと、今のバルパは考えていた。

 ちらと視界の端に写るミーナのいつものやかましさは鳴りを潜めており、彼女は口出し一つしようとはしない。

 大体肝要なことは言い終えた気がしたので、とりあえず自分を睨んでいるウィリスを見てからもう一度四人それぞれの顔を見渡した。

「お前らにも思うところはあるだろう、俺の言葉に納得出来ないということもあるだろう。だが弱者であるお前達に考えを押し付けられるのは、強者である俺の特権だ。ウィリス、お前は不満そうだな?」

「……不満よ、不満だけど……色々と考える部分も、あるわ」

「そうか、思考を止めないならそれで良いだろう」

 ウィリスの顔は相変わらず不満げだったが、それ以上何かを言うことはなかった。ある程度は自分の意見を取り入れてくれたのだろうか。

「偉そうなことを言っている俺も、元は泣けてくるほど弱かった。だが幸運のおかげで今こうしてお前達を助け、その主として話をすることが出来ている。最後にこれだけは言っておく。いいか、お前らは一度奪われた弱者だ」

 彼女達は今はまだ弱い、だがそれはこの先までずっと弱いままということと同義ではない。彼女達もまた、学び取れるはずだ。強さというものの一端を自分から、そしてヴァンスやスース達から吸収できるはずだ。弱いのなら強くなれば良い。現実というものはいつだって残酷なほどシンプルで、究極的にはわかりやすい。

「だがきっとお前らにもチャンスが来る。奪われたものを奪い返す機会が、自分達から奪った者から逆に奪う機会が。それは俺との出会いそのものなのかもしれないし、ヴァンスやスース達との関わり合いの中で生まれるものなのかもしれない。それがどんなものなのかは自分にしかわからないだろう、だが絶対にそれを逃してはダメだ。チャンスを掴め、強くなれ。弱者から強者になるんだ。……俺が言いたいことは、それだけだ」

 バルパはくるりと踵を返し垂れ下がる布をめくり上げた。

「……話しすぎた、とりあえず街へ向かうぞ。その後どうするかは、ヴァンス達に会ってから考えることにする」

 奴隷達の言葉も、そしてミーナの言葉も聞くことのないまま、バルパは黙って馬車を出た。

 リンプフェルトの街はそう遠くない。バルパは相変わらず空を闊歩しているドラゴンへの殺意を高め、そしてらしくもなく語ってしまったことを少し恥ずかしく思いながら全身に魔力を巡らせた。

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