一筋縄では……
中に入ればすぐに二人が起き上がっているのが確認できた。上体を起こしてはいるものの、先ほどまで意識を失っていたせいか二人の視線はどこか熱っぽく気だるげだ。
馬車の中に入ってきたバルパを見て彼女達は少し表情を固くしたが、本調子ではないせいか顔の筋肉はだらしなく弛んでいる。
エルフの少女はバルパを睨んでいた、そしてドワーフの少女は下の方を向き、布のかけられた自分の下半身をじっと見つめている。その後ろで待機している羽根の少女は腕を後ろに組んで黙っている、明らかに歓迎ムードではない感じだが空気など読めないバルパはずんずんと先へ進み、体を横たえている二人のもとへ歩いていった。
敷き布団の横には自分が先ほど出した植木とランプが置いてある、食べられたり吸収されたりはしていないようだったのでどうやら近くに置いておいて正解だったらしい。
「ヴォーネ、と言ったか」
「は、はいっ‼」
エルフの話しかけてくるなオーラを感じ取ったバルパは比較的与し易そうなドワーフの少女から攻めることにした。
ヴォーネと呼ばれている少女はかなり小さい、年は確実にミーナより若いだろう。あの多重起動の少女もかなり小さく幼かったが、それと同程度の年齢に見える。
大きめの耳を剣で袈裟懸けに切り下ろして二つに分けたように尖っている耳と炎のように紅い髪色がバルパの目を引いた。着ているものは普通の衣類だが、染色され赤くなったスカートと袖の短い上着を見るにそこまで粗雑な扱いはされていないように見える。瞳の色も紅色で、首筋を除けば全体的に赤いというのがバルパのストレートな感想だった。
真っ赤な少女ことヴォーネはおどおどとしながら顔を上げては下げ、下げては上げる。ちらとバルパを見たかと思えば次の瞬間には下を向いてしまい、中々目と目が合わなかった。
何やら落ち着きのなさそうな少女ではあるが、経過は良好そうに見える。
「元気になったか?」
「え、えと……はい。おかげさまで…はい」
「そうか」
「あの……はい」
「……」
「……」
元気になったかどうかを尋ねる以外なにも考えていなかったので、すぐに沈黙がやって来た。ミーナとルル、『紅』にヴァンスにスースと彼の知っている人間は隙間があれば言葉を挟もうとする者が多かったため、何も言われないとバルパとしてもすることがない。
とりあえず視界にランプのぼんやりとした明かりがちらついたので詳しい話を聞いてみることにした。
「そのランプのおかげで元気になったのか?」
「は、はいそうです。私達ドワーフは命の灯火が近くにないと力が出ないのでっ」
「それがないと死ぬのか?」
「し、死にはしないと思いますけど……元気ではなくなります」
「そうか、ならやる。元気でいろ」
「あ、ありがとうございます」
ペコペコと頭を下げるヴィーネに頭を下げるなと言ってからもう一人のエルフの少女の方を向く。相変わらずその視線は厳しい、親の敵を見つめるかのようにバルパを鋭い視線で居抜いている。せっかく助けたのに敵意を向けられるのは気に入らなかったが、思い起こしてみればルルを拉致した時も最初はかなり険悪だった。どうやら自分は他人に嫌われやすいようだが、別にすぐに別れることになる女達に好かれようが嫌われようが構わなかったのでバルパはその視線を真っ向から受け止めて見つめ返してやった。
「お前のその植木もドワーフにとってのランプのようなものか?」
「そ……そうよ、エルフは世界樹の祝福が無いとまともに暮らしていくことは出来ないから」
「ならそれもやる、別に俺には必要ないからな」
「訂正しなさいっ‼ 今の発言はエルフを、そしてその命の源である世界樹をバカにしているわっ‼」
「要らんものを要らんと言っただけだ、何か問題があるか?」
「貴様っ‼」
エルフの少女の周囲を囲うかのように魔力が渦巻き始めた、今までに見てきたものとは明らかに違うが、恐らくはなんらかの魔法か魔撃の類だ。どうやらエルフの少女はバルパを攻撃する気らしい。
基本的には助けるつもりだったが、そうとなれば話は変わる。後ろにはミーナもいるし、横には小さな少女もいる。というかこのエルフは自分の隣の少女の姿が見えていないのだろうか。このままでは一緒に旅をしてきたであろう奴隷仲間ごと殺しかねない。
ミーナと少女の命は、目の前にいる反抗的なエルフより大事だ。
仕方ない、下手なことをされる前に殺そう。
バルパは魔力を循環させ、雷を生み出した。そのままエルフへと投擲しようと意識を割いていると、バルパの魔撃がエルフに撃ち出される前に渇いた音が馬車の中に響いた。
羽根の生えた少女が、エルフの頬を思いきり叩いたのだ。病み上がりに違いないエルフが横っ面を叩かれた勢いで右隣にいるヴォーネの方へ倒れこんだ。
バルパは撃とうとしていた雷を持て余し、とりあえず自分の腹部に撃ち込んだ。病人相手でそれほど魔力を込めておらず、着けている潮騒静夜の魔法への抵抗力が高かったおかげで大したダメージを食らうこともなくなんとか攻撃を受けきった。
鋭い痛みに耐えてから視線をエルフの方に向けると、そこには呆然として左の頬を抑えるエルフと仁王立ちで彼女に怒りを表している羽根の少女の姿があった。
仲間割れだろうか、一体この四人組の関係性はどうなっているのだろう。奴隷仲間というものは仲間ではないのだろうか。
魔力が霧散し、とりあえず危害を加えられる可能性が無くなっためにバルパは黙って状況の推移を見守ることにした。
「ウィリスッ、謝りなさいっ‼」
「な……なんでそんなことしなくちゃいけないのよっ‼ 元はと言えばこいつが……」
「指を差さないっ‼」
「は、はいっ‼」
自分を差していた人差し指がすごい勢いで下を向いた。どうやらエルフの少女はウィリスと呼ぶらしい。そういえば自分はまだ羽根の少女と隣で肉を頬張ってる少女の名前を知らなかったな、隣を向いてテカテカと光っている口元の拭ってやってからバルパは聞いてみた。
「お前の名はなんと言う?」
「ふぃふぃふぃ」
「フィフィフィか、変な名前だな」
「ふぃふぃふぃひゃなふて、ふぃふぃふぃ」
「フィフィフィ=ヒャナフテ=フィフィフィというのか、長い名前だな」
「みまむっ‼ ……もぐもぐごっくん……ピリリッ‼」
「どれがホントの名前だ?」
「ピリリッ‼」
「そうか、俺はバルパだ」
どうやら先ほどの言葉は口の中に食べ物が入っていて上手く発音が出来なかっただけらしい。ピリリという名前はルルのパーティーにいた女と似ているが、まぁ流石に関連性はないだろう。似ている名前の人間などいくらでもいるのだろうし。
「ピリリ、あの二人はいつもああなのか?」
「もぐもぐもぐ……ふぁふぃ?」
「……そんなに焦らんでも肉なら腐るほどある。幾らでも食え」
「ひょんほっ⁉」
「……口に物を入れながら喋るな、顔に脂が飛んできた」
「……ふぉめんなふぁい」
モグモグと詰め込めるだけ肉を詰め込もうとしているピリリはよほどお腹が空いているらしい。それなら下手に食事の邪魔をしても悪いかともう一本肉串を取り出してあげてから口論をしている二人の話に耳を傾けた。
「なんで私が人間風情に謝らないといけないのよぉ……」
「悪いことをしたら謝る、良いことをされたらありがとうと言う。今時子供だって出来ることですよ」
「だ、だってあの男がバカにしたんだもんっ‼ だから悪いのはあの男よっ‼」
「あの方が助けてくれなければ私達は一人残らず死んでいました。あの方がその世界樹の苗木を出さなければウィリスが元気になることはありませんでした。そんな人をあなたは害そうとしたのです。あのまま攻撃を続けていればピリリもタダでは済まなかったでしょう」
「そ、そうよアンタッ‼ 餌付けされたくらいでなついてるんじゃないわよっ‼ 人間を信じたりして酷い目見てきたでしょうが‼」
「もぐもぐ……えー、バルパは良い人だよ。こんな美味しいお肉、ピリリ初めて食べたもん」
「そ、そうですよ。助けてくれた恩人にそんな態度を取るのはどうかと……」
「アンタは黙ってなさい、年齢詐欺女っ‼」
「ひっ⁉ ……ご、ごめんなさい」
「いい加減に…………しなさいっ‼」
再びパァンと音が鳴る、今度はウィリスの右の頬が真っ赤になった。振りかぶった様子の羽根の少女が、今度は往復ビンタで何度も何度も彼女の頬を張り続ける。
この四人の力関係が朧気に見えてきた、間違いなく一番高い位置にいるのはあの羽根の少女だろう。
「アンタはっ……‼」
左の頬が叩かれる、もちもちとした肌が衝撃でたわむのがよく見えた。
「さっきから好き勝手言いくさってっ……‼」
右の頬が張られた、頬の膨らみは既にかなりのものになっている。かなりの力でビンタされているらしい、バルパはなんだかエルフの少女が気の毒になってきた。
「良いから謝りなさいっ‼ それしかないのっ、私達にはっ‼」
最後に思いきり振りかぶってから左の頬に掌底が決まった。ウィリスの目も頬も真っ赤に染まっている、両頬ともに先ほど倒れていた時など比較にならないくらいに腫れてしまっている。
「び…………」
ウィリスが黙って下を向いた、既に当初あった元気はどこかへいってしまっている。彼女が小さく肩を震わせた。横にいたピリリが肉串を口に差し込んで両手で耳を覆う。少し離れた位置でヴィーネも同様に耳を塞いだ。
一体なんなのだと首傾げるバルパ、だがその答えはすぐにやって来た。
「びええええええええええええええええん‼ レイのバカああああああああああああ‼」
凄まじい音量でウィリスが泣き叫び始めた。驚くべきことに、ドラゴンの咆哮よりも音が大きい。バルパは思わず顔をしかめ、二人と同様に耳を塞いだ。
「だっで……だっであのおどこが…………うぇぇええええええええええええええええん‼」
ビービー泣くエルフの少女を見て、これはもしかしたら新たな攻撃手段なのではないかと考えるバルパ。
腕を組みながら見当違いの方向の想像を重ねるバルパ。肉をもぐもぐするピリリ、ドラゴンも真っ青な声量で泣いているウィリス。それにつられてちょっと泣きそうになっているヴィーネ。相変わらず仁王立ちでウィリスに追撃を見舞おうとしている羽根の少女ことレイ。そしてバルパの少し後ろでなんとも言えない表情を浮かべているミーナ。
彼らが落ち着きを取り戻し話を続けることが出来るようになるまでにかなりの時間を要したのは、言うまでもないことだろう。




