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チルチルチルリット  作者: けろぽん
<番外編>恋になるかもしれなかった
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 今年の冬は寒かった。珍しくソーフヒートでも雪が積もったが、何故だかいつもの冬より暖かだったような気がしていたことを不思議に思い、朝からぼんやりと考えていたら、昼過ぎに帰ってきたウリウスにベッドに引っ張り込まれる。


 ウリウスの肌の暖かさに触れながら、ああ、そうかと思い当たる。今年の冬は毎晩ウリウスのぬくもりに包まれて眠りについていたから寒さを感じていなかったのか。


 失われた十数年を取り戻そうかという勢いで暇さえあれば覆いかぶさってくるウリウスのことが少し心配だ。なにしろ年も年なので、腰とかいろいろと。心配しつつも向けられる情愛が嬉しくもある。




「どうぞ」


 少しだけ時間があるというウリウスに、エミリアがお茶を差し出すと、ひどく驚いたように、目を見開く。


「君が?お茶を?」

「あら。わたくしだってお茶くらい淹れられますわ」


 ここまでのものを淹れれるようになるまでにかなり時間を費やしたが。

 ウリウス付きの使用人からウリウスの好みのお茶を聞き出し、何度も練習をした。たかがお茶、されどお茶。練習をしている最中に、しみじみと感じた。誰かのために何かをすることというのは、とても楽しいことなのだと。


 ふたりでテーブルをはさみ、ゆったりとした気分でお茶を啜る。

 窓の外は明るく、春がすぐそこまで来ているのを感じる。

 そろそろ庭を彩る花を決める時期だ。そう、クランの花もいいかもしれない。甘い香りのあの花。幻だったクランの花の人は、霞のようにどこかへ消えて行き、あんなに忌々しかった思いも霧散した。我ながら現金なものだと思う。


「美味い」

「そうですか」


 小さなつぶやきにくすぐったい様な気持ちになり笑みが漏れる。嬉しくてウリウスの頬にキスをしたくなったが、やめておいた。そろそろ本当に腰の心配をしなくてはいけないだろうから。



 結局、ヴィングラー家はなくなることもなく、全財産没収されることもなく、何事もなかったように同じ生活をしている。

 それはもちろんあらゆる人脈を使ったウリウスの根回しやたくさんの人の努力の成果であるとは思う。すべてが元通りという訳ではないだろうが、少なくともエミリアの生活は元のままで、屋敷の使用人たちも変わらずに働いてくれている。

 西棟に入り浸るようになったウリウスに最初の内戸惑いを見せていた使用人たちもすっかり慣れてしまったようだ。


 扉がノックされ、シーラがウリウスに手紙を持ってきた。


「ああ、すまない」


 受け取り、早速封を開け目を通す。


「何かよくない知らせですの?」


 かすかに曇ったように感じたウリウスの表情に、エミリアが問う。


「ああ、いや……」


 しばらく口に手を当てて何かを考え込んでいたウリウスだったが、思い直したように口を開いた。


「ずっと東に向かったところにカシュクールという村がある。昔は鉱山として栄えたところだったが、今はそこでしか取れない薬草を高値で取引して村を成り立たせているらしい。その薬草の権利が欲しかったのだが、もうどこかの商人が取得済みだった」

「そうですの」

「他にもいくつか同じことがあった。薬は今までうちが見過ごしていた分野で、盲点を突かれた」

「よく分かりませんが、いいのではありませんか?」


 何でもかんでもヴィングラーが権利を持てばいいというものでもあるまい。


「いいや、問題なのはそこではない。商品には流通ルートというものがあって、それは商会に入らなくては使えない。その商人は商会には加入せず独自の流通ルートを作りだし、販売している。もちろんそんなことがまかり通るならば今ある商会など意味がないものになってしまう」

「まあ、そうですか」


 仕事の話はいまだによく分からないので、エミリアは長々と続くウリウスの話を微笑みを浮かべて受け流す。


「もちろんわたしはその独自の流通ルートをつぶそうとはしたが、一体何をどう根回ししたのかその商人は有力者を後ろ盾につけていて潰せなかった」

「有力者を。それではそれなりの家柄の方なのですね」

「…………」


 なぜかむっつり黙りこくる。


「目ざわりだからその権利ごと高値で買い取ると申し出たらあっさりと断られた」


 なんだかおかしくなってエミリアは思わずふふふと笑ってしまう。

 目ざわりだからなんて理由は、まるっきり悪役ではないか。しかもあっさり断られて悔しがるさまは子供のようだ。


「あなたを手玉に取るなど、相当老獪な方なのですねえ」

「まだ若い。二十にもなっていないそうだ」

「あら」


 ふと、ある予感に駆られ、それまで浮かべていた笑みを引っ込め、ウリウスを見つめる。悔しそうに見えていたウリウスの表情だが、それはどこかわざとらしく作られたようにも見える。


「それならいっそその商人ごと取りこんでやろうと、一度家族を交えて夕食でもと屋敷に招いたらそれも断られた。身重の妻がいるから遠出はできないと」


 身重の妻?

 その妻はもしかしたら変わった色の髪をしているのではないだろうか?


「その方は、一体どちらに住まわれているのですか?」

「ここから三日ほど馬車を走らせたところにあるドーリンにほど近い場所に居を構えているらしい」

「あなたはその商人に会われたのですか?」

「いいや。今までの話はすべて人を介した話だ」


 若い商人は、あなた譲りの金茶色の瞳をしているのではないですか?

 こちらの手の内を読まれて先回りされるのも、全部、そういった理由からでは?


 喉元まで出かかった言葉を飲み込む。


「ドーリン。わたくし、まだ行ったことがありませんわ。どんな所なのかしら?今度行ってみたいわ。その街へ」


 高鳴る鼓動を抑えて、ウリウスにふわりと微笑みを向ける。


「……そうだな、わたしも十年以上前に行ったきりだ。今度休みを取ってドーリンへ行ってみるのも悪くない」

「是非、近いうちにつれて行って下さい。これから旅をするのにとてもいい季節になりますし」

「分かった」


 そろそろ仕事に向かうと立ち上がったウリウスと口づけを交わしながら。


「本当に、お願いしますわ。わたくし楽しみにしておりますから」


 耳元でねだるエミリアに苦笑しながら頷く。


「早速仕事を調整しよう」


  部屋を出るウリウスを見送った後、エミリアははやる心を落ち着かせようと深呼吸を繰り返す。


 ふたりきりでこの大きな屋敷でゆっくりと老いていくのだと思っていた。それは寂しいことだけれども、自分たちのしでかしたことの結果だから仕方のないことだと受け入れていた。


 でも、もしかしたら。


 この屋敷で新しく家族が増えることがあるかもしれない。


 もしかしたら、この手に孫を抱くことが出来るかもしれない。


 その一方で、怖くもある。決定的な決別宣言をされてしまうかもしれない。一生、関わらないでくれと冷たく言い放たれる可能性の方が高い。けれども、行動しなければ何も変わらない。語りかけることすらしなければ言葉は返ってこないのだ。


 窓辺に立ち、花曇りの空を見上げながら、もうすぐ会えるかもしれないふたりを想って、祈りを捧げるようにゆっくりと眼を閉じた。





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