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養女と後ろ盾

 結局ウリウスが部屋を訪ねて来たのは陽が傾き始めたころで、待ちくたびれてぐだぐだになっていたわたしはノックの音に慌てて飛び起きて乱れた髪を撫でつけ服の皺を伸ばす。


「失礼するよ」

「お久しぶりです」


 とりあえずフラウ先生に習った正式なお辞儀をすると、ウリウスは穏やかに微笑む。ウリウスの微笑みは村から救い出してくれたときの優しい笑みのままで、ここ最近苦虫をかみつぶしたようなウリウスしか見ていなかったので何となくほっとした。


 ソファに向い合って座ると、すぐに使用人がお茶と菓子を用意してくれる。


「ああ、ありがとう。この使用人はイリヤと言うんだ。短い間ではあるがチルリットの世話をしてもらうことになる」

「そうですか」

「ではわたくしは失礼します」


 丁寧に頭を下げてイリヤが出ていくとウリウスは顎鬚を撫でながらわたしを眺める。


「なかなか様になっていたな」

「?」

「まあ残念ながらフラウとセインは昨日で辞めてもらうことになったのだが」


 様になっていたというのは先程のお辞儀のことらしい。褒められたらしいのでとりあえずお礼を述べておくが、フラウとセインの授業はもうないようだ。しかし昨日、そのことでシオンはルルに激高したのではなかったのか。シオンがウリウスに掛け合ったか何かしたのだろうか。


「先程知らせが届いた。決定事項を伝えよう。まず、チルリットにはウランゴート家の養女に入ってもらう。先日会ったエイシャー家の口ききだ。アーナ地方一帯を治めている貴族の三女という形で。貴族の中では中の中と言ったところだな」


 養女?わたしが?貴族の?

 頭の中がはてなでいっぱいになる。何のために?


「形だけの養女とはいえ王宮にあがるときはウランゴート家からという体裁を整えておきたい。4日後にはここを出ることになる」

「あ、あの、……王宮にあがる、とはどういうことでしょう?」

「ウランゴート家から行儀見習いとして王宮にあがるということだ。そこで様々な準備を経て側室として王に仕えてもらうことになる」


 え?

 耳にした言葉の意味が呑み込めずに表情を変えることなく穏やかに微笑んでいるウリウスを凝視する。


「あ……わた、しが側室に、ですか?」

「こんなにスムーズに事が運ぶとは思わなかったが、先日エイシャー卿に直接お目にかかったことが功を奏したらしい。珍しい物好きが多いからな。チルリットのその外見がいたく気に入られたようだ」


 珍しいもの……。

 ウリウスにとってわたしの価値はただ珍しいというそれだけだったのだろうか。


「シ、シオン様は……」


 口の中が渇いてうまく言葉が出てこない。


「昨夜食事の席で話はした。まだ決定したわけではなかったが、先程決定した。兄妹のように仲がいいのは結構なことだが血がつながっているわけではないのだから側室にあがる前に間違いがあってはならないのでね。申し訳ないが今日からはここで監視付きの生活をしてもらうことになる。ほんの数日のことだ」


 身体が震える。王宮にあがって側室になるということは一生シオンに会えなくなるということくらい、わたしにも分かる。


「……そのお話はお断りしても……」


 わたしのかすれた言葉に穏やかな笑みがすうっと消え、ウリウスは小さくため息をつく。


「決定事項と言ったはずだが聞こえなかったかね?チルリット。そもそもあの辺境の小さな村で人間以下の扱いを受けてきていたが今はどうだ。絹のドレスを着て何不自由ないどこぞの貴族の娘のような暮らしをしている。それは一体誰のおかげなのか考えてみたことはあるかね?」

「…………はい」

「まあいい。手駒が思いのほかいい動きをしてくれたからわたしはいま機嫌がいい。あのちっぽけな村で見つけたときは何かに使えるかもしれないという漠然としたものだったが思いのほか化けてくれた。短期間でどうにか見れるように仕上げてくれたフラウにも礼をしなければな。

 予想外なこともあったが、まあそちらはどうとでもなる。いやそれさえも……。チルリット、もし王の世継ぎがお前から生まれた場合、強大な権力を握ることになる。そしてそのころヴィングラー家を継いでいるのはシオンだ。二人でヴィングラーを盛りたてることも容易であろう」


 ウリウスの言った言葉がぐるぐると脳裏を駆け巡り、吐き気がしてきた。


「これはシオンのためでもあるんだよ、チルリット。この家のためにすることやすべてシオンのためでもある」

「シオン様には会えますか」


 吐き気と震えを抑えて言葉を絞り出す。


「残念ながらそれは出来ない。この部屋にいる限り、自由にしていていい。欲しいものがあればイリヤに言えば用意させよう。ではわたしは失礼するよ。いろいろ忙しくしていてね。4日後ここを出立するときにまた会おう」


 立ち上がるウリウスを呼びとめる。


「あ、あの、わたしについてもらうのはイリヤさんではなくてルルさんにしてもらえないでしょうか」

「ルルに?……それはできないが、後でルルに顔を出すように言っておく」

「はい。……よろしくお願いします」


 足早に部屋を出ていくウリウスに感情のこもらないまま頭を下げた。



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