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未来

 結局わたしはそのあと自分の部屋に帰された。

 口調は柔らかかったがルルにきっぱりとこれ以上こじらせると大変なことになりますから、と言われ、わたしは引きさがらざるをえなかった。


 シオンの熱はそれから三日続き、ようやく会えるようになったのはさらにその翌日のことだった。


 かなり久しぶりに聞くベルの音を聞いてシオンの部屋に顔を出すと、ベッドに上半身を起こしたシオンが不機嫌そうな表情を浮かべていた。


「シオン様、お加減はどうですか」

「どうもこうも退屈で死にそうだ」


 ここ数日でとがった顎がさらに尖ったような気がするが顔色が幾分さえない以外は案外元気そうに見えてほっとする。


「本を読むのも禁止、ベッドから降りるのも禁止。僕には本当に有能な使用人がついてくれている」


 半ば嫌味のように部屋を整えているルルに言うと、ルルは表情も変えずに、


「ついでにチルリットさまとの必要以上の接触禁止です」


 何かを言いかけるシオンに畳みかけるように、


「わたくしがこのままここで見張らせていただくことになるのは不本意ではありますが」

「分かった分かった。もういいから下がれ」


 手を振るシオンに一礼し部屋を出ていくルル。


「あ……この冬果どうしたんですか?」

 

 サイドテーブルに置かれている硝子の大皿には冬果が山盛りに盛られている。結局ヒリトに取ってもらった冬果はシオンが寝込んでいる間に駄目になってしまっていた。


「買ってきてもらった。ルルが言っていたが、うまくむけるようになったのだろう?一つむいてみろ」

「はい」


 シオンの部屋を追い出された後ルルにコツを聞いて練習を重ねルルに褒められるほど上手にむけるようになったのだがそれをシオンに食べてもらうことはなくなったのだと残念に思っていたのだが。

 わたしの手と同じ位の大きさの楕円形をした冬果は頭としっぽがあって、尻尾から向き始めないとうまくむけないのだ。コツを掴むと驚くほど簡単にむける。


 するすると手際よく皮をむき、真ん中にある大きな種をくりぬき一口大に切り分けさらに並べ、フォークを添える。


「出来ました」


 シオンは褒めてはくれないがうまくむけたことだけで満足だった。お前も食べろと言われて甘い冬果を二人でつまむ。


「お前、この果物のことをよく知っていたな。結構な高級品だと思ったが食べたことがあるのか」

「シオン様がお留守の間に食べさせてもらったのです。お庭になっていたのを取ってもらって。勿論初めてでしたけどこんなに美味しい果物があることにびっくりしました」

「ふうん。庭か。多分その木を植えたのは僕だ」

「えっ」

「小さいころ冬果が大好物だった僕が庭にこの種をいくつか植えた覚えがある。まあ世話なんかしなかったから庭師がうまく育てたのだろうが。そもそも冬果には雄株と雌株があってその二つを並べて植えないと結実しないが子供の僕がそんなこと知るわけがなかったし」

「そうなんですか」


 種を植えるなどという可愛らしい行動をちいさなシオンがしていたことも意外だったが、雄株や雌株のことまで知っていることが意外だった。


「……で?庭の冬果を誰に取ってもらったのだ?」


 こちらに向けられた視線が冷たいことに気付く。


「あ、あの、庭師の」

「庭師?テイトのことか?」

「テイトさん?いえ、その方ではなくてヒリトという男の子です」

「へえ」


 沈黙。

 嫌な汗が浮かんできた。

 何か喋ったほうがいいような気がして、思いつくまま言葉を口にする。


「あの、わたし、冬果の皮がうまくむけなかったときすごく自分にがっかりしてしまって。ヒリトは簡単にむいていたのでわたしもできると思ったんですけど、全然できなくて。わたしは自分で思っていた以上に不器用で役立たずなんだなと」

 

 袖口にあしらわれた美しいレースをいじるわたしにため息をつくシオン。


「言わなかったか?お前に身の回りのことをさせようと思ったことはないと」

「でもヒリトの話を聞いているとわたしくらいの歳の子が普通にできることがわたしはできないというか」

「もういい」

 

 シオンはイラついたように乱暴にフォークを置くとわたしに皿をつき返す。


「疲れた。下がれ」


 そっけなく言って布団をかぶって寝てしまう。


「はい……」


 結局わたしは自分の言いたかったこともまたもやちゃんと伝えることが出来なかった。

 部屋を出るときもシオンはこちらに背を向けたままで、なんだか悲しくなった。

 

 わたしは怖くなったのだ。冬果の皮がむけなかったときに。あんなことすらできないわたしがこんな贅沢な暮しをさせてもらっていることに。村にいるときは何とも思わなかった。


 でも今は、未来が来ることが怖い。

 


 

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