王子
エミリアと会うのもどのくらいぶりであろうか。
はじめてこの屋敷に来た時以来のことで、ほっそりとした身体に美しい萌黄色のドレスをまとったエミリアは改めてみるととてもシオンを産んだ母に見えないくらい若く美しかった。
「こんなところで珍しい。どうかなさいましたか。食事も一緒に摂れないくらいに伏せられているとお聞きしていましたが?」
その時初めて親子水入らずで食事をしているとばかり思っていたのだがエミリアはそれに参加していなかったことを知る。
「出立前にあなたの様子を見に行ったのですけれどこちらに向かったと教えられたので」
「それはさらに珍しい。僕に一体どんな用事があったのですか」
「一人息子が初めて旅に出るというので旅の無事をと思ったのですが。あなた、まだいたのね」
そこで今初めて気付いたかのようにシオンの陰にいたわたしに冷たい視線を向ける。
「いつもお世話になっています」
頭を下げるわたしを見ないように視線をシオンに向けながらエミリアは形の整った眉をひそめる。
「わたくしは何もお世話なんてしておりません。シオン、子供のくせに女を囲いこむような真似をして恥ずかしくないのですか。周りがどんな噂をしているのか気付いていないのでしょう?恥を知らないと言えばそちらのほうが上ね。まだ年端もいかない子供のくせに身体を売るような真似をしていやらしい。ここは由緒正しいヴィングラー家のお屋敷で娼婦のまねごとをするようなところでないのですよ」
そのときのわたしにはそう言った知識がないに等しく、エミリアの言っていることが一体何のことなのか分からずに、わたしのことを見るのも嫌そうなその態度に戸惑ってしまう。
「母上、ずいぶん下品なものいいですね。由緒正しいヴィングラー家の当主の妻が口にする言葉とも思えません。これだから成り上がり者はと噂されてしまいますよ。僕とチルリットは母上が思うような下衆な間柄ではありませんが、女を囲い込むのは父上の息子なので大目に見ていただけますか。血は争えないというやつです。それでは僕は旅の準備がありますのでこれで失礼します」
シオンは軽やかに言うとわたしの手を掴み表情をこわばらせているエミリアの脇をすり抜けていく。
「わたしはエミリア様に嫌われているのでしょうか」
「あのひとのことは気にするだけ時間の無駄だ」
エミリアの言った言葉の内容についてもう少し聞きたかったが、シオンの冷たい横顔がそれを許さない。
東棟に到着するとシオンは自室に向わずにわたしの部屋に入る。
「全く時間がないというのに」
「シオン様、それで今回はどのくらいお留守にされるのですか」
「ん?ああ、短くて一週間長くて一月と言ったところか。とりあえずお前、服を脱げ」
「えっ!」
「なんだ」
「いえ、あの、その……」
最近シオンが忙しくしていたせいか久しぶりのことでわたしは急に恥ずかしくなってうつむいてしまう。今までなんで躊躇もなく裸を見せられていたのか自分が信じられない。もじもじしているわたしに苛々したようにシオンが近づいてくるといきなりスカートをまくりあげる。
「うひゃ!」
慌ててスカートを押さえるわたし。
「なんなんだ一体。変な声を出すな」
「ですが」
そう言いながらもスカートをまくり上げようとするシオンに抵抗していると、
「おまえ、まさかどこかに傷とかあざとか作ったのではないだろうな?」
「いえ、そうじゃないですが」
「時間がないんだ、早く脱げ」
「でもそれは」
視界の隅に先程まで眺めていた絵本が目に入る。絵本の中の王子様ローレンはお姫様レイリアを脱がせたりはしなかったのに、何故シオンは早く脱げ脱げと迫ってくるのか。ローレンはレイリアにかかっていた呪いを解いたとき優しく口付けをしてくれたが服は脱がせなかったはずだ。
シオンの手から逃れようと背を向けたわたしを背後から羽交い絞めにし、いきなりベッドに放り上げる。わたしの身体はベッドのクッションに守られたが驚いてとっさの反応が出来ずにいるとシオンが馬乗りになり、胸元のボタンに手を掛ける。
「もういい、僕が脱がせる」
この体勢になられては抵抗することもできない。観念し、身体の力を抜いた時、扉がノックされる。
「シオン様、御館様のご準備が整われました」
ルルが顔をだし、いつもの表情でシオンにそう告げた後何事もなかったかのように扉が閉められる。
「…………」
「……だから時間がないと言っただろう」
「すみません」
大きなため息をつかれた。
わたしのほうこそこんなことに時間を取られるよりももっと聞いておきたいことや言いたいことがいっぱいあったはずなのに。
「……あの、シオン様、どうかご無事でお戻りください」
なんだか胸が詰まってこんなことしか言えない。
シオンがしばらく留守にすることがひどく不安だった。所有者のいない所有物はどうすればいいのだろう。
「戦地にいくわけでもあるまいし」
口元を緩ませてわたしを見下ろし、少しだけあらわになった胸元に顔をうずめる。鼻先にふわりとシオンの香りが漂う。あ、と思う暇もなくシオンは肌に舌を這わせると思い切り吸いついた。シオンの唇はひんやりとしている手とは対照的にとても熱い。
「帰って来たらこのあざは消えているだろうな」
唇を離しわたしの肌に残った紫色のあざを確認するかのように指でひとなですると、シオンは呼びとめる暇もなくさっさと部屋を出て行った。




