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 いつの間にかわたしの苦手な暑い夏が終わり、寒い冬の季節がやってきていた。村で過ごす冬はつらかったが、屋敷の中は暖炉に火がくべられて暖かくとても快適だ。


 朝食を終えるとわたしはお気に入りの絵本を持って暖炉のそばに座る。

 すでに読み書きの勉強は終えていて絵本ではなく文字だけの本も読めるようになってはいたが、シオンが読むような本はとても私には理解が出来なかった。一度借りて読んでみたのだが、流通がどうの対価がどうのという内容でさっぱり理解できなくてそれからは本はルルに借りている。


 ルルの持ってきてくれる本は魔法使いが出てきたりお姫様が出てきたり竜が出てきたりと面白い。

 今わたしの膝にある絵本はだいぶ前に借りたのだが余りに気に入ったので何度も借りているうちにルルが気を利かせて新しいものをくれた。わたしの部屋にある唯一の本。


 薪がはぜる音を聞きながら表紙に描かれている王子様とお姫様の絵をじっくり眺める。もう何度も眺めているので目を閉じても情景が目に浮かぶほどなのだがそれでも飽きない。茶色い髪の王子様とお姫様の話で、最初にこの絵を見たときにあ、似ている、と思った。性格は全然違っていてとても紳士的で優しい王子様だったのだが、何故か絵の王子様は冷たい目をしている。何となく顔立ちが似ているような気がして顔の線をなぞったりしてしまうのだ。

 残念ながらお姫様は栗色の髪なのだが。


「朝食は終わられましたか」

 

 ルルが朝食の片付けをしにきた。


「はい。ヴィングラーさんは今日出立されるのですか」

「ええ、先程ご家族で朝食を終えられ今は準備に取り掛かられています」


 少し前に珍しくヴィングラーか帰ってきたので食事を父母とともにとることになったシオンとここ最近食事を共にしていなかったし何かと忙しいようでほとんどお呼びもかからずにわたしは結構暇を持て余していた。

 ルルの手伝いをしながら、


「わたしもご挨拶に伺ったほうがいいでしょうか」

「どうでしょうか。あとでわたくしからシオン様に聞いてみます」

「お願いします」


 皿を下げる際にルルはふと暖炉の前で開かれたままになっている絵本を見る。


「またあの本をご覧になっていたんですか」

「え、あ、はい。挿絵が綺麗なので」


 何故だか恥ずかしいものを見られた気分になり慌てて絵本を閉じる。

 そんなわたしを見てルルは小さく笑う。初めて来たときは無表情で堅苦しそうだなんて感じたことが嘘のようにルルは優しい。多分姉というものがいたらこんな感じではないかと思う。





「いくぞ」


 しばらくしてからいきなりわたしの部屋に来て開口一番にシオンは言った。


「え」

 

 相変わらず絵本の中の王子様を眺め続けていたわたしは慌てて絵本を閉じる。


「父上が出立する前に顔を出しておく。お前もさっさと来い」

「え、え、あ、はい」


 スカートの皺を心持引っ張って伸ばし、髪をなでつけてシオンの後を慌ててついていく。ここ二、三日全く顔を合わさなかったからかすごく久しぶりにシオンを見たような気がしてシオンに気付かれないようにこっそりと後ろ姿を盗み見る。


「シオン様、12になられたそうで、おめでとうございます」

「別にただ一つ年を食っただけで何もめでたくもない」


 そう、今回ヴィングラーが帰ってきているのもシオンの誕生日を祝うためらしくいろいろ忙しそうにしていたのも誕生パーティーなんかが催されていたかららしい。


「そう言えばお前はいくつなんだ」

「10歳です」


 わたし自身も忘れていたが村を出てここに向う途中で誕生日を迎えていたことにシオンの誕生日の話を聞いて思い出した。

 しかし自分自身も忘れていたほどわたしの誕生日などどうでもいいことで、まさに一つ年を取っただけで何もめでたくはない出来事だ。


 最近ようやく知ったのだがこの屋敷は四角い建物をくりぬいたような形をしている。東西南北それぞれに棟がありシオンとわたしがいるのが東棟でヴィングラーが滞在するのは南棟、エミリアが居住しているのが西棟で北棟は住み込みの使用人たちが使っているようだ。もちろんルルのようにシオンの身の周りの世話を任されているものは東棟に部屋があるが、道理でいつも屋敷に人気がないはずだと思う。建物で囲まれた中には中庭があり、外でお茶をしたり食事をしたりできるように調度品も置かれているが使われているのを見たこともない。

 今も東棟から南棟まで紆余曲折を経てようやくたどり着く。わたしはここには初めて足を踏み入れたが、東棟には深紅の絨毯が敷かれているのに対して南棟には深緑色の絨毯が敷かれている。


「父上、よろしいでしょうか」


 シオンとともにヴィングラーの部屋に入るときわたしはかなり緊張していた。久しぶりに見るヴィングラーがわたしを見てがっかりしてやっぱり孤児院に、などと言われたらどうしようなどと考えていたので。


「おっ」


 しかしヴィングラーの部屋にいたのは彼だけではなかった。

 幾人かの使用人たちが荷物の用意をしている中、ソファで談笑していたのは懐かしい顔。


「チルリット。久しぶりだな。ここでの暮らしにはもう慣れたのか」


 穏やかに笑みを見せるヴィングラーの向かいには驚いた表情をしているトビがいた。


「はい、おかげさまでとても快適な暮らしをさせてもらっています」

「おいおい!チルリット?見違えたなー。すっかり女の子だな」


 相変わらず明るい笑顔をわたしに向けてくるのを見て、わたしも思わず笑顔になる。


「その節は大変お世話になりました。なんのお礼もしないですみません」

「あの汚い小僧がこんな変身するなんてな。シオン様もお久しぶりです。12になられたそうでおめでとうございます」

「ありがとうございます。若輩者ですが今後ともよろしくお願いします」

「わたしの指導なんかいらないでしょう。チルリットはうまくやってますか?」

「はい」

「心配していたんですよ。実は最初にチルリットを村で見つけたのがわたしだったので、妙な責任感を持っちゃって。でも今日顔を見たら最初に見たときとは全然変わってたんで安心しました」


 トビはわたしにも優しい目を向けて、良かったな、と頭を優しく小突かれた。


「シオン、準備のほうはできたのか」

「はい大丈夫です」

「わたしのほうの準備が済み次第出立するからな。チルリット、しばらくシオンは留守になるが頼んだぞ」

「え」


 わたしの笑みが固まった。

 留守?

 シオンが?

 問いかけるように視線をシオンに向けたが、それを無視して一同と2,3言葉を交わした後、


「では僕も荷物の再確認をしたいので失礼します」

「うむ、後でな」


 ヴィングラーの部屋を出ると急ぎ足で東棟に向うシオンの後をほとんど小走りになりながらわたしは追いかける。


「あの、シオン様、どちらかにお出かけになられるのですか」

「父上についていろいろな。12になると成人の準備としてやることが増えるからこれからちょくちょく留守をすることになるだろう」

 

 15で成人するまでまだ三年もある。それまでヴィングラーのようにほとんど屋敷に帰ってこないようになるのだろうか。いや、それどころではなく成人して正式にヴィングラーの跡継ぎになったらずっとヴィングラーのような生活が続くということなのか。

 そのときいきなりシオンが立ち止まったので違うことに気を取られていたわたしは危うくぶつかりそうになる。


「あら、シオン」


 立っていたのは使用人を連れたエミリアだった。



 

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