所長 2 「少女達」
その部屋はまるで、幼稚園か託児所かと見まがうほど、雑多なオモチャや遊具、絵本といった物の山だった。
その中程に、保母らしき中年の女性が一人と二人の少女――。
いやむしろ『幼女』と言った方が良い幼い子供が、仲良く遊んでいた。
五、六才位だろうか、ひときわ目を引くのは、その二人の容貌だ。
漆黒の髪と、金色にも見える色素の薄い茶色の、腰まで伸びた長い髪。
抜けるように白い肌。
そして何より、その子供達は、全くと言って良いほど同じ顔をしていたのだ。
髪の色が同じであれば、おそらくは見分けなど付かないだろう。
――まるで、色見本だな……。
妙な感心の仕方をしながら浩介は、ここまで案内をして来た衣笠に尋ねる。
「ここは、職員の託児所か何かですか?」
至極まともな浩介の質問に、衣笠が答えようとした時、二人の少女がこちらに気付いた。
「あっ、先生!」
満面の笑みを浮かべ、まるで小犬のようにじゃれ合いながら、走り寄って来る。
「衣笠先生、さっきね、前田さんに”あやとり”おそわったのよ!」
そう言って黒髪の少女が、小さな手に絡んだ赤い毛糸を掲げて見せた。
「そうか、それはよかったね」
子供達の目線に会わせて、かがみ込みながら、衣笠が穏やかに笑う。
そして、少女達の頭を代わる代わる、くしゃくしゃっとかき回した。
「この、おじちゃん、だぁれ?」
茶色の髪の少女の問いに、浩介は思わず口に運んだコーヒーを吹き出しそうになった。
……そうか、この子達から見れば、自分は立派な ”おじちゃん” なんだな……。
まぁ、無理もないか。この位の子供がいてもおかしくはない年齢なのだから。
「ははははっ」
引きつり笑いをする浩介の様子を、日本茶をすすりながら見ていた衣笠が、愉快そうに笑った。
どういう訳か、先程の子供達と『三時のおやつの時間』のテーブルを囲んでの事である。
六人掛けの丸テーブルの上に、保母の前田さんの手作りだという、クッキーやらお菓子やらがカラフルに並んでいる。
浩介はコーヒーを貰い、前田さんと子供達はオレンジジュースを飲んでいた。
「藍ちゃん、せめて”お兄さん” って呼んであげなさいね。この人はまだ、独身なんだからね」
衣笠がそう言って、コホンと一つ咳払いをする。
「この人は、柏木浩介先生。君達の”新しい先生”だよ」
その言葉に、二人の少女が驚いて顔を見合わせる。
「じゃあ、衣笠先生は!?」
「どこか行っちゃうの!?」
まるで申し合わせたかのように、面白いようにハモる。
「衣笠先生はね、ずっとお休み無しでお仕事していたからね。ちょっとまとめて、お休みを貰う事にしたんだよ――」
「あの二人の相似性を、どう思う?」
場所を移した、衣笠個人の部屋での彼の最初の言葉である。
そこは、「簡素な」と言って良いほど、余分な物が何もない部屋だった。
その二十畳の洋間が居間兼書斎で、もう一間十二畳の寝室があるだけだと言う。
入り口を入った正面の窓際に、大きめのデスク。
その手前に応接セットがあり、壁面のほとんどは本で埋まっていた。
――まぁ、自分の部屋と、似たり寄ったりだな。
衣笠に促されて、ブラウンのレザー製のソファに向かい合って座る。
「相似性って、一卵性の双子じゃないんですか? 多少の色素変位があるようですが」
あそこまで似ていて、普通の姉妹という事はないだろうと思った。
「……彼女たちは、姉妹ですらないんだよ。年齢差は、五ヶ月だ――」
一瞬浩介には、衣笠の言葉の意味が分からなかった。
――姉妹ではない、瓜二つな年齢が五ヶ月差の少女達?
――まさか。
柏木の脳裏に、一つの仮説が浮かんだ。
衣笠の研究テーマは、”動植物におけるクローン技術”
「教授!? まさか、あの子供達は……」
クローンではないのかという言葉を飲み込む。
そんなはずはない。
植物実験ならともかく、動物実験でのクローンが成功したなんて話は聞いたことがない。
まして、『人間のクローン』だ。
それは、技術的にも、倫理的にも、不可能であるはずだった。
「あの黒髪の少女が、『日掛藍』
この日掛生物研究所、いや、日掛グループ会長、日掛 源一郎の孫娘で、唯一の後継者だ――。
そして、茶色の髪の少女が、私たちは『大沼藍』と呼んでいるが、彼女は日掛 藍が五ヶ月の胎児だった時に作られた、クローン体だ」
「……まさか、そんな事が……」
浩介は、教授の余りにも衝撃的な告白に、言葉が見つからなかった。
衣笠の性格から言って、進んで人体実験をするとは、到底思えなかった。
黙り込んでしまった浩介に、追い打ちを掛けるような言葉が続く。
「大沼 藍は、日掛 藍の『臓器移植』の為に、私が作ったクローン人間だ」
そう言うと、衣笠は黙り込んだ――。




