お姉ちゃんとの決別
ミーンミンミンミンミーン――。
蝉の声。
『昆布の間』にようやく〈日常〉の音が取り戻された。
能古木姉妹のチームプレイにより、なんとか砂乎の死を露見させないまま、凪と花蓮を部屋から追い出すことができた。
浴衣姿の理雨がすっくと立ち上がる。
その拍子に、頭の先まで巻かれていた水色のマフラーが取れ、砂乎の頭がポトっと落ちる。
「ひぃっ!」
私が思わず悲鳴を上げたのは、敷布団に落ちた瞬間、砂乎の目がギョッと見開かれたからである。
先ほどまではまるで寝ているような、安らかな表情をしていたのに。
「縫い糸で瞼を仮留めしてたんだ」
マフラーを取って顔を露出させた理雨が、肩で息をしながら言う。マフラーで顔を覆われていたので、よほど息苦しかったのだろう。
「なるほどね。それにしても、さすがお姉ちゃん、完璧な作戦だったね」
「いやいや、マジで危なかったぜ。理栄のアドリブがなかったら絶対にバレれた」
私と理栄はハイタッチをする。
二人の力で最大の危機を乗り切ったのだ。
「あとは時間をかけて部屋を清掃して、ゆっくりと死体を処理するだけだね」
「だな。適当に海に流すか地面に埋めるかすれば大丈夫だろ」
そして、十五時のフェリーで砂乎は本土に帰ったことにすれば良いのだ。修羅場を乗り切ったので、あとは楽勝だ。
「お姉ちゃん、作業を分担しようか。部屋の清掃役と死体処理役とで」
「オーケー。理栄はどっちやりたい?」
「うーん、どっちでも良いかな」
「俺も別にどっちでも良いんだよな」
その時、閉められたドアの向こうから、凪の声がした。
「理雨ちゃ〜ん、理栄ちゃ〜ん、これから花蓮と海水浴に行くんだけど一緒に行く?」
私と理雨は顔を見合わせる。そして、声を合わせる。
「「行かな〜い」」
凪のガッカリしたような声が聞こえる。
「そっかあ。せっかくみんなで砂浜で鬼ごっこをしようと思ったのに……。仕方ないから、花蓮と二人で砂浜で追いかけっこするね」
「「ちょっと待っ……」」
バタバタと凪が階段を降りる音がする。
先ほどまでとは事情が大きく変わった。
私は、砂乎の身体のパーツをせっせと集めると、それをラウンドリー用の大きめな袋に詰め込む。
そして、洗面台で、顔についた血をパッパと洗い流すと、言う。
「お姉ちゃん、部屋の清掃は頼んだよ。私は海に行って死体を処理してくるね」
「おい! 待て!」
『昆布の間』を出ようとした私の腕を理雨が掴む。
「お前、死体を処理しに行くっていうのは嘘だろ! 凪と花蓮を追って海に行くつもりだろ!?」
「どうして?」
「とぼけるな! お前は〈例のキスシーン〉を阻止するつもりなんだろ!」
やはり理雨も気付いていたか。
今は私と遼把が転生してから一年後の夏。作中時間で丸一年が経過した時点。原作コミックスでいうと、ちょうど第八巻の終盤に当たる時期なのである。
私も、そしておそらく理雨も、最近ずっと警戒していたのだ。
そろそろ〈例のキスシーン〉が来るかもしれない、と。
『花蓮と二人で砂浜で追いかけっこするね』という凪の台詞は、あまりにも盛大なフラグだった。
「お姉ちゃん、あのキスは〈不幸〉なハプニングなんだよ! 凪も花蓮も望んでいない展開なんだから、防げるんだったら防がなきゃ!」
「ついに馬脚を露わしたな、大塚潤斗。自分自身が非モテの素人童貞だからといって、自分が好きなキャラの恋愛まで制限しようとするな! 花蓮は凪に恋してるんだから、二人のためにも関係をアシストすべきだろ!」
「花蓮が凪に恋してる? はあ? 二人の間にあるのは単なる〈友情〉よ! 遼把は何でもかんでも色恋に結びつけ過ぎ! この恋愛妄想バカめ!」
この状況下において、姉妹のコンビネーションを維持することはもう不可能だった。
むしろここから先は仁義なき戦い。
決戦の場は白い砂浜。
二人は『昆布の間』の清掃は後回しとすることにし、着替えのためにそれぞれの部屋に向かったのである。




