竜は人を喰らう
人口一万人ほどのベンゲルは観光都市だ。白い壁と青い屋根の街並みの中心に、液体につけられた竜がいる。この竜が観光地で、竜の鱗から作られたアクセサリーが観光土産になる。
『ベンゲルを訪れよ。さすれば神の使者に出会うだろう』
昔から伝わるよく知られた言葉だ。それほど長い間、竜はベンゲルで眠り続けている。
リセンタは九つで、初めてベンゲルを訪れた。右手を父と、左手を母と繋ぎながら興奮した足取りで竜をめざす。
「リセンタは怖くて泣いてしまうかもしれないわね」
母がそう言ってリセンタを見下ろす。リセンタと竜の対面を待ちきれない様子だ。
リセンタは口を尖りせ「泣かない」と言った。涙は度胸のないヤツが流すものだと、友達がよく言っていた。
「男勝りだから、惚れるかもしれない」
「かっこいいの?」
「かっこいいなんてものじゃない」
父は興奮を交えて言う。世界が変わるんだと。
リセンタは心待ちに空を見上げた。竜は知っている。竜は空を飛ぶ、大きな生き物だ。空にはいつも鳥しかいないから、父から話を聞くまで、飛べるのは鳥だけだと思っていた。
ベンゲルの白い迷路を進んでいくと、次第に頬を赤らめた人が増えた。彼らは興奮しながら、竜について話していた。
一歩一歩、足を進めるたびに胸が膨らむ。期待で目眩がして、リセンタは父と母の手を強く握りしめた。
ぱっと視界がひらけた。広場に出たのだ。丸い広場の地面は中心に向かって深くなっていて、階段のついた蟻地獄のようだった。そしてその中心に大きな円筒がある。そこに竜が眠っていた。
トカゲのような胴体に、コウモリのような羽。頭からは鹿のようなツノが生えている。それらは全て深い青色で、街の屋根よりも色鮮やかだった。竜は子供のように丸くなり、羽をたたんで寝ている。その大きさたるや、鋭い鉤爪だけでリセンタの身長を超え、近づけば仰いでも足しか見えないだろう。
「かっこいい」
リセンタは目を輝かせた。竜の鱗が光を反射し、円筒の中は青色に輝いている。まるで美しい宝石のようだ。
リセンタは父と母の手を離し、竜の元へ駆け出した。
竜の足元に白い影があった。
近づくうちにその正体がわかる。死んだ祖母を鳥に捧げたあとに残った物と同じ、骨だった。
リセンタは追いついてきた両親へ困惑の顔を向けた。
二人は事情を知っているようで、少しだけ困った顔をしていた。
父が優しく背中を撫でる。
「なんで死んだの?」
「竜に呑まれたのさ」
言葉の意味はわからなかった。リセンタはそっと、竜の眠るガラスに手を当てた。ひんやりと冷たい。竜とリセンタはこのガラス一枚に隔てられている。けれど骨の彼らは、同じ水の中で、竜と眠っているのだ。
スマホ内の小説が全て消え、やる気がなくなってから数年経ちましたが復活




