095 正しい選択
ダンジョンを後にした私達は、外で待っていたクラインと合流した。
どうやら、クラインは心臓の守り人と戦える程の力がないからと、ダンジョンには入らずカジノ裏の別室にて待っていたらしい。
私がいるのを見たクラインは驚いた様子だったが、山吹さんが後で説明をするからとフォローをすることで納得させていた。
カジノを出ると、すでに空は茜色に染まっており、すぐに日が暮れそうだった。
なので、今日は王都ラシルスの中にある宿屋にて一泊し、明日からギリスール王国へと帰還することになった。
宿屋にて夕食をとった後、私はリート達のことについての尋問を受けた。
クラインの個室にて、私とクラインに山吹さんを交えた三人で、主にクラインからの事情聴取のような感じで質問を受けた。
どういう経緯で魔女と出会い、今までどんな風に過ごしてきたか等……まぁ、主に私の今までについて聞かれた。
リートが魔女であることが知られている以上、今更何を言っても誤魔化せる気がしなかったので、私は正直に洗いざらい全てを話した。
しかし、思っていたよりも事細かに質問されるので不思議に思い逆に聞いたところ、どうやら私はダンジョンでの出来事の後、つい最近まで死んだことになっていたらしい。
「死んだことに、って……私、寺島さんに伝言を頼んでいたはずなんだけど……」
「……寺島さんに……?」
私の言葉に、山吹さんが目を丸くしてそう聞き返した。
それに私は頷き、ダンジョンでリートに救われた後、寺島と合流してから山吹さん達を見かけるまで一緒に行動していた旨を話した。
話を聞いている間、山吹さんとクラインの間に何やら気まずい空気が流れるのを感じたが、ひとまず私は全てを話した。
私の話を全て聞くと、山吹さんは一度コホン、と咳払いをして口を開いた。
「猪瀬さん……あの、言い辛いことなんだけど……」
「寺島さんは、ダンジョンで救出された日の夜に、何者かによって殺されました」
「……え……?」
山吹さんに続いたクラインの言葉に、私はつい聞き返す。
すると、山吹さんはバッと顔を上げ、「クラインさんッ!」と声を上げる。
しかし、私にはそれを気にする余裕など無く、すぐに両手をテーブルについた。
「ど、どういうことなんですか……!? 寺島さんが殺されたって……誰に……!」
「それは分かりませんが、まぁ……日本から来ている皆様の内の誰かかとは思いますが」
「クラインさん……!」
窘めるように言う山吹さんの声を聴きながら、私は拳を強く握り締めた。
まさか、寺島が殺されたなんて……。
クラインの、私達のクラスメイトの内の誰かが殺したという仮説は、正しいと思う。
折角この世界を救う為に召喚した人間の内の一人を、この世界の……ましてや、あの城の人間が殺すとは思えないし、そもそも殺す理由が無い。
その点、クラスメイトの誰かなら、まだ納得は出来る。
日本にいた頃から一緒だった分、殺す程の恨みを持っている可能性は、この世界の人間よりは十分高い。
「もしかしたら、今日ここに来ている面々の内の誰かかもしれないですし。案外、すぐ近くにいたりして……」
「クラインさん」
淡々とした様子で続けるクラインを、山吹さんは静かな声で遮った。
それにクラインはやれやれと言った様子で肩を竦め、私を見た。
「まぁ、今のところ新しい犠牲者は出ていませんし、猪瀬さんが心配する必要はありませんよ」
「……そんなこと言われても……」
「ひとまず、大体の事情は把握しました。……今のところ魔女からの接触もありませんし、今日はゆっくり休んで、明日からの移動に備えましょう」
クラインはそう言うと、私の話を纏めたメモらしき紙を纏め始める。
えっ、このタイミングでお開き!?
驚きつつ山吹さんに視線を向けると、彼女は小さく笑って肩を竦めた。
「まぁ、猪瀬さんは魔女に奴隷としてこき使われていただろうし……今日はゆっくり休んだ方が良いよ」
「いや、こき使われてなんて……」
そう否定してみるも、すでに二人はこれ以上会話を続ける気が無いようなオーラを出している。
私にそんな中で会話を続ける程の力など無く、流されるまま部屋を後にするしか無かった。
……ていうか、あの二人ってデキてるのか?
実は今日泊まる宿屋では二人部屋を三つとっているのだが、望月さん達、私と友子ちゃん、山吹さんとクラインという部屋割りになっているのだ。
……男女が一つの部屋に泊まるって……そういうことだよね……?
え、いつの間にそんな関係に……?
私の中では、この世界に召喚されたばかりの頃に、クラインに対して日本に帰せと抗議する山吹さんの印象が強い。
あの二人が良い感じになるなんて想像出来ないけど……人生、何が起こるか分からないものだな……。
そんなことを考えつつ扉を開けた時、横の方から「あ」と小さな声がした。
見るとそこには、壁に凭れ掛かる形で立っている友子ちゃんの姿があった。
「と、友子ちゃん……どうしてここに……?」
「あっ……こ、こころちゃんのことが、心配で……ごめん、盗み聞きするような真似しちゃって……」
「あぁいや、大丈夫だよ。聞かれて困るような話でも無いし」
私はそう答えつつ、後ろ手に扉を閉めた。
それに、友子ちゃんは「そ、そっか……!」と小さな声で答えつつ、短くなった前髪を弄る。
……友子ちゃんが前髪を切ったのにも、私が死んだと思われたことが関係しているのだろうか。
いや、それを抜きにしても……死んだと思われていた以上、心配を掛けたことには変わりない。
「……ごめんね、友子ちゃん」
「えっ……?」
突然謝る私に、友子ちゃんは不思議そうに聞き返してくる。
……流石に脈絡が無さ過ぎたか……。
私は少し考え、続けた。
「話聞いてたから知ってると思うけど、私、寺島さんに伝言頼んでて……私が生きてること、知ってると思ってたからさ。……死んだって聞いて、心配掛けたよね?」
「……うん……心配した……」
私の言葉に、友子ちゃんは俯きながらそう言った。
彼女は服の裾を握り締め、掠れた声で続けた。
「こころちゃんが、死んじゃったって、聞いて……こころちゃんが、あのグループにいたのは、私を守る為だから……私のせいで、死んじゃったって、思って……」
「友子ちゃん……」
「こころちゃんは、私の、大切な友達だからッ……生きててッ……生きててほんとにッ……嬉しくてッ……」
肩を震わせ、掠れた弱々しい声で途切れ途切れに言う友子ちゃんに、考えるよりも先に体が動いていた。
私は彼女の肩を掴んで歩き出し、すぐ隣にある私と友子ちゃんが泊まる部屋に入った。
俯いたままの彼女を引き入れて扉を閉めた私は、すぐに、彼女の体を強く抱きしめた。
「ッ……」
「ごめん、本当に……心配掛けて、ごめんなさい……」
私はそう言いながら、彼女の背中を撫でる。
すると、彼女は私の首筋に顔を埋め、抱きしめ返してきた。
「……良いよ……生きてたから、良い……」
「友子ちゃん……」
「……おかえり……こころちゃん……」
友子ちゃんはそう言って、私の体を強く抱きしめた。
それに負けないくらい彼女の体を抱きしめ返しながら、私は「ただいま、友子ちゃん」と答えた。
すると、彼女は息を吐くように小さく笑うと、甘えるように私の首筋に顔を埋めた。
「こころちゃん、一緒にお風呂に入ってって言ったら、入ってくれる?」
「うん。良いよ」
「一緒に寝ようって言ったら?」
「良いよ、一緒に寝よう」
「じゃあ、ずっと一緒にいて、って言ったら……一緒にいてくれる?」
その言葉に、私は目を見開いた。
……さっき、答えられなかった願いだった。
驚く私に、友子ちゃんは私の体を抱きしめる力を強くしながら続けた。
「もう、離れたくない。こころちゃんがいなくなるのが……怖いの……」
「友子ちゃん……」
「こころちゃんのことは私が守るよ。今は、こころちゃんから見たら、私なんて凄く弱いかもしれないけど……こころちゃんの為なら私、頑張れるよ。頑張って、こころちゃんよりも、心臓の守り人よりも……魔女よりも強くなって、こころちゃんを守るよ」
だから……私の傍にいてよ、と。
今にも消えてしまいそうな弱々しい声で、彼女は言葉を紡いだ。
私はそれに答えられない。
ずっと一緒にいる……友子ちゃんと、一緒にいる……。
それは、つまり……リート達と旅を続けられないということ……。
そう考えた時、腹部にある奴隷の紋様が僅かに疼いたような感覚がした。
私はそれにハッとして、すぐに口を開いた。
「で、でも……私、奴隷の契約があるから……リートの奴隷を辞めることなんて……」
「それなら、クラインさんがきっと、何とかしてくれるよ」
「でも……」
「クラインさんは凄い魔導士なんだよ? きっと、奴隷の契約くらい何とかしてくれるよ」
「……でも……」
「もしも何とかならなくて、魔女達が何かしてきたら、その時は私がこころちゃんのこと守るよ。……だから、こころちゃんが心配することなんて何も無いよ」
「……私は……」
友子ちゃんの言葉に、私はそれ以上言葉を続けられなかった。
……考えるまでも無いはずだ。
目の前にいる少女は、生まれて初めて出来た友達じゃないか。
自分が傷付くことも惜しまずに、私なんかを助けてくれるような人だ。
私の為に涙を流してくれる程に、私のことを想ってくれている人なんだ。
そもそもリート達と行動していた今までがおかしいのであって、本来私がいるべき場所はここじゃないか。
頭では分かっている筈なのに……この、胸に何かが引っ掛かっているような感覚は何なんだ……?
私は……何が気に入らないんだ……?
東雲達はもういない。
私が友子ちゃんと仲良くする上で障害となる物は、何も無い。
何も気にせず、誰よりも私を大切にしてくれる唯一無二の友達の傍で、平穏な生活を送る。
これこそが、私が日本にいた頃にずっと求めていた物だろう?
誰がどう考えても、この場で私が選ぶべき選択は、一つに決まっている。
「──い……よ……」
いざ言葉にしようとすると、声が掠れて、ほとんど言葉にならなかった。
何を迷っている? 何を躊躇している?
たったの一言、口にすれば良いだけの話だ。
「こころちゃん……?」
「……ずっと……一緒に、いよう……」
口から出たその言葉は、まるで喉を振り絞って出したような、掠れた声だった。
言葉にすると、何だか余計に、胸が苦しくなったような感覚がした。
私はその苦しさを紛らわすように、友子ちゃんの体を力いっぱい抱きしめた。
「……うん。ずっと一緒だよ」
耳元で囁かれたその言葉に、私は小さく唇を噛みしめた。
……これで良い。
これが、正しい選択なんだ。
正しい選択の……筈なのに……。
泣きそうになるのは……何故なんだろう。




