082 動き出そうか-クラスメイトside
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翌日、一行は宿屋を出発し、カジノ・ラシルスに向かった。
朝方はまだ人通りが少なく、昨日に比べると町の中を歩くのはとても楽だった。
しかし、カジノの周囲になるとやはり賑わっている様子で、すでにかなりの人が建物を出入りしていた。
──夜中の間、ずっとギャンブルとかしてたのかな……。
建物から出てくる人を見て柚子がそんな風に考えていた時、花鈴が前方を見て「あっ」と声を上げて硬直した。
「ねぇねぇ、見て!」
かと思えば、彼女はそう言いながら隣にいた真凛の肩をバンバンと叩き、先程見ていた場所を指さした。
それに真凛は不満そうにしながらも、仕方ないと言った様子で視線を向ける。
すると、花鈴は真凛の腕を抱きしめて体を密着させ、自分の指差している方向を分かりやすくさせながら続けた。
「ホラ、あそこ! 昨日私とぶつかったお姉さんだよ!」
「……? どこ?」
「あの、青い髪の人! ……あっ、赤い髪の男の人と歩いてる人だよ!」
その言葉に、真凛は目を細めてジッと見つめた。
言われてみると、花鈴が指差している先には、腕を絡めて歩く仲睦まじい一組のカップルがいた。
花鈴の言う青髪の女は、これまた露出の多いセクシーなドレスを着ており、まるで誘惑するように隣にいる赤い髪の男の腕を抱いて体を密着させていた。
対する赤髪の男は、男性にしては少し小柄で、青髪の女より少し背が高い程度だった。
青髪の女の誘惑に対しては困惑している様子で、どこか困ったような表情を浮かべながらも拒絶する態度は見せておらず、満更でも無さそうだった。
「……あれは……」
花鈴が騒いでいるせいか、同じようにそちらに視線を向けたクラインが小さく呟く。
彼は少しの間カップルの二人を凝視していたが、やがてソッと視線を逸らし、特に気にする素振りを見せなかった。
同じようにカップルを見つけた真凛は、少し目を丸くして口を開いた。
「ホントだ。……彼氏かな?」
「どうなんだろー……気になる~」
キャピキャピと甲高い声で話す花鈴に、真凛は心底興味無いと言った様子で「どうでもいい」と答えた。
すると、花鈴は「なんでそんなこと言うの~!?」と不満そうに言った。
「だって、昨日ぶつかっただけの人でしょ? そんな人の交際事情なんて知っても仕方無いじゃない」
「でもでも~、なんか気になっちゃうんだよねぇ……もしかして、これが恋……!?」
「……花鈴の脳内がお花畑なだけでしょ」
「真凛~!」
ユサユサと真凛の体を揺する花鈴に、真凛はげんなりした表情を浮かべる。
それに、柚子は呆れた様子で「その辺にしなよ」と言った。
「あんまり騒ぎすぎると周りの迷惑になるからさ。静かに、ね?」
「うっ……はぁい」
柚子に注意され、花鈴はどこか気恥ずかしそうにしながら押し黙った。
ようやく静かになった双子の妹の様子に、真凛は呆れたように嘆息した。
気付けば、花鈴が言っていた青髪の女性も、カジノに入ったのかいなくなっている。
──人の色恋なんて見て、何が楽しいのかな。
ずっと黙って話を聞いていた友子は、そんな風に呆れながら溜息をついた。
「──イノセ!?」
その時、どこからかそんな声がした。
聞き慣れない女の声で紡がれたその言葉に、友子はハッと目を見開いた。
──……猪瀬……!? こころちゃん……!?
唯一の友の名前らしき単語が聴こえたことに動揺し、友子はすぐにその場で足を止めて辺りを見渡した。
しかし、辺りは人通りが多く、とてもではないが先程の声の主を探せるような状況では無かった。
人ごみの中で気になる点など、せいぜいカジノの壁際で抱き合っている男女のカップルがいるくらいのことだ。
──さっきの人達と言い……この世界だと、カジノにカップルで来るのって普通なのかな……?
なんとなくそんな風に考えながら、友子は視線の先にいるカップルをぼんやりと眺めた。
彼氏の方は肩までありそうな白髪を一つ纏めにしており、彼女を抱きしめて首筋の辺りに顔を埋めている。
彼女の方は背中まである長い黒髪に綺麗なドレスを着ており、自分を抱きしめている彼氏に驚いたような反応をしていた。
二人の髪色からか、脳裏に魔女とこころが映った写真が過る。
確かに、白髪の男性の方は、どことなくこころに背格好が似ているような気がしなくもない。
しかし、別にこの世界では黒髪も白髪も珍しいものではないし、何より白髪の方はタキシードを着ている。
こころに男装趣味があるわけでもないし、普通に考えて別人だろう。
「最上さん」
クイクイと袖を引っ張られ、友子はハッとした表情で声のした方に顔を向けた。
するとそこでは、自分の袖を摘まんでこちらを見上げている柚子がいた。
「えっと……そろそろカジノに入るよ?」
コテンと首を傾げながら言う柚子に、友子は「えっ」と小さく声を上げながら顔を上げた。
見れば、すでに他のメンバーがカジノの中に歩を進め始めていた。
先程のカップルがやけに気に掛かっていたが、自分の考えすぎだと思い直し、友子は一度首を振って口を開いた。
「ご、ごめん……ボーッとしてて……」
「あはは、しょうがないなぁ……ホラ、早く行こう?」
柚子は小さく笑いながらそう言うと、友子の手を引いて歩き出す。
カジノに入ると、すぐにロビーのような空間が広がっており、一番奥にはカウンターのようなものがあった。
他の客の様子を伺う限り、奥のカウンターにて現金とチップを交換してもらえるらしい。
カウンターの横と中、それ以外の左右の壁に一つずつ、扉がある。
──この扉から、ギャンブルとかする場所に行くのかな?
辺りを観察しながら、柚子はそんな風に考察する。
すると、同じようにキョロキョロと辺りを見渡していた花鈴が「あっ」と声を上げた。
「真凛、あのお姉さん達いる……!」
「は……?」
小声で囁かれた花鈴の言葉に、真凛は呆れた様子で聞き返す。
それから花鈴に言われた方向を見ると、ロビーの柱の影になるような場所で、何かを話す二人の姿があった。
「……よくあんな場所にいるの見つけられたね」
「ふっふーん……流石私? っていうか、さっき目が合ったんだけど……! 向こうも私のこと気付いてくれてるのかな……!?」
「……偶然でしょ」
「いらっしゃいませ」
二人がやんややんやと話していると、カウンターに立っていた女性がそう挨拶をしてきた。
それに、クラインが笑みを崩さずに「こんにちは」と挨拶をした。
「すみません、今日予約していたクライン・ラビリウスですが」
「ッ……! 少々お待ち下さい」
クラインの言葉に、受付嬢は僅かに驚いた素振りを見せ、すぐにカウンター内にある扉から中に入る。
しばらくすると扉が開き、受付嬢と共に一人の男性が出て来た。
「これはこれは、クライン様……お待ちしておりました。私、このカジノのオーナーを務めております、アザール・イグラーと申します」
「クライン・ラビリウスです。本日は、ダンジョンの視察を許可して下さり、誠にありがとうございます」
「いえいえ、ギリスール王国きっての宮廷魔術師様の頼みともあれば、断る理由はございません」
低姿勢で恭しく対応するオーナーを見ていると、どうやらクラインの立場は世界的に見ても高いらしい。
オーナーはクラインと他にも二言三言会話すると、カウンターに入る為の小さな扉の鍵を開け、一行を迎え入れた。
「ダンジョンにはこちらから入れます。ひとまず、入り口まで案内致しますね」
オーナーはそう言うとカウンター裏の扉を開け、一行を裏手に迎え入れた。
パタン、と扉が閉まる──のを見て、リアスは顎に手を添えて、「ふぅん……?」と小さく呟いた。
それに、フレアは腕を組んで溜息をついた。
「ったく……アイツ等、俺達にダンジョンの場所を隠す気あんのかよ?」
「さぁ? 私達がここにいるって知らないから、あんなに堂々と出来るんじゃない? もしくは……私達にあの場所が知られても、問題無いと思っているか」
「……ま、どっちにしろ関係ねーよ。あそこからダンジョンに入れるんだろ?」
「えぇ、そうみたいね」
どこか投げやりに言うフレアにそう答えたリアスは、フッと視線を流してカジノの入り口の方に視線を向けた。
するとそこでは、ちょうどリートとこころがカジノの中に入って来るのが見えた。
リートが自分達に視線を向けて来たタイミングで、リアスは軽く手招きをして二人を呼んだ。
それに、リートは訝しむような表情を浮かべつつも、こころを連れて二人の元に向かった。
「何の用じゃ? カジノの中では話したりはしない約束では無かったのか?」
「まぁそうだけどよ……っつーか」
リートの言葉に、フレアはそう言いながらこころの腕に絡められているリートの手を見て、ヒクッと頬を引きつらせた。
彼女はすぐにリートの腕を掴んで離させ、続けた。
「……ひっつきすぎな? 恋人の演技するのにそこまでくっつく必要ねぇだろ?」
「お主等の距離感を参考にしたのじゃが、何か問題でもあるのか?」
「あれはコイツの距離感がおかしいだけだ」
そう言ってビシッとリアスを指さすフレアに、リアスはクスクスと笑った。
リートはそれに「やっぱりイノセとリアスを組ませんで正解だったであろう?」と特に悪びれる様子も無く言った。
フレアはそれに増々苛立った様子を見せたが、それを遮るようにリアスが「それより」と口を開いた。
「時間も無いから単刀直入に言うわね。……ダンジョンの入り口が見つかったわ」
「えっ!?」
「何……?」
リアスの言葉に、こころとリートはほぼ同時に声を上げる。
それに、フレアがチラッとカウンターの方に視線を向けながら続けた。
「さっき、変な奴等が来てたんだよ。こう……俺達みてぇにキッチリした格好してない、っつぅか……」
「ドレスコードなんて守る気も無い、全身防具に身を包んだ冒険者感丸出しの女の子四人に、白いフードを着た人が一人。こんな場所じゃ、あんな恰好した人達嫌でも目につくわよ」
そう言って肩を竦めるリアスに、こころはどこか青ざめた表情で目を伏せながら「そっか……」と小さく呟いた。
リートはそれに僅かに目を向けるが、すぐに視線を戻して口を開いた。
「それで? そやつらはどこに?」
「カウンターで店員に何か言ったら、カジノのオーナー? とか言うオッサンが出てきて奥の扉の中に入って行ったぜ」
「普通に考えて、ダンジョンに入ったと考えるのが妥当ね」
フレアの言葉に続けるリアスに、リートは「なるほど……」と呟きながら顎に手を当てた。
それからしばらく熟考した彼女は、小さく口を開いた。
「じゃが、そやつらはなんでダンジョンに入れたのじゃ? 店の奥に隠しているようなダンジョンなど、普通の冒険者に開放しているはずも無いじゃろうし」
「……ギリスール王国の人達だからだよ……」
リートの言葉に、こころが俯いたまま掻き消えそうな小さな声でそう呟いた。
それに、リートはそれに目を見開いて、「何……?」と聞き返す。
すると、こころはバッと我に返った様子で顔を上げ、すぐに「いや……!?」と裏返った声を上げた。
「そ、そうなんじゃないかなって、思っただけだよ!? ほ、ホラ! 私がこの世界に召喚されたのもリートの心臓を破壊する為だったし? 召喚されたのがギリスール王国だったから、もしかしたらって思っただけ……! で、でも、リートに会った時でも私は弱かったし、こんなすぐに強くなるとも思えないし、やっぱり考えすぎだと思うけどさ……!」
「……すっげぇ早口」
驚いた様子で言うフレアに、こころはビクッと肩を震わせて固まる。
それを見たリートは、少し間を置いて「まぁ、良いわ」と言った。
「とにかく、今はそんなことは些細な問題じゃしな。……もしもその輩が妾達の邪魔をするなら、始末すれば良いだけの話じゃ」
「……えっ……」
リートの言葉に、こころは青ざめた表情でそう声を上げた。
それに、リートはチラッと視線を向けて「何じゃ?」と聞き返す。
こころはそれに目を背けて「いや……何でもない……」と小さく呟いた。
明らかに何でも無さそうな様子にリートは眉を顰めたが、すぐに視線をカウンターの方に向け、続けた。
「さて……では、妾達も動き出そうか」
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