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059 どうでもいいよ-クラスメイトside

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 中層を抜けて階段を下り、一行は下層へと赴いた。

 下層は暗闇がより一層増し、目を凝らしていないと途端に視界を奪われてしまう。

 しばらくすれば目も慣れてくるだろうが、それまでは身動きも取れなさそうだった。


「今襲われたら一溜まりも無いね」

「気を引き締めていかないと……皆気を付け──」


 真凛の言葉にそう答えていた柚子は、そこまで言って顔を青ざめさせた。

 それに真凛がどうしたのか聞き返そうとした時、柚子が真凛の腕を掴み、強引に引っ張った。

 すぐに彼女は盾を構え、真凛の後ろにいたカマキリが振り下ろす鎌に向き直る。

 数瞬後、ガキィンッ! と甲高い金属音を立てながら、盾と鎌がぶつかり合った。


「なッ……」

「山吹さんッ!」


 言葉を失う真凛より先に、すぐに友子が矛を構え、柚子とせめぎ合っているカマキリの元へ駆けた。

 カマキリの攻撃力は凄まじく、柚子の防御力をもってしても、弾き返すことも出来なかった。

 むしろ少し押されつつある柚子を横目に見つつ、友子はすぐさまカマキリの背後に回り、矛を振り上げた。


「アイス──」


 技を放とうとした瞬間、カマキリが柚子を相手にするのを止め、首が千切れんばかりの反動を付けて友子の方に振り向いた。

 その際に長い触手が鞭のようにしなり、攻撃しようとしていた友子の体を弾き飛ばした。


「うぐッ……!」


 固い地面の上を跳ねながら、友子は小さくうめき声を上げる。

 何とか踏みとどまろうとしても上手くいかず、何度も地面を跳ねた挙句、壁にぶつかる形で停止した。


「ぐッ……くそッ……」


 吐き捨てるように呟きながら、友子は立ち上がろうと地面に手をつく。

 しかし、その時鈍い痛みが手首に走り、小さく呻いた。

 ──捻った……。

 手首の痛みに顔を顰めつつも立ち上がろうとしていた時、カマキリがゆっくりと自分の方に近づいてくるのが分かった。


「ッ……!」


 目の前から迫ってくる気配に、友子はハッと顔を上げる。

 その間にもカマキリはこちらまで近付いてきており、鎌を振り上げていた。

 すぐに矛を持って応戦しようとするも、手首に痛みが走って力が入らず、柄を握るのがやっとだった。

 友子はそれに小さく舌打ちをして、すぐに利き手と逆の手で矛を掴んだ。

 その時だった。


「トルネードアローッ!」


 そんな声を共に、どこからか炎を纏った矢が飛んできた。

 放たれた矢はまるで光の弧を描くように綺麗に飛び、カマキリの顔を掠めて壁に突き刺さる。

 友子がそれに呆然としていると、柚子が駆け寄ってきた。


「最上さん大丈夫!? 回復する!?」

「あ、お願い……」


 心ここに非ずと言った様子で答える友子に不安を抱きつつも、柚子は回復魔法の詠唱を唱え始めた。

 手首の傷が癒えていくのを感じながら、友子は呆然と目の前にいる魔物を見つめていた。

 先ほど真凛が放った火の矢によって、ぼんやりと照らされているカマキリの顔。

 ……片目が何かの刃物によって切られており、潰れている。

 その顔を見た友子の脳が、フルに回転を始める。


 カマキリの片目を潰している傷は、剣のような人工的な刃によって作られたような繊細なものだった。

 もう何日も、このダンジョンの魔物と戦い続けている友子なら分かる。

 そんな傷を付けられる魔物はこのダンジョンにはいないし、仮につけられたとしても、片目を潰した上で相手を生かす魔物などいるはずもない。

 つまり、このカマキリを傷つけた相手は……人間である可能性が、高い。


 このダンジョンは基本的に封鎖されており、直近で自分達以外で魔物を傷つけられた人間とすれば、封鎖を破った東雲達のグループの可能性が高い。

 そして、あのグループの中で刃物を扱っていたのは、こころだけだった。

 つまり、あの傷を付けたのはこころであり……こころを殺したのは……──


「……──……っはは……」


 その事実に気付いた瞬間、友子の口角が上がる。

 目は大きく見開き、瞳孔が開く。

 視界が真っ赤に染まっていくような感覚の中、友子は矛の柄を握り締め、フラフラと立ち上がった。


「……最上さん……?」


 驚いた様子で名前を呼ぶ柚子を無視して、友子は一気にカマキリに向かって駆け出した。

 壁に刺さった矢が放つ僅かな火が、暗闇に包まれたダンジョンの中をぼんやりと照らしている。

 その僅かな光源を頼りに、友子は矛を構え、一気にカマキリに距離を詰める。


「キシャァッ!」


 すぐにカマキリは鎌を振り上げ、それに応戦する。

 よく見れば、その鎌には血痕のようなものが色濃く残っていた。

 この中のメンバーに、鎌によって傷をつけられた者はいない。

 友子は一瞬湧いた仮説を魔物の物かもしれないからとすぐさま振り払い、矛に魔力を込めた。


「アイスパイクッ!」


 叫び、矛をカマキリの体に向かって突き出した。

 矛の刃先には氷が纏わりつき、巨大な氷柱となってカマキリの体を捉える……が、刺さる寸前でカマキリはそれを躱した。

 巨大な図体の割に俊敏な動きに、友子はギョッとする。

 その間にカマキリは空中で身を翻し、すぐさま友子に向かって鎌を振り上げた。


「しま……!?」

「ファイアボールッ!」


 驚いていたのも束の間。

 花鈴の声がしたかと思えば、友子を切り裂こうとしていたカマキリの顔に火の球がぶち当たる。

 それにカマキリの照準は狂い、鎌は友子の頬を掠めて空を切る。


「トルネードアローッ!」


 次いで、真凛の声がして、風を纏った矢がカマキリに向かって飛んでいく。

 矢はカマキリの鎌を弾き飛ばし、遠くの床に突き刺さる。

 それに、友子は驚きながらも、声がした方に視線を向けた。


「「いって!」」


 声の主である双子の言葉に、友子はすぐに表情を引き締め、矛を握り締めてカマキリを睨んだ。

 二人の攻撃を受けても尚、カマキリの体にはあまりダメージが無いように見えた。

 普通の物理的な攻撃では、通用しない。

 そう考えた友子は少し考えて、矛を構え直す。


「はぁぁぁッ!」


 声を上げながら、友子は矛を振るった。

 矛の刃先には毒々しい色の靄のようなものが纏い、矛の動きに沿って毒色の刃を織り成す。


「ポイズンパイクッ!」


 叫びながら、友子はカマキリの体に向かって矛を突き刺した。

 すると、矛が刺さった場所からジワジワと毒が滲み、カマキリの体を侵していく。


「ギギャァァァッ!」


 叫びながら、カマキリは強引に体を振るい、矛から逃れる。

 しかし、すでに大分体中に毒が回っており、ビクンビクンッ! と体を痙攣させながらのたうち回った。

 友子は強引に矛を離されたことによりよろめき、数歩後ずさった後でへたり込むように尻餅をついた。

 その間に、徐々にカマキリの動きは小さくなっていき、やがてピクリとも動かなくなった。


「やっ……たの……?」


『レベルUP!

 最上友子はレベル48になった!』


 友子の疑問に答えるように、視界にそんな文字が踊る。

 それに呆然としていた時、花鈴が駆け寄ってきて、友子の肩をバンバンと叩いた。


「凄いじゃん! 最上さん! 下層の魔物倒したね!」

「えっ……?」

「とはいえ、結構ギリギリだったね。……今日はもう帰った方が良いと思う」


 真凛の言葉に、柚子は「そうだね」と答えながら、皆の元に歩み寄った。

 それから壁に刺さった矢を一瞥してから真凛に視線を向け、続けた。


「ところで、あの火を纏った矢は何だったの? 真凛の適合属性に火は無かったと思うけど……」

「あぁ、私のトルネードアローに花鈴の火魔法を纏わせてみたの」

「当たんなかったけど、上手く行ったね!」


 グッと拳を作りながら嬉しそうに言う花鈴に、真凛はクスッと小さく笑って頷いた。

 それに、柚子は驚いたように目を丸くして、「凄いね」と答えた。


「二人の力を合わせたら、攻撃の可能性がさらに広がるね。……覚えとく」

「えへへっ、そうだね! 疲れたぁ」


 言いながらブラブラと腕を軽く振る花鈴に、真凛は苦笑しつつ弓を肩に掛け、中層に向かって歩き出す。

 それに柚子は、へたり込んだままカマキリを見つめる友子に視線を向け、口を開いた。


「最上さんも、今日はもう戻ろう?」

「え? ……あ、うん……」


 柚子の言葉に、友子はやはり上の空と言った様子でそう答えた。

 それに、柚子は怪訝そうな表情を浮かべながら、首を傾げた。


「どうしたの? 何かあった?」

「……さっきの魔物が……こころちゃんを殺したかも、しれないの……」

「えっ?」


 友子の言葉に、柚子はつい聞き返す。

 それに友子は、中層への階段を上がりながら、カマキリの顔を見た時に気付いたことや、その時に考えた仮説等を話した。

 柚子はそれを黙って聞き、全てを聞いた後、小さく頷いて口を開いた。


「……よくあの状況で、そこまで気付けたね」

「なんか……一度そうかもしれないと思ったら、考えが止まらなくて……あくまで、可能性は高いって話、だけど……」

「仮にそうだったとして……猪瀬さんの仇を殺せてスッキリした?」


 柚子の問いに、友子はビクッと肩を震わせた。

 しかし、すぐに首を横に振って否定した。


「あの魔物がそうだったとしても、殺したところでこころちゃんは戻って来ないから……」

「……殺しても、意味は無かった?」


 柚子の言葉に、友子はコクッと一度頷く。

 それに、柚子は小さく笑って、中層への階段を上り切る。


「……でもね」


 すると、階段の途中で立ち止まったまま、友子が呟く。

 それに柚子は足を止め、驚いた表情で振り向いた。

 友子はそれに顔を上げ、柚子を見上げながら続けた。


「もしも、天国でこころちゃんが私を見てくれていて、あの魔物が死んだのを見て喜んでくれていたら……意味はあったと思う」

「……最上さん自身の気持ちは?」

「そんなものどうでもいいよ」


 クシャッと笑いながらそう言うと、友子は階段を上り切り、歩き出す。

 その言葉に、柚子はしばらくキョトンとしていたが、やがて肩を竦めて歩き出した。


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