056 私がいる意味
イブルー港から船で一時間掛け、私達はタースウォー大陸のオーシンという国のオーシン港に辿り着いた。
港町の地面は石で舗装されており歩きやすかったが、港町から出ればそこは、聞いていた通りの砂漠地帯だった。
流石に歩いて移動するのは無理があり、悩んだ末に、ラスタルトという動物が引く車を使うことになった。
ファークネス大陸にいた頃に、リートからスタルト車という物の存在を聞いたことがあった。
ラスタルトとは、砂漠での移動に特化したスタルトのことを言うらしい。
まぁ、分かりやすく言えば、スタルトが馬ならラスタルトはラクダのようなものかな。
リブラの、オアシスがある首都リブラに向かうべく、私達はラスタルト車で送迎を行っている業者を雇うこととなった。
その際にスタルトの写真も少し見せてもらったのだが、スタルトは馬のような体にトカゲのような顔をした、四足歩行の動物だった。
ラスタルトはそれに比べると足の筋肉が発達しているみたいで、スタルトよりも屈強な足腰をしているように見えた。
話は戻し、リブラへの移動だ。
リブラはオーシンより南にある隣国らしく、業者の方曰く、オーシンを渡るのに一日、首都リブラに渡るのに半日程掛かるそうだ。
今まで歩いて移動していた時に比べると、移動速度が格段に上がっている。
これなら、普段の移動からスタルト車とやらを利用して欲しいものだが……。
「中々痛い出費じゃな……そろそろ金を稼ぐ手段を探さなければ……」
オーシンを渡っている最中、ラスタルトの引く馬車のような乗り物の中で、リートはそう呟きながら金の入った袋の中を睨んでいた。
彼女の言葉に、フレアは後頭部をガリガリと掻きながら「つってもよ」と口を開く。
「金を稼ぐって、何すんだ? 一つの街に留まってチマチマ働いて小遣い稼ぎでもすんのかよ?」
「それは出来れば避けたいのう。あまり顔を覚えられとうないし、さっさと心臓の回収も済ませたい」
フレアの言葉に、リートはそう言いながら袋の口をキュッと縛った。
まぁ、リートの言うことには一理ある。
特定の場所で働けば、最低でもそこの店員には顔を覚えられるし、接客業ならば常連客なんかにも覚えられるだろう。
何より、一つの街に留まるということは、それだけで住民に顔を覚えられる可能性は高い。
リートの立場を考えると、これはあまり得策ではないだろう。
「……何か売れるものがあれば良いんだけど……」
ポツリと、私は呟く。
すると、リートがパッと顔を上げ、「売れる物?」と聞き返してきた。
それに私は頷き、続けた。
「ホラ、薬草とか宝石とか……売ったらお金になるものってあるじゃない? そういうのを売ってお金に換えれば、働いたりしなくても大丈夫かと思って……」
「……なるほど、そういう稼ぎ方もあるのか……」
私の言葉に、リートは感心した様子でそう呟いた。
……まさか、その可能性を今まで全く考えなかったのか……?
呆れていると、フレアは顎に手を当てて「なるほどなぁ」と言った。
「それなら、次のダンジョンで壁の石でも取っておくか? そういうのも高く売れたりすんだろ?」
「……そうなのか?」
フレアの言葉に、リートが真剣な表情で聞き返す。
すると、フレアはポリポリと耳の後ろを掻きながら、「おぉ」と答えた。
「ダンジョンにいた頃によ、たまーに壁の石を削って持って帰る冒険者がいたんだよ。なんでなのか分かんなかったけど、これで俺達も大金持ちだぁとか言いながら持って帰ってたから、多分売ったらそれなりに儲かるんじゃねぇか?」
「なっ……なんでそれを黙っておった!」
「聞かれなかったからな」
悪びれる様子も無く言うフレアに、リートは不満そうに頬を膨らませた。
ダンジョンの壁の石に価値がある、か……考えたことも無かったな。
「つか、お前んトコのダンジョンでも、そういう奴らいなかったのかよ?」
「知らんな。冒険者など、妾が見つけた時は皆すでに死んでおったからのう」
「うっへぇ」
一人考えていると、リートとフレアがそんな会話をしているのが聞こえた。
……物騒な話だな。
だがまぁ、私がリートと出会った時のことを考えると、割と納得はするか。
そんなことを考えつつ私は息をつき、二人に視線を向けた。
「じゃあ、壁の石の相場とか、金についてはまたリブラで色々と調べてみよう」
「……そうじゃな。まだ金は残っておるし、急ぐ必要は無い」
「んじゃ、そうしようか」
私の提案に、二人はそれぞれ賛同してくれる。
ひとまず、金銭問題については保留ということで。
フレアは話がひと段落したからか、「んんーっ」と大きく伸びをしてから、ラスタルト車の窓から外を見た。
「しっかし、ホントに砂しかねぇよな、ここ」
「まぁ、砂漠じゃからのう。そんなものであろう」
「ったく……めんどくせぇなぁ」
ガリガリと頭を掻きながら言うフレアに、私は苦笑した。
まぁ、彼女が文句を言うのも分からなくはない。
窓から見える景色は一面砂漠で、面白味もない景色ばかりだった。
たまに町や植物、魔物なんかも見えたりはするが、それでもしばらく見ていると慣れてしまう。
「……フレアの場合は、砂漠だからとかじゃなくて、単純に暇なんじゃないの?」
「それだ!」
私の言葉に、フレアはパッと目を輝かせながらそう言った。
……それだ、じゃないよ……。
呆れていると、彼女は笑いながら頭を掻いた。
「暇っつーか、なんか体動かしてぇよなー! 外の魔物はよえーからあんま勝負にはなんねぇけど、それでも何も無いよりはマシだしな」
「……妾には分からんな」
「お前は体力ねぇもんな」
ケラケラと笑いながら言うフレアに、リートはムッとした表情を浮かべた。
しかし、すぐにため息をつき、私の肩にポフッと頭を預けた。
「とにかく、リブラに着くまでは我慢せい。ダンジョンに行けば魔物と戦い放題なんじゃし……どうせ、砂漠地帯を抜けたら嫌でも魔物と戦うことになるのじゃから」
「……私は森でもスタルト車とか使いたいけどなぁ」
「金が掛かるから却下じゃな」
なんとなく申し出た願望は、あっさり断られてしまった。
いや、分かっていたけどさ。
溜息をついていると、フレアが「良いじゃねぇか」と笑った。
「ずっとこんな狭い車ン中での移動じゃ、息が詰まっちまう。俺は普段の移動の方が性に合ってんな~」
「では、今から外に出て一人で歩いて来れば良い。妾達は先にリブラに向かっておくからの」
「そ、それはまたちげぇじゃんか……」
リートの提案に、フレアが少しぎこちない笑みを浮かべながら言った。
それに、リートはどこか楽しそうに笑った。
前に野宿した時の私の願いに従ってくれているのか、リートとフレアが衝突することは無くなり、割と何事も無く旅を続けられている。
一日の終わりに褒めろとせがんで来るので、単純に私のお願いを聞いてくれただけなのだと思っていたが、こうして見ると普通に仲良くなったのかもしれない。
何日も一緒にいて分かったことだが、フレアはサッパリした感じの性格で、割と話しやすい。
ちょっと……いや、かなり戦闘狂な部分はあるけど、魔物と戦っている時に異様に生き生きとしているだけで、普段はそこまで気にならない。
むしろ、私達の分まで魔物と戦ってくれて助かっているし、本人も楽しんでいるならギブアンドテイクが成立した良い関係にある。
でも、フレアとリートが仲良くなると、余計に思うことがある。
……この状況、私いらなくね?
リートの移動を考えると私がいた方が良いんだろうけど、ギリスール王国からヴォルノまで移動していた時に二人だけでも何とかなっていたことを考えると、この二人だけでも何とかなる気がする。
二人の仲がギスギスしていた間は私の仲裁が必須ではあったけど、こうして二人の関係が上手くいっているのを見ると、いよいよ私がいる意味が無くなっている気がする。
「──ノセ? イノセ!」
「わっ」
耳元で名前を呼ばれ、私は驚きの声を上げた。
慌てて視線を向けると、そこではリートが、私の肩に頭を乗せたままこちらを見ていた。
顔を向けるとかなり近い距離で見つめ合うことになり、余計に驚いてしまう。
しかし、それは彼女も同じことだったらしく、すぐにパッと体を離した。
「えっと……リート?」
「イノセ何ボーッとしてんだ? 話聞いてなかっただろ」
ジト目で言うフレアに、私は「えっと……」と返答に詰まる。
すると、リートは口を尖らせて「しっかりせんか」と不満そうに言った。
「あはは、ごめんごめん」
軽く笑いながらそう答えつつ、私は腹の奴隷紋がある辺りを、少し擦った。
……私とリートが一緒にいる理由は、私が奴隷だから。
私の命を救ったこととの取り合いを取るための契約だが、それを決めたのはリートであって、彼女の気まぐれによってはこんな契約などすぐに破棄出来るだろう。
彼女が、私がいる意味が無いことに気付けば、こんな契約すぐにでも無かったこととなる。
こんなことは当然のことで、友子ちゃんの元に帰りたいと思っている私にとっても、帰る時期が早まることは喜ばしいことのはず。
それなのに、胸が締め付けられるように痛むのは……一体、なんでなのだろうか。




