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第33話 そうだ、車だ(2)

「私もその話し方にしようかしら」

「いや、似合わないからやめといたほうがいいな」


 お前のその甘ったるい声で乱暴な話し方をされると相手が戸惑うだろ。

 私はそう思って答えたのだが、サキは何か気にいらなかったのか、目を細めると険しい顔になる。


「今、見張りが交代したわ」


 そのささやきに私は小さく頷いた。何か怒らせたのかとビビったじゃないか。

 サキは手袋に付けたマイクを口元に近づけ、仲間に連絡する。


「こちら、パイン(サキ)。見張り交代したわ」

「こちら、アップル。了解だ。ブラインドされて部屋の中が見えなくなった。移動する」

「了解」


 角がついているヘアバンド。それにイヤホンを上手く加工して取り付けている。

 それなら目立たないし、有線で電波も飛ばさなくていい。

 無線のやつは暗号化のせいか、妙に聞こえが悪くて頭が痛くなる。


「しかし、入ってからかなり時間が経ってるな」

「そうね。まあ、あいつらにも色々あるんじゃない?」


 もう二時間近く見張りをしている。明日は休日だから寝ていられるが……そう思いながらも、見張りの二人に少し違和感を覚えた。


「あいつら、妙にリラックスしてないか」


 前の二人よりも明らかに体も小さいし、なんか楽しそうに会話をしている。

 武器も特に手に持ってはいなかった。


「そうね。でも、そういう人達なんじゃない」


 そう言ったと同時に、サキはどこから取り出したのか同じようなヘアバンドを私の頭にかぶせてきた。


「な、なんだ。恥ずかしいだろ」


 サキの尖った角とは違う、羊のように丸まった角が付いたヘアバンド。

 それを私の頭に被せると、サキはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


「写真でも撮ろうかしら? 似合うわよ」

「似合うわけないだろ」

「でもそっちのほうがイヤホンは目立たないわよ」


 確かにこっちのほうが目立たないけど……恥ずかしすぎて死ぬだろ。

 私は思わず彼女から目を逸らす。

 そしてその長い爪が私の耳を刺激した。ちょっと、くすぐったいだろ……そこは弱いのに。


「しかし、あなた、紫が好きよね」

 サキは私が耳から外したイヤホンを見て、呆れたように言った

 そして、いじられて居心地が悪くなった私の髪の毛を髪を整え、ついでに私の耳にもそっと触れてきた。お前、耳好きだな。


「ああ、別にいいだろ」


 触られた耳を自分でもみほぐすと、何かをごまかすように私は強くぶっきらぼうに返事をした。

 耳は触られると気になって仕方ない。


「バッグもスマホも紫よね」

「家のトイレカバーもな」

「うそっ!」

「嘘だ」


 そんなに驚くことか?

 彼女の反応が面白くてそう答えてみせる。本当にトイレカバーも紫なのは、この際黙っておくことにした。

 その返事にサキは不機嫌そうに頬を膨らます。だが、すぐに不敵な笑みに変わったかと思うと、スマホのカメラをこちらに向けてきたのだった。


 ☆


 奴らはまだまだ犯罪を犯すのだろう。

 私たちはリスト入りの亜人だ。

 これからも暗殺部隊の仕事は続き、寝不足の日々は続く。 ――そして、あの鈍感なラルをめぐる、厄介なライバル(サキ)との戦いもまだまだ続くのだ。


 《完》

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