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二十八話 急行

 とはいえ、よくもまあヨシュアをあんなに容易く説得出来るなあと、〝シルフ〟を横目に、私はそんな感想を抱いた。


 ────危険な場所にメルトを連れて行きたくないのは分かるけど、でもこれっていい意趣返しになると思わない?


 殆ど嫌がらせのように強引に嫁がせた人間が、あろう事か嫁いだ先で盛大に感謝をされる。国の危機を救った人間とか、嫁いでくれたのがメルトで良かった(、、、、、、、、)とでも言ってやれば、向こうの心境はきっと面白い事になるだろうねえ。

 なにせ自分達が軽んじ、下に見ていた筈の人間が、嫁いだ先でとてつも無い評価を受ける事になるのだから。


 〝シルフ〟のその一言で、乗り気でなかった筈のヨシュアがやる気になった。

 ついでに言えば、私でさえもその展開は面白いかもしれないと思ってしまうのだから、〝シルフ〟の口は達者に過ぎると思う。


「でも、他に方法はないの?」


 〝シルフ〟は出来ると考えてるみたいだけど、〝結界術〟なんてものは聞いた事もなかったし、出来るかどうかも曖昧。

 そんな不確定要素を含んだものに全てを委ねるのは少しだけどうかと思ってしまう。

 だから尋ねてみたのだけれど、直後、〝シルフ〟の表情に険が入り混じった。


「『なくはないけど、〝ウンディーネ〟達から状況を聞く限り────』」


 そして、耳を聾する轟音が聞こえて来る。

 地鳴りに似た音だった。


「『……聞く限り、あんまり時間が無いらしくて。正攻法でいくなら多分、時間が足りないんだよねえ』」


 突として視界に映り込む闇色の魔法陣。

 虚空に描かれたそれは、どうしようもなく不安という感情を煽ってくる。

 言葉に上手く言い表せないけど、何というか、禍々しいというか。


 そして、抱いた感情が正しかったと言わんばかりにその闇色の魔法陣より出でる────魔物の姿。しかも、有象無象の魔物ではなく、凶暴と知られる大型の魔物だった。


「『闇魔法はこれがあるから、術者の拘束を最優先にしてたんだけどなあッ』」


 見る限り、召喚系の魔法。

 〝シルフ〟の口振りから察するに、あれは闇魔法によるものなのだろう。

 そして、渋面に移り変わる〝シルフ〟の様子を見る限り、これは不測の事態か。


「……その〝結界術〟っていうのは、アレも防げるものなのか」

「『いや、〝結界術〟はあくまで、〝闇瘴石〟にのみ有効な手段。だから、アレに関しては原始的な方法で何とかするしかないねえ……』」


 つまり、力尽く。

 ヨシュアの問いに、〝シルフ〟は隠す事なくそう答えた。

 直後、


「なら、ここからは別行動だな」


 ヨシュアはそれだけを告げて、〝シルフ〟が案内する場所とは異なる、今し方、黒い魔法陣が浮かび上がった場所へと方向転換をしようとして────けれど、その行動を阻むように私はヨシュアの右手首を掴んだ。


「ううん。私も行く」


 一人で行動はなし。

 昨日、そう話したよね。


 じっと見詰めて、そう訴える。

 行くなとでも私が言うと思ったのか。

 見詰め返してくるヨシュアの様子は若干、驚愕の色に彩られていた。

 でもそれも刹那。

 その感情はなりを潜め、いつも通りのヨシュアが私の視界に映り込んだ。


「……。怪我人が出る事があると思う。メルトはそれを頼む」

「はい。頼まれた」


 〝闇瘴石〟をどうにかしても、出現した魔物が猛威をふるっては意味がなくなる。

 不幸中の幸いか。

 虚空に描かれた魔法陣の位置は比較的、現在地の近くにあった。


「……という訳だから、〝シルフ〟」

「『言わなくても分かってる。君らが起こそうとしてる行動は間違いではないし、おいらの意に沿わない行動をするからといって後は勝手にとも言う気はない。だけど、それでも間違いなく〝結界術〟は必要となる』」


 魔物の対処に、〝闇瘴石〟の対処。

 一気にこれ程の動きを見せてきたという事は、クゼドを捨て駒に使うこの機会を余程、逃す訳にはいかなかったのか。

 ともあれ。


「『だから、取り敢えずはアレの対処をするとして、向かいながら〝結界術〟については説明するから頑張って理解してよねえ、二人とも』」

「うん。〝シルフ〟は特に教え方が上手いしきっと大丈夫!」


 これが〝サラマンダー〟とかだったら、『ここをぐいんっとやって、ぎゅーっとして、どかーん! とやれ!』みたいな感覚で物事を言ってくるから理解不能なんだけど、〝シルフ〟は〝サラマンダー〟と違って教え方が上手いのでその心配はしていない。


 ────というか。


「って、あれ! サラッと流しちゃってたけど、さっき〝シルフ〟ってば〝ウンディーネ〟がどうとか言ってなかった!?」

「『言った。というより、ノーズレッドに〝ウンディーネ〟達いるしねえ。なんか丁度、メルトが元気してるかなーって様子見にきてたんだってさ』」


 ちょうど良かったから手を貸して貰ってた。

 なんて〝シルフ〟が言うものだから、思わず、えー!! って叫びたくなった。

 来てるなら声掛けてくれればいいのに。


「精霊ってのは、随分と世話焼きなんだな」

「『人間と変わらないよ。人間だって、大切な友人、家族には世話を焼くでしょ? 君だってそうじゃないの?』」

「……確かに、それもそうか」


 性格の部分のみで言えば、人間と精霊に違いらしい違いはない。

 感性だって、時間の感覚さえ除けば人間と似たり寄ったりだ。


「でも、そういう事なら全てが終わったら礼をしなくちゃいけないな」

「『一番煩そうなのは〝サラマンダー〟だけど、美味しい飯でも持っていけば気前よく次も頼ってくれ! とか言うと思うよ。あいつ、腹ペコ魔人だから」』


 本当にこれは〝シルフ〟の言う通りで、〝サラマンダー〟は魚を頭からムシャムシャいっちゃうような精霊だ。

 しかも、食にうるさい。


「なら、クラウスにでも任せるか」


 そう言えば、王都にある美味しいご飯屋さんをクラウスさんは知り尽くしてるんだった。

 とはいえ、大食漢の〝サラマンダー〟にご飯を奢ろうものなら、一瞬にして懐が寂しい事になっちゃいそうではあったけども。


「それじゃ、みんなの協力を無駄にしない為にも頑張りますかっ」



 †



「────ふざけてるにも程があるだろ」


 勘弁しろよと言わんばかりに、男は目の前の現実に対して呟く。

 男は魔物を討伐する事を生業とする冒険者と呼ばれる存在だった。

 だからこそ、最近、王都付近で目撃され被害さえも出ている黒い魔物に対して警戒に当たっていた一人であった。

 だが、突然襲ってきたソレはこれまでの比ではなく、なり振りを構っていられないと言わんばかりの物量。とてもじゃないが、防ぎ切れるものではなかった。


 騒ぎを聞きつけた騎士達が急行しているが、それでもお世辞にも人が足りているとは言い難く。

 多くの騎士が駐在している城付近ではなく、それなりに離れた広場を狙って出現しているあたり、これは誰かを殺す目的というより────混乱目的か。

 しかも、規模からして個人の仕業とは言い難い。これは恐らく、国ぐるみ。

 そんな考察をしながら、渋面を浮かべてどうにか対処を試みていた中で、変化が訪れた。


「……どうするんだよ────っ、て、ああ?」


 黒い魔法陣より出現し、猛威を振るっていた筈の魔物が動きを止めた。

 否、止めたと言うよりこれは強制的に止められた(、、、、、)が正解か。


 突如として視界に映り込んだ複数の光の柱。

 それらが身動きを封じるように、クロスするように何処からともなく虚空より生え、一瞬にして形成される即席の光の檻。

 そして、ダメ押しと言わんばかりに魔物の足下の地面が隆起し、〝ノーム〟と呼ばれる精霊が呪術師の男達に対して使用していた〝地縛〟と呼ばれる精霊術さえも行使され────


「────貫け────」


 感情の起伏を感じられない平坦な声音で短く一言。そう呟かれた直後、身動きを封じられた魔物の頭上に一際大きな魔法陣が展開。

 黄金色の魔法陣からず、ず、ず、と姿を覗かせた光の槍が、狙い過たず魔物の胸部を貫き、パキン、と壊音を響かせた。


 魔物の胸部には、『魔石』と呼ばれる核が存在しており、その核を破壊する事で行動不能。

 つまりは、死に至る。

 とはいえ、対処法を知っていてもそれを実行に移せる人間はごくごく少数。

 それが凶暴な魔物であればあるほど難しく、更に、今し方、『魔石』を貫かれた魔物は皮膚が鉱石のように硬く、魔法といっても高出力でなければ痛痒すら与えられない事で知られる魔物だ。


 それを。


「……一撃でアレを仕留めるのかよ」


 故に、絶句。

 声のした方へと男が肩越しに振り返ると、そこには丈の長い外套を頭からすっぽりと被った小柄の少女と、銀髪の男の二人組がいた。


 ただ、小柄の少女ではなく、外套の隙間から辛うじて確認出来る銀髪の男の相貌に男は覚えがあった。

 こと、ノーズレッドにおいては王子殿下であるクラウスよりもある意味認知度が高い人物。

 悪名が先行しており、誰もが真っ先に目を逸らすような人物────ヨシュア・アルフェリア。


 その事実に気づいたのは男だけでなく、周囲にいた冒険者や駆け付けた騎士達も程なく気付いてゆき、なんとも言えない空気が伝播し、蔓延してゆく。

 けれども、血も涙もない人間故に、『冷酷公爵』。そう言われていた筈の者が己らを助けたという事実を前にして、誰も彼もが混乱して口を開けなかった。

 そんな中。


「────大丈夫ですか?」


 鈴を転がすような声が静寂を破った。

 外套を被った小柄な少女の声。


「って、やっぱり怪我しちゃってるよね……」


 申し訳なさそうなその声は、魔物によって荒らされた周囲の状況を見たからこそ、か。


「今、治すから────」


 真面に立てないレベルで怪我を負っている人間もいた。けれど、少女がそう口にした直後。

 言うが早いか、淡い緑に染まった光の粒が周囲一帯に浮かび上がる。

 暖色に近い光。


 それが安心感のようなものを齎し、そして


「─────〝癒せ(ヒール)〟────!」


 瞬く間に身体に刻まれていた筈の傷が癒えてゆく。それも、一人だけでなく周囲にいた人間全て。

 その範囲と、効果の凄まじさに、再び周囲の人間はヨシュアを除いて絶句した。


「ヨシュアー! こっちはおっけ! 次いくよ」

「っ、おい、あんた……!!」


 更に、あの『冷酷公爵』を当たり前のように呼び捨てで呼んだ少女に対して、冒険者の男は慌てて訂正しろと言わんばかりに声を上げる。

 少女の声音に含まれた親愛の情に気づけなかったのは、状況が状況なだけに仕方なくもあった。


 なにせ相手は悪名高い『冷酷公爵』。

 そんなことをしたらぶち殺されるぞ。

 なんて畏怖の感情故の行為だったが、少女は大丈夫と言うように、軽く首を振った。


「そんなに慌てなくても、大丈夫ですから。ヨシュアの見た目は怖いかもですけど、中身は実はすんごい優しいので」


 おいおい、正気かよお嬢ちゃん。


 彼女の言葉が耳に届いた人間は、例外なく似たり寄ったりな感想を抱いた。

 ただ、そんな感情を湛えた瞳や表情を向けられる事に覚えがあったのか。

 否、既に何度も向けられてきたのか。


 あ、あはは、と苦笑いを浮かべ、「まあ、そうなるよね」と反応を見せた。


「それと、あの、向かえる人は、向こう側の魔物の対処に向かって貰ってもいいですか? 私達は私達で対処はしてるんですけど、いかんせん数が多くて」


 息が切れた様子は見られないが、手慣れた様子での魔物の討伐に、先のヒール。

 事態の収拾の為に奔走している事は明白だった。その上で、手が足らないと言っている。


 それを理解したからか、居合わせた冒険者や騎士の者達は各々が各々で視線を見合わせ、首肯を一つ。何はともあれ、今はその言葉に従うべきだと結論を出した。


 お嬢ちゃんはあの『冷酷公爵』の一体なんなんだ。どうして『冷酷公爵』がここにいるのか。

 己らをどうして助けたのか。

 後々、魂とかそんなとんでもないものを助けた対価として要求されるのではないか。


 様々な感情が飛び交っていたが、それでも彼女らは己らを助けてくれた。

 その明確な一つの事実を胸に、一人が「分かった」と口にし、他の者たちがそれに続いた。


「……取り敢えず、魔物の掃討は割と終わった。あとは────」

「『〝闇瘴石〟の処理。つまりは、〝結界術〟だね』」


 駆け出して行った者達には一切、その存在が認知すらされなかった精霊〝シルフ〟が少女────私の耳元でそう答えた。


「でも、うん。大丈夫。〝シルフ〟の説明のお陰で、割ともう理解出来てるから」

「『仕掛けられた〝闇瘴石〟の場所も、さっきから魔物を討伐する上で走り回ってたから、おおよそ把握も出来てる』」


 〝結界術〟を行使する上で、位置の把握も必要な要素らしく、その準備も終わってるらしい。

 なら。


「じゃあ、このゴタゴタもそろそろ終わらせちゃいますか」

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