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二十七話 二人なんだ

 †


「……さっきは悪かったって、ヨシュア。でも、分かるだろ。あれは流石に、ああするしかなかったんだよ────って、何してるの君ら」


 明らかに不機嫌な様子で場を後にしたヨシュアを気遣ってか。

 少ししてから、私達の下へクラウスさんが息を切らしながらやって来た。

 そして、あの場では同調する他なかったのだと言い訳を零す。

 けれど、その言い訳は私達の様子を前にして中断される事となっていた。


「何してるのって……外出の準備、ですかね」

「外出準備って、今の状況分かっていってるのかな」


 盛大に呆れられる事となった。

 それでは何の為に、私達を城で過ごさせたのか分からなくなるじゃないか。

 半眼に細められる瞳が、言葉なくとも私達にそう告げてきている。

 これまで一貫して友好的な態度を向けてくれていた者からの容赦のない責めるような視線に、私はやや尻すぼみになりかけていた。


「ああ。分かっているから、こうして準備をしてるんだクラウス。言っておくが、これは先の一件に対する腹いせなんかじゃないぞ」


 経緯は兎も角、クゼドを城へ迎える。

 その行為に対する腹いせに城を後にするのではなく、確かな理由あっての行為なのだとヨシュアは告げる。

 長い付き合い故か。

 取り繕った言葉ではなく、それが本心であると理解したからこそ、クラウスさんの眉根が寄った。


「クゼドに警戒するのは分かるが、そこに警戒し過ぎるのは拙い。だから、ミネルバ卿を襲った魔物にすぐに対処できる人間が一人や二人、城の外で待機していた方がいい────と、そこの精霊から助言を貰った」

「『どーも。そこの精霊だよう』」


 人目がないからと、猫といった動物に姿を変えていない〝シルフ〟が戯けた様子で答える。

 ただそれも刹那。

 程なく表情は引き締まる。


「『そのクゼドって人間の後ろに誰かがいる可能性は十分過ぎるくらいあるんでしょ。だったら、もしものことも考えて外に戦える人間を置くべきだと思うけどねえ』」


 それに、クゼドの狙いが十中八九、ヨシュアかその側にいる人間と予想が出来るのだから外の危険度を考えても遠ざけた方がまだ安全。

 そう口にする〝シルフ〟の言葉には、説得力があった。


「『加えてもう一つ、メルト達が城にいない方がいい理由があってねえ』」


 間延びした口調で、〝シルフ〟は側にいた私の頬を右の人差し指でぷに、と突く。

 すると、そこに居たはずの私の姿がシャボン玉のように、ぱん、とまるでそこに初めから居なかったかのように弾け消えた。


「な……!?」

「〝ウンディーネ〟直伝、身代わりの術。なんちゃって」


 ひょこ、と先程とは異なる場所から私は顔を出して、驚愕に表情を染めるクラウスさんを驚かせられたという満足感に浸りながら僅かに舌を出した。


「これ、〝ウンディーネ〟って精霊から教えて貰った精霊術の応用なんですけど、丁度いい感じに使えないかなと思って」


 何かを仕掛けてくる可能性は極めて高い。

 いくら〝呪い〟を治癒出来るとはいえ、だからといって〝呪い〟に掛かってもいいという訳ではない。

 だから、城の中に私とヨシュアの身代わりを用意するのはどうだろうか。


 そんな事を思って準備をしていた際に、狙ったようなタイミングでクラウスさんがやって来たので試してみたけど、上手くいったっぽい。


「ただ、色んな人にバラすと向こうにも悟られますし、けど、かといって同じ人間が城に二人もいたら混乱になる」

「……成る程。そういう事か。でも、それなら二人が外に出るんじゃなくて、城の中で隠れてれば」


 いいんじゃないか。

 至極当然、もっともな言葉が最後まで紡がれる前に、ヨシュアが抜け抜けと言葉を被せて言い放つ。


「……アレを身内とは思っていないが、それでもこれはアルフェリアの問題でもある。なのに、当事者が城の中で身を潜めておく訳にはいかないだろ」


 アレとは恐らく、クゼドの事だろう。

 そして、ヨシュアの性格を考えれば、黙って何もせずにいる。

 なんて事が出来ないのは目に見えていた。


 それに、〝シルフ〟の言う通り、城に注意が向いている隙に他の場所で何かが起こり得る。

 その可能性がある以上、対処に動ける人間が外で待機しておく事は必須だ。

 ヨシュアの魔法師としての腕はクラウスさんも認めるところであるし、決して無謀などではない。

 故に、ヨシュアの言い分は妥当でもあった。


「それ、は」

「それにほら」


 私は持っていた大きめの外套を、差し出して見せる。


「ちゃんと姿はこれで隠しますし」


 『冷酷公爵』と呼ばれているヨシュアなだけあって、多くの民草は、彼の顔を目にすると、怯えるなりマイナス寄りの反応をしてしまう。

 そんな機会が、ごまんとあった。

 それを見兼ねたクラウスさんやヨシュア本人が、姿を隠す為に大きめの外套をアルフェリア公爵家に用意された部屋の一室に置いていたのが偶然にも役に立った。


「万が一の時があったとしても、その時はクラウスさんの親友であるヨシュアの事は私が守りますから」

「……普通、その言葉は俺がメルトに対して言うものじゃないか」

「それじゃあ、私の事はヨシュアに守って貰う! その代わり、私はヨシュアを守ってあげる」


 これでどっこいどっこい。

 良い解決策でしょ。


 そう言ったら、呆れるように笑われた。

 でも、ヨシュアも満更ではないようだった。


「……それに、ヨシュアはクラウスさんが知る魔法師の中でも、一番の腕を持ってるんでしたよね」


 いつだったか、クラウスさんがそれとなく口にしていた言葉を持ち出す。

 一番の腕を持っている魔法師なのだから、少しくらいは信用してくれても良いんじゃないのか。


 言外に告げた私の指摘に、クラウスさんは勘弁してくれと言わんばかりに溜息を一つ。

 頭をがしがしと掻いて、不承不承といった様子で口を開いた。


「……ここでその言葉を持ち出しちゃうのか。分かった。分かった。さっきの件ではヨシュアに譲歩して貰ったんだ。多少の我儘くらいなら受け入れるつもりだったさ」


 降参だ、といった様子だった。


「まぁ、クゼドを俺が始末する。なんて言わないだけマシと捉えるしかないかなあ」


 ヨシュアとの因縁、性格、これまでの行動。

 それらを考えれば、ヨシュアがそう言ったとしても仕方がないと思えるだけの事をクゼドはやらかしている。


 それに比べれば、城の外でもしもの時の為に警戒しておく程度、可愛いものではないか。

 公爵家当主と、隣国の元王女が不用意に出歩く事は褒められないが、それでもその行動は理にかなってはいる────なんて考えているのだろうか。

 あからさまに疲れた表情を浮かべるクラウスさんの様子から、そんな想像を膨らせながら私は胸中にて申し訳程度に謝罪をしておいた。


 私だって、不用意に出歩くつもりはなかった。じっとしておくのは性に合わないけど、それでも下手に動く事はしない予定だった。

 ただ、〝シルフ〟に告げられた私とヨシュア二人にしか出来ない事。

 アレを聞いては、黙って待っておく事なんて出来るはずもなかったから。


「でも」


 クラウスさんの言葉がまだ続けられる。

 説得の言葉かと思ったけど、どうにもそれは違うようだった。


「無理はするなよ、ヨシュアとメルトさん」


 私達が確かな目的あって、行動に移そうとしている事を見透かしているのだろう。

 それと分かる言葉だった。


「とは言っても、大丈夫か。ヨシュア一人だと、何をしでかすか分からない不安があったけど、今はメルトさんだっているし」


 君がいるなら、ヨシュアも無茶はしないだろう。そう言って、クラウスさんは安心したように強張っていた顔を綻ばせた。



 クラウスさんが私達の下にやって来る数分前。

 私とヨシュアは〝シルフ〟から興味深い言葉を聞かされていた。


 ────連中の目的は恐らく、(ここ)じゃないと思うんだ。


 〝シルフ〟のその言葉は、単なる予想などではなく、確かな確証あって告げられたものであると短くない付き合いの私はすぐに分かった。

 そしてだからこそ、先の『手伝って欲しい事がある』に繋がるのだと理解した。


 ぶかぶかの外套を被りながらある程度は自由に動かせる己とヨシュアの身代わりをクラウスさんに押し付け、城を後にした私達は、〝シルフ〟に言われるがまま広場へと急行した。


「それで、そろそろ聞かせて貰えるのか。その、俺達にしか出来ない事の内容を」

「『勿論』」


 具体的な内容はまだ聞かされていない。

 ただ、クゼドが囮なり、捨て駒なりに使われる可能性は十分あると踏んでいたし、それを考えればまだ何かがあると考えた方が自然だ。

 だから、私とヨシュアは〝シルフ〟の言葉という事も一因だったけど、疑う事もせずに言われるがまま行動をしていた。


「『まあ結論から言っちゃうと、連中、クゼドって人を囮にして、王都でえげつない事をやろうとしてる。だから、それを防ぐ為に二人の力が必要って訳。こればかりは、魔法師と精霊術が使える人間が一人ずついないとどうしようもないから』」


 事もなげに言い放たれる言葉。

 しかし、魔法師と精霊術が使える人間が一人ずついないとどうしようもないと口にするその言葉を、「そっか」と聞き流す事はとてもじゃないが出来なくて。


「……その、えげつない事って?」


 どうしてそれを知ってるんだとか。

 色々と聞きたい事はあったけど、〝シルフ〟が私達の害になる事をする訳はないという信頼があったから、取り敢えずその事は置いておく。


「『ミネルバって人に掛けられていた〝呪い〟。あれを、問答無用で撒き散らそうとしてる』」


 えげつない事ってなんだろう。

 そう考えて予想とか少しだけしてみたけど、それを遥かに上回るえげつなさに、背中を冷たいものが伝うような錯覚すら覚えた。


「……まぁ、そんなとこだろうとは思っていた」


 ヨシュアはあまり驚いていないようだった。

 でも、それもそうか。

 向こうはミネルバさんを容赦なく殺そうとするような奴らだし、そのくらいやってきてもおかしくは無いか。


「だが、解決策があるんだろう」


 だから、私達にしか出来ない事だからと話を持ち掛けたのだろうし。

 ヨシュアの言葉の通りなのか。

 〝シルフ〟は笑みを深める事で肯定した。


「『元々、〝闇瘴石〟は数百年近く前に廃れた物なんだよねえ。二人はさ、どうして廃れたか知ってる?』」

「……作成コストが高かったからとか?」

「実用性に欠けていたから、とかか?」

「『ううん。違う。二人ともハズレ。いや、ある意味あってるけど、廃れた最たる原因はそれじゃない。最たる原因は、対処法のようなものが生まれてしまったからなんだ』」


 作成コストが高くて。

 実用性に欠けていて。

 更にそこに加えて対処法が確立されては、リスクリターンがつり合わなくなる。

 だから廃れたのだと〝シルフ〟は口にする。


「『一番の理由は、とある精霊ととある魔法師が一緒に力を合わせて〝結界術〟なんてものを作り上げちゃったから。その〝結界術〟の前では、〝闇瘴石〟なんてガラクタ同然だったんだ。ただ、その〝結界術〟に欠点があるとすれば、〝精霊術〟と魔法の両方が必要になっちゃう事かなあ』」


 そして、幾ら数百年前の話とはいえ、その記録を二人が一切知らない理由はきっと、使い手が一人しかいなかったから。

 かつてのウェルグの王女一人だけしかね。


 そう、言葉が締め括られる。


「『だけど、知っての通り、〝精霊術〟と魔法の両方を不自由なく使える人間は過去にはいたけど、今はどこにもいない』」


 私は魔法はからっきしだし、ヨシュアは〝精霊術〟とはそもそも殆ど縁がない。


「『だから、二人なんだ。だから、二人。それも、魔法の腕が相当に立つ人間と、おいら達が認めるレベルで精霊術を使える人間。その二人が必要だったんだ』」

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