二十二話 星に願いを
多忙で更新が滞ってました…。
再開します。
「……でも、そうだった。昔から、メルトはそうだったな」
「?」
ヨシュアが何を言いたいのかが分からなくて、私は疑問符を浮かべてしまう。
だけど、ヨシュアは自分だけ理解していればそれで満足なのか。
私の疑問に答えてくれる事はなく、何を思ってか、私の手を取った。
「俺の手よりも、小さくて、細い」
「……そりゃまあ、ヨシュアと比べたらそうなるでしょ」
過去の光景と重ねているのか。
声には懐古の色があった。
壊れ物を触るように、大事そうにヨシュアが私の手を撫でる。なんか、くすぐったい。
「身体だって、俺よりもずっと華奢だ」
「……一応、背は気にしてるんだからね」
睨め付けるまではしなかったけど、ジト目でヨシュアを見つめてやる。
言っても仕方ない事だから特別言わないけど、もう少しくらい身長は欲しかった。
多分、あの姉達が私の分の身長まで取っていってる。無駄に発育いいもん、あの二人。
「だから、大事にしなきゃって。今度は俺が守らなきゃって余計に思ってたのかもしれない。でも、そうだった。昔からメルトは、誰よりも頼りになる奴だった」
「…………」
ヨシュアの独白のような言葉の意味が漸く分かった。ただ、分かってしまったからこそ、気恥ずかしさのようなものがどっと押し寄せる。
幾ら気心の知れた間柄であるヨシュアとはいえ、正面からそう言われるのは恥ずかしい。
「分かってくれたなら、それで良いよ、私は」
胸中で埋め尽くされる感情を紛らわすように、私は言葉を告げながら視線を別の場所へと逸らす。
感情が希薄というか。
ヨシュアは昔から感情が顔にあまり出ない。
だからこそ、穏やかに笑いながら「ああ」と頷くヨシュアの笑顔の破壊力と相まって、真面に顔を直視出来る気がしなかった。
────人前でもこうして笑っていれば、『冷酷公爵』だなんて呼ばれる事もなかっただろうに。
「……なんだか、あれだな」
「うん?」
「俺とメルトの関係の方が、よっぽど家族らしいな」
「らしい。というより、一応、もう家族になっちゃってるんだけどね」
言葉の最中に、触れていた手が離れる。
私達の関係が、今はまだ友達の延長線上にあるからこその発言である事は分かってた。
なにせ、この関係に落ち着いたきっかけは、「政略結婚」なのだから。
「まぁ、お互いに家族の方には難ありだからね」
世間での普通の家族像には、お互いの両親兄弟よりも、私達二人の方がよっぽど当て嵌まってる気がする。
言いたい事を言いたいように言って。
頼って、頼られて────そんな関係だから。
「あぁ、そうだ。もう一つ、理由があった」
「理由?」
「そう。私だけアルフェリア領に帰るとか、城の中に軟禁状態みたいな事をされたくなかった理由」
寧ろ、こっちの方が大事だ。
私は先程までヨシュアの手が触れていた右手で握り拳を作る。
そしてそれをパンチを繰り出すように、突き出した。
「もし、今回の一件にヨシュアの家族が本当に関わってたなら、一発ガツンと言ってやらなきゃ私の気が済まない」
私としては至極真っ当な事を言ったつもりだったのだけれど、ヨシュアはそうでないのか。
ぱちくりと驚いた様子で目を丸くしていた。
「というより、昔からいつかガツンと言ってやるとは口にしてたしね」
だけど、一線からは既に身を引いて、今のアルフェリア公爵家にはヨシュアが当主として据えられている。
いらぬ波風を立てる理由は何処にもないし、望まれてもないのに私の自己満足の為だけに過去を掘り返す趣味もない。
だから、何もする気はなかった。
でも、この期に及んで向こうが何かをする気なら、私だって黙っている訳にはいかない。
というか、いられない。
「……そんな事も昔言ってたな」
本気だったのか。
みたいな口調で言われた。
冗談をわざわざ口にする訳無いじゃん。
それに、私だってヨシュアと似たような立場なのだ。その気持ちは痛いくらいわかる。
原因を作ってる奴らは、毎日一回はタンスの角に小指をぶつけて悶絶すれば良いと思ってるし。
「意外そうに言ってるけど、でも逆の立場だったら、ヨシュアだって私みたいな事を言ってるんじゃない?」
ものすっごい、義理堅い性格だし。
数秒ほどの思案の時間を挟んだのち、「……多分、言ってるな」って、笑い交じりに告げてくる。ほら、みたことか。
「取り敢えず、明日からはクラウスさんのお手伝いかな。流石に、立場が立場だから無茶なんて出来ないし」
私の立場は一応、悪い言い方をしてしまえば、政略結婚の駒。
だから、自分の存在の重要性くらいは分かってる。
もしもがあってはならない立場な事くらい。
「ヨシュアも一人で先走るのは無しだからね」
「……分かってる」
「うん、よし」
流石に、ついさっき言った事を早速覆す程、ヨシュアが嘘吐きとは思わない。
でも、自分の家の問題だから。
なんて理由をつけて、一人で何もかも抱え込まないとは断言出来ない性格をしてる。
それもあって、言質を取る事にした。
ついでに、これでヨシュアも無茶は出来なくなった。それらの安堵から、私は部屋に設られていたベッドへ脱力するように腰を下ろす。
「もうすっかり、日も暮れちゃったね」
部屋の窓越しに映り込む景色には既に、茜色は失われ、夜闇にすっかり覆われている。
だだ、その中で彼方此方に光が点在していた。
「ねえ、ヨシュア。覚えてる?」
そこには建物から差し込む光もあれば、空から降り注ぐ星影まで────種類は様々だ。
ただ、こんな時だから無性に何故か語りたくなった。
いつかの昔、息苦しかった城から抜け出して、二人で満天の星を眺めた日の事を。
「私が、星に願い事をすると叶う────なんて話をした事を」
ウェルグ王国では、一年に一回だけ満天の星が見える夜がある。
丁度、ヨシュアがウェルグにいた時にその日があった。だから、本当は夜中に城なんて出ちゃいけないんだけど、私はヨシュアを連れ出した。
あの綺麗な幻想めいた光景を、どうしても見せたかったから。
幸い、城にある抜け道の場所は知っていたし、他の人達も私達には特別気を掛ける事をしていなかった。
だから、今でも誰にも気付かれてない私達二人だけの秘密。
「あれ、本音を言っちゃうとね、私まっっったく信じてなかったんだ」
「……俺は信じてたんだが」
細められた目が私を滅茶苦茶責め立てていた。言葉にあえて変えるとすれば、お前ふざけんなよ、みたいな。
「ぃ、いやいや、違うんだよ! あれは一種の迷信みたいな、御伽噺みたいなものではあるから! 嘘は吐いてないから! 誓って!」
本当に、そういう言い伝えは残ってるし、広く知られている。
ノーズレッドでは満天の星が空を埋め尽くす特別な日なんて無いらしいから、多分、ウェルグ特有のものなのだろうけど。
ただ、私が信じてるかどうかというと、それはあんまり信じていなかったというだけで。
「でも、そんな迷信も馬鹿に出来ないね。経緯は兎も角、その願いが実際に叶っちゃってるから」
本気で信じてるかはさておき、願うだけならタダだから。
そんな気持ちで星に願った願い事は、驚く事に現実のものとなっていた。
アルフェリア領で過ごしていた時は、場所の問題なのか。時期の問題なのか。
残念ながら星は見えなかったけど、王都の夜はよく見える。
「────いつかまた、ヨシュアと一緒に星を見られますように。私は、そんな願い事をしてたから」
すると、険しい表情を浮かべていたヨシュアの顔が若干綻んだ。
ありきたりな願い事。
でも、私達の立場を考えれば、ありきたりとはいえ、この願いが叶うとは限らなかった。
そもそも、叶う気があまりしなかったから星に願ったのだし。
「そんな願い事をしてたのか」
「可愛らしいお願い事でしょ」
「そうだな。でも、俺も似たり寄ったりの願い事ではあったが」
「へえ、そうだったんだ。ちなみにどんな願い事をしてたの?」
「それは、内緒だ」
期待に胸を膨らませて尋ねた問いを、ヨシュアははぐらかす。
だから私は、わざとらしく「ケチ」と告げるように頬をぷくっと膨らませてやった。
「……今は、内緒なだけだ。いつかちゃんと教えるから」
という事は、今回の私のようにタイミングを考えて話してくれる、という事なのだろうか。
なら、まぁいっかと私は納得する事にした。
「でも、叶ったからには次の願い事もしてみたいよね」
一度叶ったのだ。
だったら、二度目も。なんて思ってしまうのが人情というものだろう。
とはいえ、願うだけならタダなのだ。効果があれば儲けもの。
だったら、無理そうなお願いだろうと、自分勝手にお願いしてしまった方がいい。
「だけど、特別願い事にするようなものも、ないんだよなあ」
してみたい事。こうなって欲しい事。
ぱっと頭の中に浮かぶものは基本的に大体が手を伸ばせば叶ってしまいそうなものばかりだった。
「……あ。良い事を思いついた」
でも、ふと、良さげな願い事を思いついた。
あるじゃないか。
丁度、おあつらえ向きの願い事が一つ。
でも、出来れば小さな窓から覗くのではなく、広々とした空間に行きたい。
たとえば、外とか。
「ねえ、ヨシュア」
「ん?」
「この城って、見通しの良さそうなバルコニーがあったよね」
それは、治癒をする際に足を運んだ部屋からクラウスさんに案内されたこの部屋に来るまでに、ちらっと私の視界に映り込んでいたもの。
「あれって私達も入って良いのかな」
外は危ないから城に連れて来てもらったのに、星を見たいから外に出る。では本末転倒。
だから、バルコニーだった。
「それくらいなら、別に構わないと思うが……でも、何しに」
「決まってるじゃん。お願い事をしにいくんだよ」
すっくと立ち上がった私は、若干強引にヨシュアの右手を掴み、手を引くように歩き出す。
事情を十全に理解は出来てないだろうに、私に言われるがままにヨシュアはそれでもついて来てくれる。
────大きな怪我もなく、今回の一件が解決しますように。
身長は随分と差がついてしまったけど、私が手を引いて、ヨシュアは手を引かれる。
そんな八年前と全く同じ状況。
その事実に気付いてしまったが最後、感情に呼応してつり上がる口角を抑えきれなかった。
逸る気持ちをさらけ出しながら、私は星を見る為にヨシュアと共にバルコニーへと向かった。








