二十一話 不満
「……それで、これからどうするんですか」
「元凶を叩く、他ないだろうね。流石にメルトさんに力を借り続ける訳にもいかないし」
ミネルバさんの治癒の後。
城の一室に案内された私は、クラウスさんにそう尋ねていた。
先の治癒の魔法では治せない傷────呪いの件について。
勿論、私は出来る限り助力をするつもりである。ただ、その助力も流石に全てとまではどう頑張ってもいかない。
特に、治癒の魔法が機能しない場合、治せる人間は〝精霊術〟を扱える人間のみという事になる。
だからこそ、対処は急ぐべきであった。
ゆえに、呪いを治せる私はこれからどうしたらいいのだろうか。どうするべきなのか。
そう思って頭を悩ませる中、ただ、と言葉が続けられる。
「とは言っても、今日はゆっくり休んで貰うんだけどね。もしかすると今日みたいに手を貸して欲しいって事もあるかもしれないけど、でも基本的にコレは僕らで解決すべき問題だからさ」
────旅の疲れもあるだろうに、今日は本当に申し訳なかった。けど、凄く助かった。ありがとう。じゃ!
私が言葉を挟む余地を無くそうとしてか。
捲し立てるようにそう言葉が締め括られ、強制的に会話が終了する。
そして私とヨシュアを残してクラウスさんは心なし逃げるように、そそくさとその場を去って行ってしまう。
「……変なクラウスさん」
小首を傾げる。
挙動不審なその様子を前に、側にいたヨシュアに同調を求めて視線を移したところでクラウスさんの先の反応に合点がいってしまう。
そこには、いつにも増して不機嫌そうな。
つんと澄ましたヨシュアの顔があった。
見るものが見れば、『冷酷公爵』と断言してしまいそうになる無愛想な横顔だった。
「って、成る程。そういう事か」
私の思い込みでしかないけれど、ヨシュアの睨め付けるような厳しい視線を前に、これ以上私を巻き込むべきではない。
もしくは、今言うべきではないと判断をしてクラウスさんが引き下がった、といったところだろうか。
「……ヨシュアも私の事はあんまり気にしなくていいのに」
先の呪いを治す手段が現状、〝精霊術〟しかない以上、クラウスさんが私を頼ろうとする事についてはどう考えても仕方がない。
私が他国の人間であったならば、多少の躊躇いがそこに入り込んだであろうが、既に私もノーズレッドの人間。
だからこそ、気にしなくても良かったのに。
「そうもいかないだろ」
けれど、私の考えとは裏腹なヨシュアの言葉が鼓膜を揺らす。
「俺は、今回の件を手伝わせる為にメルトを王都へ呼んだ訳じゃない」
急を要するミネルバさんの件は兎も角。
結果的に私に手伝わせる為に王都に連れてきてしまったかのような現状が、ヨシュアは不服であるらしい。
結果、それに拍車をかけようとしたクラウスさんが睨まれていた、と。
「それに、メルトが気にしていた城での待遇についての対価も、先のミネルバ卿への治療の助力で十二分過ぎるくらいつり合ってる」
だから、私が気にする必要はないと、ウェルグにいた頃と比べると考えられないくらいの優しい言葉がやって来た。
「本音を言うと、メルトには出来る限り関わって欲しくない」
それは、私が足手纏いだからか。
もしくは、元々他国の人間だからか。
そんな言葉が脳裏を過ぎる。
けれど、親愛の情が込められた声音がそれは違うと真っ先に否定した。
「メルトがミネルバ卿のように襲われないとも限らないから。だから、本当は今すぐにでもアルフェリアに帰ってやりたいくらいだ」
クラウスさんが困っている現状。
私やヨシュアが王都にいた方が絶対にいい。
それを分かった上で、ヨシュアは言う。
「でも、そうも言ってられなくなった」
そう口にする理由はきっと、ヨシュアと血を分けた家族が今回の騒動に関与している可能性が高いから、なのだろう。
「……悪い」
謝られた。
その謝罪は、私の為にと連れてきた王都で、面倒事に不可抗力ながら巻き込んでしまった事に対するものだとすぐに分かった。
分かったからこそ、
「ヨシュア。ちょっとしゃがんで」
「……?」
頭ひとつ分以上の身長差がある為、ヨシュアにしゃがんで貰う。
私が何をしようとしているのか。
それを理解していないまま、ヨシュアは言われるがままにしゃがもうとして。
「堅苦しい」
むにっ、と頬っぺたを軽く引っ張ってやる。
きっと『冷酷公爵』と呼ばれるヨシュアにこんな事をする人間は私だけなんだろうが、世間の悪評も形無しの目を丸くした『冷酷公爵』が出来上がった。
親しき仲にも礼儀ありとは言うけれど、少しくらい昔みたいに私に頼ってくれてもいいのに。これは、そう思ったが故の暴挙だった。
「前々から言おうと思ってたんだけどね、ヨシュアってばめっちゃ堅苦しい時あるよね」
ぽかん、と何が起こってるのか理解出来てないのか。未だ呆けるヨシュアに私は告げる。
「昔と何もかもが一緒って訳にはいかない事ぐらい私も理解してる。でもさ、困った時ぐらい気軽に頼ってくれていいのに。ヨシュアは知ってるだろうけど、私って嫌な事は嫌って平気で言うようなヤツだよ?」
嫌な事だろうが、何もかも抱え込む人に対してなら仕方ないかもしれないけど、私はそんな可愛らしい性格をしていた覚えはない。
少なからず接点のあったヨシュアだってそれは知ってる筈だ。長いようで短い付き合いの中で散々私、ヨシュアを振り回したし。
「気遣ってくれるのは心底嬉しいけど、気遣われ過ぎるのは少し寂しいかも」
なんか、距離を感じるのだ。
大事にされてるって事は分かるけど、私の好きだったヨシュアとの関係は、もっと気の置けない家族のようなものであって。
「勿論、甘やかされる事が嫌いって訳じゃないんだけどね。ほんと、あの姉達にヨシュアの優しさを見習って欲しいくらいだよ」
意地悪過ぎる私の姉達は、飴と鞭どころか、鞭と鞭と鞭と鞭。ぐらいの酷さだった。
今は色々と困ってるらしいけど、それもあって私は手を差し伸べてやる気はなかった。
私の苦労をとくと味わえ。
「……なんというか、お前は変わらないな」
ついつい掴みっぱなしだったヨシュアの頬から手を離すや否や、怒る訳でもなく、微笑を浮かべるヨシュアに私は笑われた。
「周りからは、もっと大人らしく落ち着きを持てって散々言われてるんだけどね。そういうのはちょっと性に合わなくて」
結局、昔からちっとも変わらずに成長してしまった。でも、私らしくていいと思ってる。
「だから、ヨシュアも昔みたいにもっと気軽に相談してくれても、頼ってくれてもいいのに」
寧ろ、望むところだった。
「幾ら政略結婚とはいえ、私達、これでも夫婦なんだから」
政略結婚をして一応、夫婦という事になってるけど、八年の時は短いようで長い。
その時間の中で、少しばかり私達の間に「遠慮」という名の見えない壁のようなものが出来てしまっていた。
勿論、それが悪い訳ではなく、正しい姿とも言える。でも、だとしても寂しいものは寂しいのだ。
だから、この機会に昔のような距離感に戻れたらとも密かに私は考えていたりもする。
「あと一応言っておくけど、私だけ城の中に閉じ込めるとか、アルフェリアに送り返すとかしたら割と本気で怒るから」
優しさからくる行為なのだろうが、ヨシュアが私を危険に晒したくないと考えるように、私もまた、ヨシュアを危険に晒したくない。
私がいる事で今回のように、どうにか状況を打破出来る可能性は十二分にある。
だからこそ、それしたら怒るぞと事前に言っておく。
「クラウスさんのお手伝いは兎も角、ヨシュアが何かする時は私もついてく」
クラウスさんが言っていたように、私が頑張る事でヨシュアの悪評をどうにかする。
その提案は魅力的だったけど、この際、後回しでも構わない。
最低限、ヨシュアの側にはいる。
「……俺を本気で心配する奴はメルトくらいだろうな」
私が一度言い出したら聞かないじゃじゃ馬であると知っているからか。
ヨシュアは観念するように、言う。
「私にとって、大事な人だから。そりゃあ心配もするよ。それに、ヨシュアがいなくなっちゃったら私、路頭に迷う事になるんだけど」
実家には帰りたくないし、既に政略結婚の為に送り出された王女を引き取ろうとする物好きもいないだろう。
だから、もしもの事があるととてつもなく困ると冗談交じりに告げるとまた、笑われた。








