十五話 関与の可能性
纏まった、のだけれど。
騎士達の邪魔をする事は本意ではない。
それ故に、こういう事になっているのであればとヨシュアと私が『リルドの湖』を後にしようとした瞬間。
────ひとつ、閣下のお耳に入れておかなければならない事が。
神妙な面持ちで、騎士の方が告げてきた。
「俺に、か?」
「まだ、疑わしい程度の可能性でしかありませんが……今回の一件に、閣下のご兄弟が関与している可能性がございます」
ヨシュアの兄弟、というと、〝冷酷公爵〟なんて呼ばれる原因となった人達の事だろうか。
正直、私はその人達の事をあまり知らない。
昔、ヨシュアと話す中で少しだけ話題に出てたかな、くらいの覚えしかなかった。
「……俺の記憶が正しければ、辺境の地にて父上母上共々謹慎状態になっている筈だと思うんだが」
「ええ。その通りです。ですが、最近、その辺境の地にて、他国の間者らしき影を見たとの報告があったようでして」
不幸中の幸いは、ヨシュアと兄弟達の険悪さは誰もが知る事実であり、その溝が何があろうと埋まる物でもないと分かっているのか。
ヨシュアもそれに関与している、とはこれっぽっちも思われていそうにない事だろう。
「……いくら、隠居のような事になっちゃったとはいえ、流石に国を売る事はしないんじゃ」
「そう信じたいな。だが、絶対にあり得ないと言えるだけの判断材料はない上、俺個人の感想を述べるなら────それは十二分にあり得る可能性だ」
碌でもない貴族がごまんといる事は王女だったからこそ、勿論知ってる。
舌鋒を弄し、謀を行い誰かを蹴落とし上り詰める。所謂、狸爺などと呼ばれる貴族もごまんと見てきた。
でも、そんな彼らの中にも国に対する愛着はあった。だから、流石にそれは。
私はそう述べるけど、間髪容れずにヨシュアの言葉によって否定されてしまう。
そして、騎士の方もヨシュアの言葉寄りの考えを抱いているのだろう。
浮かべる表情は苦笑いながら、私の目からはそれが肯定の意思としか思えなかった。
「……明日、陛下に尋ねる事が増えたな」
「そう、だね」
踵を返し、来た道を引き返す中、ヨシュアがポツリと呟いた。
言葉にこそされなかったが、浮かべる表情は、「頭が痛い」と訴えているようにしか見えない。
ただ、兄弟や両親のこと。
ヨシュアが〝冷酷公爵〟と呼ばれるようになった出来事を私は人伝で軽く聞いた程度にしか知らない為、どう声をかけて良いのかがイマイチ分からなかった。
だから、出来る返事といえば精々が肯定か。話題を変える事くらい。
かといって、私の意思で家族が絡んだヨシュアのプライベートな部分に足を踏み入れる事は流石に憚られてしまって。
ぐるぐると必死に頭の中で考えを巡らせて、どうにかこの空気を和らげよう……!!
そう考えていた私の側で、ヨシュアが何を思ってか、言葉を続けて口にした。
「……もう三年も前の話になるか」
それは、昔語りだった。
私が、踏み込んで良いのか分からなくて遠慮していた部分。
「当時はまだ、跡取りが決まっていなくてな。本来であれば、嫡男である兄が跡取りに選ばれる予定だったんだが、一族の中にはアルフェリア公爵家の血を濃く受け継ぐ俺を推す声もあったんだ」
悩ましい部分だと思う。
普通は、余計な揉め事を起こさないように、嫡男が跡取りとなるのが常道。
ただ、
「なにせ、アルフェリア公爵家は一応、腕の立つ魔法師が代々当主を務めてきた魔法師の名門。その才能を重視する声が生まれるのも仕方がないと言えば仕方がなかった」
ヨシュアの言う通り、アルフェリア公爵家は、ウェルグ王国にもその名が聞こえて来る程の魔法師の一族。
魔法の腕に重きを置く理由もよく分かるところであった。
「とはいえ、俺は元々当主になるつもりも、それに準ずる野心も更々持ってなかった」
知ってる。
ヨシュアが私と同様、普通に生きられるならそれで良いと考える人間である事は知っていた。
「それは父にも兄達にも散々言っていた。だが、向こうはそう捉えなかったらしくてな。結局、自分の地位を脅かされると勘違いした兄の暴走によって、アレが起こった」
「アレ?」
「その時、ちょうど隣国とちょっとした小競り合いがあったんだ。だから、兄はそれを利用して、俺を事故死させようと試みた」
ヨシュアの中では既に、その事については割り切れているのだろう。
紡がれる言葉に、然程の動揺も見受けられない。ただ、何気なく続けられたその言葉に、私の顔は思わず強張った。
「斥候を用いて掴んでいた情報を使って少ない手勢を連れさせ、俺をそのまま討死、または捕縛される事で、俺の周囲からの評価を最底辺に落としたかったのだろうよ」
万が一にも、跡取りに選ばれないように。
兄はその確証に至る為の何かが欲しかったのだろう。
気付けば、私の右手は握り拳になっていた。
「ただ、兄にとっての誤算は、俺が存外しぶとかった事と……そのせいで俺が大功を立ててしまった事だろう。陛下にはその後、随分と世話になったんだ」
だから、恩がある。
だったのだと理解する。
「上の兄は、俺を殺そうとした事が露見して、辺境に飛ばされ、下の兄や義母上は、俺が当主に据えられる家にいられるかと出て行ったよ。そして、隠居する事になった父上もそれについて行ったな。まぁ、世間では俺が身内全員を家から追い出した冷酷公爵となってるらしいが」
「……ただの出まかせじゃん。ヨシュア何も悪くないじゃん」
「ぽっと出の若造。しかも、側室の子が公爵家当主として振る舞う事が気に入らない人間が多かったんだろうな」
ヨシュアが不利益を被る噂を流す事でその不満を晴らしていた、と。
ウェルグにも一定数いたけど、性根が腐った貴族が多いのなんの。
「ただ、兄達が家を出て行った事については、俺自身が望んでいた節もあった。だから、言ってしまえばあれは俺の願望でもあった。だから、否定しなくてもいいかと思ってな」
「うん。そんな人達との縁は絶対に切った方がいいよ。だって、碌な事にならないって分かってるもん」
繋がりを断ち切れていなければ、巡り巡ってその尻拭いをヨシュアがしなければならない時が来るかもしれない。
碌でもない人達と分かってるのなら、素直に縁を断ち切ってしまった方が絶対に良い。
「それに、困った事があったら私が出来る限り力になるし。クラウスさんとか、〝シルフ〟とか、みんなもきっと力になってくれるだろうから」
だから、そんな人達を頼る必要はどこにも無い。その選択は間違ってなかったよ。
そう言葉を私が続けると、何故かヨシュアはぽかん、と呆けたような表情を浮かべた。
やがて、
「……なんか、昔を思い出すな」
「昔?」
「昔もこうやって、メルトに俺が慰められてただろ」
昔の出来事を懐かしみながら、ヨシュアが言う。でも、そんな彼とは異なって私の心境は少しだけ穏やかではなかった。
「ぁ、えと、今のは慰めてた訳じゃなくて、ただ、困った事があれば私とかを頼ってねって言いたかっただけであって、」
昔はほぼ全く同じ境遇だったからまだ良かったけど、今はあの時とは違う。
良い感情を持たれてるかどうかはさておき、一応私は血縁者達に家族とは認識されている。
そんな私が、ヨシュアを慰める。
その行為は、彼にとっては気分の良いものではなかっただろう。
だから、慌てて言い訳がましくはあったけど、私は弁明をしていた。
していた、のだけれど、
「いい。気にしなくて良い。メルトにそんな気がない事は言われるまでもなく知ってる」
含みのない笑顔で、気にするなと告げられた。
「それに、メルトのそういうところに昔の俺は救われたんだ。嫌な気分どころか、寧ろ嬉しくなったくらいだ。だから、困った事があったら遠慮なく頼らせて貰う。ただ、」
「ただ?」
これで綺麗に話が終わると思われたが、何故かヨシュアの発言の最後に「ただ、」と続けられていた。
だから、疑問符を浮かべて首を傾げていると、
「一方的に誰かを頼るのは好きじゃない。だから、メルトも俺を頼れ。そして甘やかされておけ」
「そ、それは確かに分からないでもない、ような……ってあれ? だとしても、最後の言葉はおかしくないっ!?」
「やる事もなくなったし、服屋にでも向かうとするか」
都合の悪い事なのか。
そもそも取り合う気がないのか。
私の疑問をガン無視で、ヨシュアはこれからの予定を立てに入っていた。
ひ、ひどい……!!
「……服屋さんって、どうして?」
「メルトお前、その姿で陛下に会うつもりか?」
言われて、自分の服装に視線を落とす。
一応、簡素ながら気品は最低限感じられる貴族然としたものではあるのだけれど、確かに一国の王と会うにしては些か失礼な気もしなくもない。
幾つか服は持って来てるけど、基本的にこんな感じの服しか私は持ち合わせていない。
理由は100パーセント、装飾がいっぱいだったり、動きにくい服が苦手な私の意思であり趣味。
「ぅっ」
今から買いに行くであろう服は間違いなく、きらきらした感じのものだろう。
無性に『リルドの湖』に引き返したい気持ちで溢れ返る。
つい数瞬前に「おかしくないか」と指摘したばかりであるけど、背に腹は代えられない。
「よ、ヨシュア! 今こそ私を甘やかす時だよ! ここは出来る限り、地味な感じのやつで」
「服を選び終わったら、メルトが好きそうな甘味処にいくか。クラウスがオススメしてた場所が幾つかあってな」
「え! 食べたい! 行きたい! ……じゃなくて! 私は服屋さんのところで甘やかして欲しいんだって! その後の甘やかしを求めてる訳じゃないの!!」








