4.魔宝石の母
「もう一人のユキノに……三重強化魔法を超えるかもしれない速さですって?」
家へと帰り、イリアの作った夕食をとりながら雪乃はルビーを手に入れた経緯をアイリスたちに話した。
一度は元の世界に戻ったこと。
入れ替わったもう一人の自分はルルシェと名乗っていたこと。
そして彼女はサファイアを持ち、雪乃と戦闘を行ったこと――その全てを打ち明けたのだ。
急な話にアイリスは頭を抱えながら椅子にもたれ掛かった。
「ルルシェ……か」
「やっぱり気になるよね」
雪乃はアイリスに語りかける。
かつてアイリスにはルルシェという名の友達がいたのだという。
十中八九、雪乃はそれを過去の自分自身だと推理していた。かつてルビーを受け取った、幼い頃の自分。
しかし、完全に思い出すことができない雪乃は、それをアイリスに言い出せずにいた。
「……そう、そうだわ。そのルビーはいったいどこで? 女の子からもらったって言ってたっけ?」
アイリスもルルシェという言葉からルビーを連想したのか、雪乃に尋ねた。
「そうなの。異世界に帰ってくる途中に出会った女の子から――ねえ、このルビーって……魔宝石ってどういうものなの?」
雪乃はルビーを取り出しテーブルの上に置いた。
鈍く、深い光を放つそれは恐ろしい物にも見えた。
それを見たイリアは静かに語り始める。
「魔宝石は、ユキノ様も知ってのとおり、一般的に扱われる魔水晶よりも上位に君する魔石です。ガーネット、エメラルドなど……それぞれ色によって異なる力が秘められています。それらが研究されてこの世界の技術水準が上がった例があります」
「確か、目くらましの法はエメラルドの力を参考に作られたんだっけ」
「その通りです、ユキノ様。エメラルドの感覚を奪う力をどうにか量産できないか、という考えの元製作され始めたのが起源だと聞きます」
「だったら、そもそも魔宝石ってどうやって作るの?」
当然の疑問だった。
魔宝石が世界の技術水準を向上させたのであれば、"魔宝石自体はどこからやってくる"のだろうか。
「たまにね、出土されるの。それは人が作るものじゃないわ」とアイリスが言った。
「そう、魔宝石は自然的に生み出されているのです。この世界の人間はそれを発見しては分析し、発展してきたのです。そしてこれはイリアが昔読んだ文献の知識なのですが――」とそこで言葉を止め、イリアが立ち上がった。
どうやら思い当たった文献があるらしい。
少し埃っぽくなった古いタンスの引き出しを開けると、黄ばんだ資料を取り出した。
「ありました、これです。魔宝石は元々地中などに埋まっているのではなく、常に世界中に発生し続けている――という論を展開している文献です」
その文献にはこうあった。
――魔法石の全ての起源は、蒼き宝石サファイアである。
「サファイアが……?」
雪乃は唇に指を当て、考える。ルルシェが持っていた宝石。あれこそサファイアであったはずだ。
「それを事実として裏付けている資料がこちらです。まず"今まで確認できた魔宝石の中でサファイアとルビーのみ、一つしか存在が認知されていない"ということです。ユキノ様の持つガーネットやエメラルドは世界中探せば持ち主がいるはずなのですが、サファイアとルビーは十数年前までアルコスタに保管されていた物以外発見されたことがないのです」
「そんな大事なもの……アイリスは友達にあげちゃったの?」
「いえ、ユキノ様。この文献ではこの二つは魔宝石であると書かれていますが、世界の認識ではそうではありません」
「と、言うと……?」
「他の魔法石は分析に数ヶ月掛かれども、何かしらの結果を挙げることが出来ました。しかしその二つに限っては全く何の力を引き出すことが出来なかったのです。蒼と紅、二つの石はその他に出土されなかったこともあり、研究者たちはそれらをただの色が付いた石と決定しました。別に珍しいことではないのです。神秘的な輝きを放つ石が魔宝石かどうか鑑定にかけられ、それが見当違いに終わる例は多々あったからです。そういうわけでサファイアとルビーは学名こそ名づけられましたが力を持たないただの珍しい石としてアルコスタの王へ修飾物として奉納されたと聞きます。歴史の本では、これはもう数百年単位も前の出来事だったはずです。それが廻り廻りまだ幼い姫様へ渡ったのでしょう」
「そしてそれが今ここに……」
雪乃はテーブルの上に置いたルビーに視線をやった。
確かに、ただの石には思えない不思議な輝きを放っていた。
「そんなサファイアを魔宝石と言い張り、あまつさえそれこそが全ての魔宝石の起源だ、と論文に書いた学者は世間から批判を浴びました。しかし研究の発表をやめようとはしなかった。何故なら、その学者には推測ではない確信があったからです」
「確信って……何を根拠に?」とアイリスは眉を寄せながら言った。
「実は……本人がその目で見たと主張しているという記述があるのです。当時のことを綴った文献にはこうあります。サファイアが他の魔宝石たちの母である。生み出す、欺くという二面性を持ち合わせた色である、と」
「生み出し、欺く……?」いまいち関係性の読めない二つの効果に、雪乃は首をかしげた。
「それについては、本人の論文がここに」
そういってイリアが広げたのは、またも古ぼけた書類であった。
それに記されていたのは、サファイアの力に関する情報だった。
いわく、"無から有を生み出すことはできない"ゆえに、生み出されたその全てが虚構といえる。というらしい。
あるいは、こう記述されている。
ただしもしも生み出した物が虚構ではないのなら、それは"別のところから借りてきた仮初にすぎない"と。
それについて、学者は鏡を例えにこう表現していた。
――リンゴを鏡に映す。無論、目に見えるリンゴは二つになった。
私は鏡の中のリンゴを手に取った。実像たるリンゴは消えることなく二つのリンゴを私は手にした。
二つのリンゴは鏡に映ることは無い。歪な存在となったが、なに、腹に入ればそれは本物とさして変わらないのだ――。
資料の隅にあった補足説明によると、どうやら学者は鏡という表現を使い平行世界の可能性を示唆しているのだという。
また陰陽、雄雌、光と影――あらゆる事象には対立する存在があることから、学者はこう唱えていた。
同じくただ一つの存在であるルビーは、暴く力を持つと。
具体的に"暴く"とは何を表しているのか、そこまで書かれてはいなかった。
「暴く……」
その言葉にいち早く反応したのは雪乃だった。
「あの時、メテオラ達に対して発動させたのは間違いなくルビーの力だった。これが嘘を暴くというのなら、あの魔物たちは虚構だった……?」
思えば、あの魔物たちはどこか歪だった。
核がない上に、時の水(?)を体内に持っているのだ。
ここまで事実と似たことが一致してしまうと、さすがにこの学者の主張を笑いものには出来なかった。
またあの時いた魔物がサファイアにより作られた虚構だとすれば、また一つの事実が明らかになってしまう。
「もう一人の私……ルルシェは、魔物側に加担している……?」
雪乃の言葉に、一同は何も発言できなくなってしまっていた。




