求めるのは綺麗な思い出
昨夜はうだうだと、布団の中で色々思い出していたら、いつの間にかそのまま寝落ちしていたようだ。
とりあえず、着替えようとしたら
コンコン
部屋のドアがノックされた。
——朝から誰かな?
「はい……あ、おはようございます」
扉を開けたら、ソージュがいた。
「起きていたな?ちょっといいか?」
彼は部屋の中を指差して、中に入っていいか尋ねて来た。
「どうぞ?」
私は半身をずらしてソージュを中へ促した。
ソージュはするっと入って靴を脱ぐと、部屋に置かれた、机とセットになっている椅子には座らず、ベッドを背もたれに床に直接座った。
因みに、私の部屋は土足厳禁だ。
日本人だから、靴は脱ぎたいのよ。
「どうされたんですか?」
どこに座るか考えて、私も、とりあえずソージュの隣に並んで座った。
「うん、ヴァルドにはもうすぐ着くから知らせに来た。この後、エストラゴンの養女になる手続きをするけど……本当に大丈夫か?」
ソージュは心配そうに私に尋ねる。
何か心配事があるのだろうか?
「養女になる事、何か、気になりますか?」
反対なのかな?だとしたら、悲しいな
「チャコは……親やその、付き合う男には恵まれなかっただろうが、祖父母には大切に育てて貰ったんだろう?
愛されて育った事が節々で見て取れる。俺も皆も、エストラゴンの養女になって、チャコにここにいて欲しいけど、でも、ちゃんとチャコの口から気持ちは聞いていなかったから……」
確かに、養女の件は、なんとなく流れと勢いで決まった感じがあったかも?
「そうですね、思えば勢いで養女になる決断をしたと思います。たった数日一緒にいただけなのに、何が分かるのかと自分でも感じるわ。
逆に聞くけど、数日しか共にいない私に、ソージュは何で私にいて欲しいと思ったの?」
私だって知りたいよ?
「……なんでなんだろうな?なんて言えばいい?俺は見つけた!って思った。無くして足りなくなっていたパズルのピースをやっと見つけた感じだ。チャコがいる事の方が俺にとって自然なんだよ。いない世界が考えられない」
すごい事言ってる……
何となく理解は出来るかな。
「私が養女になろうと決断したのは、皆と家族になりたかったからかな?
エストラゴンの側は安心出来るし、揺るぎない繋がりが欲しかったのかも」
こちらの世界で誰だと聞かれても、存在が曖昧じゃなくなる。
「今は帰る事で、皆と離れるのは嫌だと思ってる。でも、長年の積み重なった生活を捨てる不安も大きいの。
祖父母から受け継いだ、私の根幹を作った弓道場を手放す事も考えられない。
だからこそ、養女になりたいの。
自分が、ここにいたんだという、確実な繋がりの証を残しておきたいのかな?」
私、今気付いたけど、自分の正式な居場所が欲しかったんだね。
「今後、向こうに帰ったとしても、私はエストラゴンの娘で、皆の家族だったと言いたいんだと思う。我儘よね?」
ソージュに一方的に話をして、何だかスッキリした。
「チャコの気持ちは理解したよ。話を聞いて思ったんだが……やっぱり帰りたいのか?」
片膝を立てて座るソージュは、立てた膝を抱えている腕に顎を置いたまま、こちらをじっと見ている。
「10代の頃なら……迷わずこちらに残ったでしょうね。残念ながら大人になってしまったの。
恋愛や、その場だけの感情で全てを捨てるには、ちょっと残した物が重たいのよね」
ただの……臆病者なのよ。
余程の感情じゃないと、無理だろうな
「今のまま残って、こちらで何か不都合があったら、きっと帰らなかった事を後悔する。
残った方が絶対幸せになるってわかっていても、過去を無かった事に出来ないのよ」
もしかして私は、幸せから逃げているのかも
「むしろ、不幸になるなのは慣れてるから、帰って不幸が待っていても、またか、位にしか思わないのよ。辛い時はここの事を夢見る事が出来るでしょ?あー、ここは幸せだったって」
いい思い出として、綺麗なまま……
「でも、もしここで嫌な事あったら、逃げ場がないのよ?結局、私はダメなんだって。戻っていれば、幸せな夢など見なかったのにって、そう考えてしまうと思う」
私は自分が幸せになるイメージが、全く出来てないんだよね。
「わかった。チャコ、それは大丈夫だ。俺も幸せになる想像は全くした事なかった。
真実の愛を探すと言いながら、人の欲に晒され、俺は他人に触れる事さえ嫌悪感があった。
チャコに会って、やっと人並みの幸せを考えるようになったんだ」
ソージュも諦めていたのかな?
「だから、チャコも大丈夫。必ず幸せになれるし、俺はチャコと一緒に幸せになりたい」
ソージュは立てた膝を崩し、私を抱きしめ大丈夫だと言い続けた。
「……俺だけじゃない。ペリルもオリガンも、勿論エストラゴンも一緒だ。
チャコは末っ子の一人娘だな?長男として末姫を大切にするよ。勿論、男としてもだけど」
そう言って、そっとオデコにキスをした。
「さ、行こう。このままここにいたらチャコが危険だ。俺の理性はどうやらすぐ飛ぶしな?」
ソージュは腕を離して立ち上がると、私に向かって手を伸ばす
その手を掴むとグッと引き上げられ、もう一度ギュッと抱きしめた後
「家族になってくれてありがとう」
と、一言残して先に部屋から出ていった。
パタンと目の前で閉じた扉に、なぜ置いていかれたのか?と思ったが
私、パジャマのままだった。
やだ、着替えなきゃ!




