盗み聞きは堂々とやる
「え?エストラゴン様が好みなの!!しかも即答?なんで!!」
隣から妹の声で、とんでもない話が聞こえて来た。
その瞬間、ソージュ様が椅子を蹴散らし、エストラゴンに詰め寄った。
僕は、即座にソージュ様の背後に行き
「静かに!隣の話聴きませんか?」
と誘い、一旦は大人しくさせた。
エストラゴンも巻き込まれたし、内緒話を聞くのは良くないとは思うが……チャコは勇者だ。
何か間違いがあってはならないと思って、気になったので、魂の同郷の妹を当てがった。
チャコの身持ちの緩さや、何となく全ての事に対して、まあいいやでやり過ごすのを見るうちに、どこか自暴自棄を感じたからだ。
ソージュ様は真っ直ぐで汚れていない。されるがままで傷は付いたが、本当の意味では汚れていない。
エストラゴンやレヒテハントに常に守られてきた。
僕は上手く世の中を渡るために、嫌いだったハーレムでの立ち居振る舞いを、率先して利用して行った。その方が都合が良かったからだ。
あちこちいい顔し過ぎて、今では女性の顔が皆同じに見える。寧ろ好都合とさえ思った。
誰も僕の事を、本当の意味で見ようとはしない。
別に構わないし、チャコの事も正直どっちだっていい。ソージュ様が幸せになるのには、チャコが必要だと言うから噛ませ役を買って出た。
……が、隣の話を最後まで聞くんじゃ無かった
チャコの泣き声が聞こえる
こちらの男4人……言葉が出ない。
あの、強いチャコが泣いている。
初めからずっと元気で、何事にも平然として見せた彼女が普通の女の子だと改めて突き付けられた。
それぞれに思う事はあるだろう。
頭の中をぐるぐると、あらゆる光景が巡る。彼女達が言う最低な行為にも、思い当たる節がある。
私は全く誠実さが無いなと思う。
「チャコは……男を随分と良く知ってるな」
ソージュ様は、手を握りしめて感情を飲み込もうとしている。
「諦めますか?」
ソージュ様の目を真っ直ぐ見て尋ねる。
「いや?全く諦める気はないし、今後はいかなる相手であろうとチャコは渡さない」
強い瞳でソージュ様は見返してくる
「しかし、本心を聞いてしまった今は、ただ守ってやりたい。甘やかしたいし、必要とされたいな」
フッと僕が今まで見た事ない様な優しい顔をした。
「ペリルも一緒に参加してくれ。何ならオリガンも。かなり悔しいがエストラゴンも頼む。チャコを幸せにしてやりたい。最悪俺じゃなくてもいい。別の誰かを好きになってもいい。傷だらけなチャコを守りたい」
神に願う様な切実さだった。
「……わかった」
エストラゴンは、チャコを傷つけた男がの事が許せない様だ。拳を握り締めている。
この世界にいたら物理的に消されていただろう
オリガンも今までの自分の行動を振り返っているのか、頷きつつも気まずそうな顔をしている。
「とりあえず、明日からは普段通りでいきましょう。チャコは我々に"守って"と言いました。心身共に守りましょう」
俺は……彼女を大切に……したいのか?
コンコンと入り口ドアが鳴る
「はい?あ、アルゼ……」
扉を開くと、そこには妹がいた。
「入っていいですか?」
妹の眼が座っている。
「……えっと」
アルゼの魔眼は、感情の全てを見通すように見つめているので……気まずい。
「聞いてましたよね?」
圧のある笑顔で笑っている。
「……はい、どうぞこちらへ」
……妹、めっちゃ怖かったんだが?
男4人vsアルゼ、立場は俺達が圧倒的に弱い。
「チャコの好みを聞いた時、バタバタ音がして、直ぐに静かになったので、絶対聞いてると思いました」
アルゼが冷たい目を向ける
「……済まない」
ソージュ様が頭を下げている。
「ごめんなさい。エストラゴンとオリガンは巻き込んだだけだから許してやって?」
僕のせいなので、矛先はこちらにしてほしい。
「最後まで聞かれましたか?」
アルゼはため息を吐きながら聞いて来た。
「……ああ、全部聞いた」
ソージュ様は厳しい顔だ
「しっかり聞いたよ……」
僕ですら、困ってしまう。
「彼女の心の内が分かったかと思いますが、結果的に聞いて頂いて良かったです。私は明日、ヴィントに帰るので、兄様と皆さんが、これからチャコを支えて行くのですから」
アルゼが僕をじっと見ている
「兄様、チャコをお願いします。彼女の心はぼろぼろです。痛みを理解できて、軽くするのは兄様の方が上手そうです」
確かに得意分野ではあるけど……
「隊長さん、彼女を本当に愛しているなら、彼女への兄の癒しを受け入れてください。今の隊長さんに癒せるほどチャコの心は簡単じゃないです。
下手したら傷が悪化します。なぜか理解できます?恋愛経験の無い隊長さんには、絶対無理だと思います」
うわぁアルゼ、僕ですら躊躇するのにハッキリと
「隊長さんに出来る事はチャコの全てを包み込んでください。出来ますか?それが出来ないなら出る幕無しです。全て兄様に任せてください」
これでもかと、妹はソージュ様に詰め寄っている。
ソージュ様はボロクソに言われて呆然としている。他2人はアルゼの勢いに何も言えない
「ソージュ様、チャコに触れたいからと自分の欲のまま触ると、触れ合えば触れ合うほど、男に心を傷つけられた今は、心が冷えていきます。
いまは、体が目的だと思われています。勢い余った肉体言語ではなく、心の接触を図ってください。
彼女から求められたらその時は受け止め、甘やかして下さい。立場も弁えず申し訳ありません。
ですが妹がそれを超えでも伝えたかった事に、どうかご理解頂きたいです」
必要な事だけど、言われたく無いはずだ。
でも、どうか理解して欲しい。
「……俺は随分と情け無いな、言われてみればごもっともだ。信じてもらえる様に愛される努力をするよ」
ソージュ様はアルゼの要望を飲み込んでくれた。
「さすがですね。それこそ私が憧れ付き従ったソージュ様です」
凄い人だ。生粋のナトゥーアの血だ。
自分が愛されないなら、愛される努力が足りないと考える。他者を決して責めない。
「それを聞いて安心しました。皆様よろしくお願いします。部屋に戻ります。ありがとうございました」
アルゼは綺麗に礼をした。無言の2人が釣られて礼を返していた。
「そう言えばチャコは?」
まさか泣いてるのを放置?な訳ないな
「泣きながら眠ったので、安眠の魔法を掛けておきました明日はスッキリな筈です」
泣きながら眠った、そう聞いた俺は、明日からチャコには、安眠魔法をかけてあげようと思った。




