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『たからもの』  作者: サファイアの涙
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第86章

 「美絵子っ!!」


 とつぜん、するどい声が、路上に響き渡る。


 思わず視線を向けた二人の目に飛び込んできたのは・・・鬼のような形相ぎょうそうで立っている、美絵子の母、時子の姿だった。


 「何してるのよ、美絵子! この人は誰なの!?」


 「・・・高田良作君よ、お母さん。」


 美絵子は、良作の体にまわした腕を離し、はっきりとした口調で母親に告げた。


 「この人が・・・この人が、高田良作・・・あの、高田良作なの!?」


 良作も、抱きしめた美絵子を優しく離し・・・毅然きぜんとした目で、時子に正対せいたいした。


 「お母さん、呼び捨てはやめて。良作君に失礼じゃないの・・・。せっかく、こうして会いにきてくれたというのに。」


 「美絵子ちゃん・・・。」


 良作は、こんな状況でも自分を気遣い、なおも自分をかばおうとする愛の心に、あらためて心打たれた。


 「美絵子・・・あなた、どうかしてるわよ。この人はね・・・あなたの人生をめちゃくちゃにした張本人じゃないの! あなたがいじめに遭ったのも、不登校になって転校するハメになったのも・・・みんなこの人のせいじゃないの!」


 「お母さん・・・やめて。」


 「ううん。やめないわ。良作さん・・・あなた、美絵子がどれほどつらい思いで過ごしていたか、ご存じなの・・・? まだ幼い美絵子が、どれほどひどいいじめに遭って、心を傷つけられて、ボロボロになって、家で毎日、泣き暮らしていたのか・・・。」


 「・・・・・・・。」


 「私ね・・・今、アメリカに留学しているかおりから、あなたのことは聞いていました。かおりはね・・・実の妹の美絵子と、それは仲が良かったんですよ。だから、あの日、美絵子が学校からフラフラになって帰ってきたときも、学校から帰るやいなや心配して、すぐに鈴木先生に電話して、そして学校へも飛んで戻って、事情を訊いたんです。先生はただ、『わからない。体調不良だったけれど、保健の先生が不在だったので、休んでもらってから、家に帰したわ。』とおっしゃるばかりで、何も話してくれなかったそうです。」


 時子の話をうなだれたまま、黙って聞く良作。


 「・・・でも、かおりはねぇ、良作さん。美絵子がそうなったのは、まちがいなく、あなたが一枚噛んでいるということが分かったのよ。だって・・・実の姉ですもの。いつも、美絵子に寄り添ってくれた、優しいお姉ちゃんですもの。」


 「お母さん・・・」


 「美絵子はねぇ・・・本当は、今の中学じゃなくって、もっと家に近い学校に通えるはずだったのよ。でもね、良作さん。同じ学区内の中学じゃ、また小学校時代に美絵子をいじめていた子らと会うことになるでしょう? せっかく彼らから逃れたというのに、また同じようにいじめられるのは、目に見えてるじゃないの・・・!」


 「お母さん、もうやめて・・・。」


 「あなたはだまってなさい! 良作さん・・・美絵子はねぇ・・・あれから男性不信になって、ただのひとりも、ボーイフレンドができなかったんですよ。それもこれも・・・みんなみんな・・・あなたのせいじゃないの!」


 そう叫んで時子は、良作の胸ぐらを両手でつかみ、前後に激しく揺さぶった。


 「あやまるのよ! さあ、今すぐ美絵子に土下座してあやまって!! あなたのした、血も涙もない、薄情な行動を思い出しながら!!」


 「やめないか!!」


 そのとき、なりゆきを奥の部屋から黙って見守っていた美絵子の父が、厳しい表情で出てきた。

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