第69章
帰宅した良作は、はやる気持ちを抑え、まずは玄関前で深呼吸した。
そして夕食を済ませ、ゆっくりと入浴しながら、さきほどのセツさんの様子を思い浮かべながら・・・たったひとつだけ、不安を感じていた。
それは・・・以前、鈴木よし子先生から頂いた、良作へ宛てた、実質上の「遺書」の内容の中で先生ご自身が触れていた、ある一点である。
この中に、気がかりな点があったのを思い出し、セツさんの態度と照らし合わせていたのだ。
よし子先生は、その中で、美絵子の母親である時子さんと、姉のかおりさんが、自分を憎んでいる公算が大きい、という見解を記してくれていた。
美絵子が、短い日数ではあったが、K小学校での最後の大切な日々に、急に登校拒否になったのは、良作に責任があるのだと、かおりさんからの報告で、時子さんもセツさんも知っていたと思われる状況だった。
にもかかわらず、さきほどのセツさんの良作への対応のよさは、いったいどういうことなのか・・・?
考えてみれば、おかしな話だ。
あの、けっして広いとはいえない家の中、同じひとつ屋根の下にともに暮らしていたというのに、セツさんが、そのいきさつを知らないというのは、あまりにも不自然と思われたのだ。
ただ、あの事件・・・美絵子を、何の落ち度も罪もない美絵子を冷たく突き放してしまった、あの罪深い事件から、すでに三年以上が経過し・・・当事者の良作自身でさえ、忘却の彼方へ忘れ去ろうとしていたのだ。
引越しや、都会での新しい生活で忙しかったセツさんが、いとしい孫娘を不幸な状況に追いやった張本人とはいえ、一人の男子児童の名前など、今の今まで正確に記憶しているものだろうか・・・このようにも考えた。
しかし、そのセツさんが、大切な美絵子の写真・・・もう、何枚も存在しない、良作と仲良くしていた頃の貴重な彼女の写真をくれたのは、まぎれもない事実だ。
(きっと・・・セツさんは、俺を許してくれたんだ。でなければ、そんな大事な写真をわざわざくれるはずがない・・・!)
良作はそう判断し、自室に戻ると、ゆっくりと丁寧に、もらった封筒に入った、美絵子の写真を取り出した。




