第67章
良作が引き戸のガラス部分からもれる光を見つめていると・・・中の人影が、家の中の明かりをさえぎったりして左右に横切る姿が、すりガラス越しにぼんやりと映った。
とっさに彼は、『美絵子が家の中にいるのではないか・・・?』と思った。
しかし、よく観察してみると、その動きは、美絵子が良作には見せたことのない「せわしなさ」を感じさせるものであった。
(ちがう・・・これは、美絵子ではない。)
彼は、気づき・・・美絵子でないならば、中の人影は、いったい誰なのだろうか??
そのような疑問で、戸の前に立ったまま動けなくなり、そのまま考え込んでしまった。
美絵子がいなくなってから、この三年というもの、まるで人の気配の無かった室内に、誰かいる・・・それは少々、不気味な状況でもあった。
もしかしたらそれは、良作が抱いてきた、もう一度美絵子に会いたいという切なる願いを、これまで容赦なく邪魔し、希望という希望をことごとく打ち砕いてきた魔物ごと消し去る、大きなきっかけとなるかもしれない、待ち望んできた「小さな変化」とも思えた。
これまでは、「田中理沙」という、良作にとっては、美絵子に負けないくらい強力な「パートナー」がすぐ隣にいてくれたために、なんとか平静を・・・自分を保っていられた。
しかし、その限りなく優しく、そして誰よりも大きな味方も、いまや、すぐには手の届かない遠い遠い北海道の大地にいる。
良作は、これまで理沙と過ごしてきた、おだやかで平和な・・・そして、甘い日々に心底慣れきってしまったがために、美絵子の面影のすべてを、自身の記憶の中から静かに消し去りつつあった。
ところがいま、そんな状況に・・・膠着して、まったく変化のきざしさえ見せようともしなかった現状に、なにか小さな変化が起きつつある・・・彼は、「期待」よりも、むしろ「不安」を覚えたのだ。
これまでの静かな・・・美絵子といたときのような「刺激」や「ときめき」はないものの、理沙との安定した毎日に、いま、不安定な「何か」が襲いかかりつつある・・・そこまで考えてしまったのである。
(いっそ何もせず、このまま静かに帰ったほうがいいのかもしれない・・・。)
良作は、怖くなっていた。
不安にかられた彼は、きびすを返し、自宅に向かおうとした。
そのとき、彼の脳裏に浮かんだのは・・・良作が最後に会った日の、あのときの美絵子の両目・・・自分会いたさに泣きはらした、あの真っ赤な目だった。
(やはり俺は、美絵子ちゃんに会わなくてはならない。あのときの『けじめ』を、きちんとつけなくてはならないんだ・・・。)
悩んだ末、ようやく彼は、あのなつかしい引き戸をノックする決心を固めたのであった。




