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『たからもの』  作者: サファイアの涙
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第58章

 鈴木先生のご自宅は・・・D寺から、歩いて数分の場所にある。


 もちろん、観光バスを停留ていりゅうさせる場所などないので、良作たち一行は、いきおい、徒歩で先生の家に向かうことに。


 2年生たちの新しい担任の水木先生に引率され、児童たちの列が、先生への心を込めてしたためた、それぞれに、亡き恩師への感謝の言葉をつづったメッセージを胸に、ゆっくりと先生にとっての「なつかしの我が家」へとゆく。


 あるいは水木先生と話しながら・・・あるいは、先生との数々の想い出をそれぞれに語りながら、おごそかな雰囲気で、その歩を進める。


 良作の右隣には、田中理沙・・・美絵子のかつての親友がいた。


 歩く最中でも、ずっと良作と手をつないでいる。


 彼の心中は、いまだ美絵子に対する申し訳ない謝罪の気持ちと、自分に想いを寄せ、こうして離れずにそばにいる、そして「かりそめ」ではあるものの「新しいパートナー」に対する複雑な感情の入り混じりで大きく揺れていた。


 良作には、もちろん、そんな純粋な理沙の左手を冷たく振り払って、自分がかつて美絵子に対して行った、あの罪深い行為をふたたび繰り返す意図いとなど、毛頭もうとうなかった。


 ・・・だからこそ、彼は悩んでいたのだ。


 良作は、どうしていいのか分からなくなっていた。


 いっそこのまま、この田中理沙の愛を、まっすぐ受け入れてしまおうか・・・そんな気持ちも、心のどこかに生じていたのかもしれなかった。


 しかし良作は、そのような、美絵子への「裏切り」ともいえる気持ちが生まれることを拒絶し、理性の部分でこれを振り払った。


 理沙とこうして仲良く手をつないで歩くのは、理沙に対する、美絵子と同じようなレベルの愛情ではなく、けなげな理沙の愛情に対する、せめてもの「誠実な返礼」と考えたからだ。


 二人は並んで歩き・・・良作は複雑な心境の中、理沙の左手のあたたかい「体温」を感じながら・・・かたや理沙は、美絵子がまだK小学校にいたときからひそかに想いを寄せ、ずっとあこがれ、恋焦がれてきた意中の人とともに歩く喜びに満ちあふれながら・・・初めて見る、先生の生家に到着したのである。

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