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『たからもの』  作者: サファイアの涙
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第25章

 良作が体育館に入ったとき、まず目に飛び込んできたのは、会場に敷き詰められた無数のパイプ椅子の「群生ぐんせい」だった。


 床には巨大なブルーシートが何枚も敷かれ、舞台の上部には、卒業式のためのこれまた巨大なまくが、高々とかかげられていた。


 『昭和56年度卒業証書授与式』


 良作は、その文言もんごんをじっと見つめながら、この一年間の自らの想い出の記憶を、頭の中でよみがえらせていた。


 ・・・もちろん、美絵子との大切な想い出の数々も。


 そして、ガヤガヤと集まってくる児童の群れをぼんやり眺め、いつも体育の授業で使用するときの体育館の風景とのあまりの違いに、今さらのように驚いた。


 もう何年もこうした卒業式などの際の会場の「変化」を見てきた良作ではあったが、あの七夕の日・・・あの大切な想い出の日の風景との、あまりのギャップに「時の流れの非情さ」を感じずにはいられなかった。


 そして、美絵子がこの会場にいないという、厳しい現実。


 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆


 予行練習が淡々と進み、全員で校歌を歌う。


 低学年・中学年の児童は、大声を張りあげて、うれしそうに歌う。しかし良作たち高学年の児童は、人前で歌うのを恥ずかしがって、なかなか声を出さない。


 音楽の教師が、そういう彼らの様子にしびれを切らし、げきを飛ばす。


 「五年生と六年生、もっと声を出しなさい! 六年生、卒業式はあしたなのよ!」


 尻を叩かれた形の彼らも、しぶしぶ声を出し始める。


 そうして皆が声を出すまで、何度も歌う。


 良作は、歌いながらも、またも美絵子のことを思い出す。


 ・・・やがて予行練習が終わり、ぞろぞろと児童たちが会場を後にする。


 しかし良作だけは、全員が体育館を出たあとも、ひとり会場にとどまり、すっかり「変化」してしまった体育館の様子を、ぼんやりと眺めていた。

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