60. 愛されていますので
「神よ、あなたに栄光と正義の冠をお与えください...…そして、あなたの治世に正義、慈悲、真実が確立されますように」
卒業式が終わり、殿下は無事に戴冠した。殿下の即位に反対する一派は去年の秋にレティにボコられ、誰も邪魔する者はいなかった。王は父と同じく生前退位した。この恐ろしい息子にさっさと継がせてしまいたかった。
殿下はもう、クロヴィス国王陛下である。しかし、彼が本当に求めていたのは、そんなことではない。
……初夏は結婚式の季節だ。みかんの白花は咲き乱れ、花に似たウェディングドレスが揺れる。
控え室で、レティはくるりと回った。繊細なレースがふわり舞う。上質で精巧なドレスだ。
今日のもう一人の主役は、ドアの枠に寄りかかりながらじっと眺める。
「うん、綺麗だ」
「ねぇ殿下、私本当にこんなドレスを着なければなりませんの?」
「もう殿下じゃないよ、レティ」
柔らかく、確実に欲をはらんだ声色だった。レティが他人の名前を呼んで、自分は殿下と呼ばれるたびに、殿下は一刻も早く正式に結婚したくて堪らなくなっていたのだ。
「でも殿下は殿下はなんですもの……」
しかしレティはそんなことを知らない。どこかの新婚夫婦よりよっぽど長く、幼い頃からずっとそう呼んでいたのだ。急に変えるというのも難しい。
「クロヴィスって、名前で呼んでくれないのかい?」
「……うーーん」
「僕たちは夫婦になるんだよ」
殿下がにこりと詰め寄るが、レティは呑気に悩んでいた。壁の一部となってその様子を見ていた侍女たちは、いつのまにか少しくだけた様子の主君と、その旦那様の恐ろしさに、意識が半分あの世に逝っていた。
「呼べたら呼ぶわ!」
もうすぐ式だから、と殿下は出され、入れ替わりに家族が入ってくる。教会の控室のドアは破壊された。
「レィちゃぁぁぁん。やっぱりお嫁になんて出したくないよぉぉぉ〜」
「あなたがそうやってごねたから、しばらくはまだお家にいるでしょう?」
「おお、孫にも衣装って言えばいいんだったか!?」
「馬子にも衣装です。あと使い方間違ってますから、わざわざ難しい言葉を使わずに褒めればいいんですよ」
父は嘆き、母は呆れ、長兄は脳筋。次兄は頭を抱えている。相変わらず、嵐のような家族だった。もうそろそろ……と蚊の鳴くような声で侍女が言う。
「お父様、お母様、お兄様、ラファ兄様、今までありがとう! これからもよろしくお願いしますわ!」
レティは号泣する父の腕に手を置き、聖堂へ向かった。聖堂のドアが破壊されると、そこには人が敷き詰められていた。
サラ、ルネ、ヴァネッサ、ロラ、アネット……皆が嬉しそうな顔をしている。
バージンロードの上を歩き、レティは父の腕から離れて、殿下の隣に並ぶ。ずっと待ち望んでいた光景に、殿下は胸を詰まらせた。
世紀を変える結婚式が、始まった。
「クロヴィス・デュラン、レティシア・オベール。お二人は自らすすんで、この結婚を望んでいますか」
「「はい、望んでいます」」
「結婚生活を送るにあたり、互いに愛し合い、尊敬する決意を持っていますか」
「「はい、持っています」」
「あなた方は恵まれる子どもを、まことの幸せに導くように育てますか」
「「はい、育てます」」
幾度となく事件に巻き込まれ、隣国の策略と災害を乗り越え、なんなら死んで生き返って、記憶をなくして取り戻した彼らに、できないことなど何もない。
「それでは、神と私たち一同の前で結婚の誓約を交わしてください」
「新郎クロヴィス・デュラン。 貴方はここにいるレティシア・オベールを、悲しみ深い時も喜びに充ちた時も共に過ごし 愛をもって互いに支えあうことを誓いますか?」
「誓います」
誓わないわけないだろう、と言わんばかりの圧に、筆頭神官のおじい様とこっそり見ていた神は震えた。
「新婦レティシア・オベール。貴女もまたここにいるクロヴィス・デュランを、悲しみ深い時も 喜びに充ちた時も共に過ごし 愛をもって互いに支えあうことを誓いますか?」
「誓います」
レティは元気よく答えた。おじい様はその爽やかさにニコリと笑う。
「では誓いのキスを」
殿下がレティのベールを上げ、口付けを落とそうとした時だった。
────ドガァン!
レティが音の方を向く。殿下は空気の読めない何かにキレた。
「…………星が、落ち、て?」
すぐに情報を集めたルネが、小さな声で呟く。レティはそれを聞き逃さない。
「……レティ。それは」
「場所はどこ!?」
「ねぇ、レティ。今は結婚式なんだけど」
「クロヴィス、そんな場合ではないわ!」
殿下の頬をガッと掴み、雑にキスをして、レティはウェディングドレスのまま駆け出した。殿下は顔に手を当てる。
「はぁぁぁぁ……」
初めて名前を呼ばれ、キスまでされたというのに、この虚しさは一体。
「っレティ、これって神が認めると思うかい!?」
「大丈夫よ、私、愛されていますもの!」
聖堂の外にも、たくさんの人がいた。その人の波を割って、レティは進む。
白いドレスを靡かせて、街を全力疾走する王妃様と、それを頑張って追いかける国王陛下。
神様は遠い目をした。何を考えているのかわからない上司と、これからの治世を思い浮かべて……。
────To Be Continued.
今までお付き合いいただき本当にありがとうございました。完結です。
リアクション、ブクマ、評価、コメントなどなど、とても励みになりました。誤字報告もほんっとうにありがとうございました。一日三話を続けられたのも読者様のおかげです。
|ω・`)お疲れー、レティがバかわいかったー、殿下が不憫なヤンデレすぎだろー、みんな癖ありすぎーくらいの感じでひょいっと評価していただけると喜ぶ秋色だったりします)
追記 情報が解禁されまして、読者の皆様のおかげで良きご縁があり、電子書籍化&コミカライズ進行中です!!
詳細は追々ですが……お楽しみに!
SSを追加したりしてお知らせできたらなと思います。
またお会いできたら嬉しいです。ではでは〜。




