15. 私、もっと強くなるわ!
ヴァネッサは辺境伯令嬢であり、幾多の討伐を成し遂げてきた歴戦の剣士だった。身長は180cmもあり、三白眼は鋭く、顔には大きな傷があった。
『……見ろよ、あの傷』
『隣に立ちたくないな』
それはいつものことだった。家業の関係で高等部から入学したヴァネッサは周囲から、特に男性から疎まれていた。親から未来の旦那様探しを言いつけられていたこともあり、ヴァネッサは俯き、猫背になる。
そこにたまたま、レティが通りかかった。レティは……男子生徒の頬を叩いて張り倒し、もう一人には絞め技をかけてお尻を叩いた。その姿はあまりにも母であり……ヴァネッサは開いた口が塞がらなかった。
『自分が顔や身長を気にしているからって、他人を傷つけて安心するなんて、笑止千万!』
笑止千万という言葉の意味が分からずとも、叩く手を止めず、説教するレティ。いい年して公衆の面前で尻を叩かれ、大きな声で図星を刺された男子生徒は羞恥心で死んだ。
『陰口はね、陰で言うから許されているのよ。本人に聞こえたものは、喧嘩を売っているのと同義』
フン、と鼻息を立てて、二人分叱り終えたレティはひれ伏す彼らの前で仁王立ちしている。
『例え背が小さくとも、器が大きければいい。顔が悪くとも、中身と地位で勝負すればいい。貴方たちにはそれができるはずよ』
見ず知らずの生徒を叱ったわけでなく、レティは彼らの潜在能力……良いところもしっかりと知っていた。
『私は大事な貴方たちを見守っている。でも貴方たちが未来の子供であるように、ヴァネッサもそうなのよ』
そう伝え、彼らが謝るのを見届けたところで、レティはくるりとヴァネッサの方を向き、まっすぐに見つめる。
『……ヴァネッサは大変ね。特別にかっこよすぎて、貴女に見合う殿方がなかなか見当たらないなんて』
『え?』
『でも安心してちょうだい。誰かを庇って傷を負える……そんな素敵な貴女には素敵な方が現れる。もしその方が貴女を見つけるのに難航していたならば、必ず私が助けてあげるわ』
自分が女らしくないからなのだと、ヴァネッサは言いたかった。が、レティの自信に満ちた紅い瞳に、本当にそうなのかもしれないとも思った。何より、この強く正しく美しい人の言うことを信じたかった。
ヴァネッサはレティを生涯の主君に決めた。王族と辺境領の関係はあまりよくなかった。それでも、この人の剣となるのだと誓った。だから、そのためならば殿下にだって歯向かうのだ。
「どういうことだい、ヴァネッサ嬢」
「レティ様がお守りになると予想できましたので」
いつの間にか側に来ていた殿下に、ヴァネッサは頭を下げる。
レティはムッとしていた。頬を極限にまで膨らませ、今にも爆発してしまいそうだった。
「……レティ、魔物から離れてくれ」
「殿下!! 犬に矢を向けるなんて危ないでしょう!? 今日という今日は私怒りましたわよ!」
プンスコ怒るレティに、殿下は瞬きをする。ヴァネッサは相変わらずの主君と不憫な殿下に肩が震えた。
「レティ、僕は君に近づいた上にキスまでした魔物を討伐しようとしただけだよ」
「魔物? この子は銀狼ですわよ? ねえシル」
「あのね、犬じゃなくて……はぁ、もう名前までつけてしまったのかい」
魔物を飼うことに前例があるかどうかは関係ない。経験則から、ここまでくるともう何もできない。
殿下はシルを睨みつけ、シルはレティの後ろに隠れた。本来は獰猛で討伐対象な魔物も、レティに絆されればただの犬と化す。
「守るものも増えたことですし……私、もっと強くなるわ!」
レティは体育祭の時のことも、先ほどシルを庇うしかできなかったことも許してはいなかった。これ以上どうつよくなるんだろう、と殿下やヴァネッサは思ったが、何も言わないことにした。
結果として、銀狼の脅威は去り、何も知らない北との関係は変わらない。すべて一件落着である。
なお英雄は「レィちゃんは今度は魔物持って帰ってきたかー。よぉーし、パパがおっきい犬小屋を作ってあげるからなー」とその太い腕で大木を採りに行き、母は頭を抱えた。長兄はエサを狩ってきて、次兄は最上級の制限魔法で首輪を作った。一家総出で職務放棄された側近たちは泣いた。




