緑園7 教会に行ってみよう。
パーティーに後から合流したサティアはうちに転がり込む形で一緒に暮らすことになった。
サティアを受け入れた今は、三人で敷布団を一緒に使って寝床にしている。ラーバと二人の時はスペースに余裕があったが、三人となるとかなり狭い。
独身の男女が密着して寝るのはいかがなものかと思い、僕が遠慮するからラーバとサティアで布団を使ってよと、言ったら、二人して一緒に寝ろと脅してきた。
だってさ、ラーバは棍棒を握りしめてるし、サティアは拳をパキポキ流しながら近づいてくるんだよ。
逆らったら何されるか分かったものじゃないから、二人に従ったよ。
毎晩、二人に挟まれながら寝ています。
僕を挟まなくてもいいよねって言ったら「あ゛?」と脅されたので屈しています。
本当に寝てるだけだから、色気のある話なんて全くないけどね。
慣れるまで僕だけが地獄だったと思う。
女の子柔らかい。
風呂上がりのいい匂い。
寝言で「ぅん」なんて、これなんて拷問?
「手を出しちゃ駄目だ、手を出しちゃ駄目だ、手を出しちゃ駄目だ」と何度心で念じたものか。
何度も自分に言い聞かせるのが効果的らしい。
某アニメの少年もこんな気持ちで自分に「逃げちゃ駄目だ」と言い聞かせてたのだろう。こんな記憶は消えててもよかった。悟りを開くまでにそれなりに慣れと時間が必要だった。
生活に必要なものは食事と水とトイレ。
トイレはあるけど、風呂は毎日公衆浴場に通ってる。
贅沢を言えば風呂も欲しい。
食事は基本的にギルドの食堂に通い、たまに別の食堂に行ったり露店で買ってきたり。
水は外に設置されている共同の給水所から汲んでくる。
アジトに住んでいるのは冒険者ばっかりなので見知った顔も多い。
給水所では井戸端会議が普通にあり、貴重な情報源でもある。
養成学校で一緒だったモージャンとポロンが向かいの棟に住んでいる。
モージャンとポロンはパーティを組んでいるが、二人は一緒に暮らしておらず、それぞれが部屋を借りている。熊兄妹は違うアジトに住んでいるが、歩いて5分とかからないのでご近所だ。
ポロンはあまり変わっていないけれど、モージャンは前に見たときより髪が長くなっていて、もじゃもじゃの面積が拡大しただけだから元に戻した方がいい。そのうち髪の毛で全身が埋まるよ?
僕たちの生活を一日の流れで言うと――
日の出くらいに目が覚める。
朝の運動してから朝食。
掃除洗濯、装備品チェック。
ギルドに行って依頼受注、仕事開始。
仕事の合間に昼食。
日が沈む前には仕事終了。後始末とか報告とか。
帰宅後、装備品の手入れして公衆浴場へ。
風呂のあと反省会兼ねて夕食。
帰宅後、だべって就寝だ。
こんな感じで過ごしている。
疲労の具合や懐の寒さと相談しながら休みは入れている。
仕事しないと収入ゼロだから、基本蓄えを作ってからお休みだ。
今日は蓄えが少しできたのとダンジョンにスライムの群れができていたので休むことにした。
スライムの群れの情報はギルドに上げておいたので、今日あたり掃討が行われることだろう。
僕たちが参加しても逆に割に合わないので、参加は見合わせだ。
モージャンやポロンは稼ぎに行くと張り切っているけど、冒険者が多いと戦闘に巻き込まれやすいから怪我しないようにね。
「うぇーい。ヨータ洗濯終わった?」
「うんにゃ、今から」
「良かった。これもお願い」
「あいよー……ラーバ、これ下着も入ってない?」
「うぇーい。いいじゃん。洗えば一緒、一緒」
そうじゃない。そうじゃないんだ。
「ヨータさん。こっちもお願いします」
「サティア。……お前もか!」
僕が当番の時は下着は自分でやってと何度言っても通じない。
「うぇーい。ヨータは何度も見てるんだから気にする方が変」
「そうですよね。それに私たちはヨータさんの下着も洗ってますよ」
「それはありがとう。感謝してる」
「うぇーい。じゃあ、お返しは行動でよろしく」
「お願いしますね。私たちは部屋の掃除してきますので」
また負けた。
「ヨータは随分と尻に敷かれてるな」
「女に口じゃ勝てないよ。モージャンはポロンとどうなの?」
「真面目にやめてくれ。あれを女と思っちゃいけない」
「そう? 胸もあるし可愛い顔してるじゃん」
「あいつの正体知ったらヨータも引くぞ。聞くか?」
聞かない方が身のためな気がするのでやめておこう。
さてと、さっさと洗濯済ませますか。
☆
休みの日に何をするかと聞かれれば、僕は露店巡りと答える。
旅の商人が町に訪れたら露店を開くことは多く、商人から話を聞くことで町にいて外の世界を知ることができるからだ。これまでの間で外の世界には砂漠の国、火山の国、森林に囲まれた国、氷河のある国と様々な国があることを聞いた。
いつかは旅に出て、行ってみたいと思うところだが、それはもっと自分を鍛えてからでいい。
情報は多くあるに越したことはない。そこから取捨選択していけばいい。
僕はそう思う。
僕が露店巡りに出かけるときはラーバもついてくる。露店で買い食いしながらブラブラ回るのが定番の休み方。飽きるか、疲れるかしたら帰宅して、みんなで風呂に行きギルド食堂へ行く。
これが普段の僕の休み方だった。
でも、今日はいつもと違って、珍しくサティアが誘ってきた。
「ヨータさん。たまには教会に行ってみませんか?」
「今日かい?」
「うぇーい。言っちゃったよー」
「それは流石にいかがなものかと」
「ごめんね。自分で言っておいてあれだったね」
サティアは休みの日になると自分が育った孤児院のある教会に顔を出しに行くことが多い。
孤児院は成人になると出なければならず、当時のサティアは冒険者しか選択肢がなかったそうだ。
大事に育てられたので、いつか立身出世して恩を返したいというのがサティアの願いだ。
現実はなかなか厳しく、色々なパーティーからクビにされ続け、合わす顔がないと足が遠のいていた。
僕たちのパーティーに入ってから、ようやく顔を出しに行けたのだが、相当心配されていたらしい。
毎月必ず顔出していたのが来なくなったら心配もするよね。
「今日はちょっとお土産を持っていきたいんですが、猪狩り手伝ってもらえませんか?」
「猪か。じゃあ、猪森に行くの?」
「はい、あそこはいっぱいいますから。主にさえ会わなければ私でも大丈夫です」
「そういうのフラグっていうんだよ」
「大丈夫ですよ。深くは入りませんし、主は森の奥に住んでますから」
「ますますフラグをおっ立てた気がする」
「うぇーい。たまには仕事じゃない狩りをするのもいいじゃん」
サティアが立てたフラグは誰かにへし折られたのか、猪森で少し大きめの猪を仕留めることに成功した。ラーバの仕掛けた罠に引っ掛かりサティアに撲殺されたのだ。
「まだ殺していません! 気絶させただけです」
「うぇーい。生け捕り成功。うぇーい」
太めの木にぶら下がるように猪の足を縛り付け、運搬しやすいようにする。
これだけしっかり縛っていれば、途中で目が覚めても逃げ出すことはおろか動くこともできないだろう。
「んじゃあ、帰りましょうねー」
サティアは木を掴むとひょいと持ち上げて肩に担ぐ。相変わらずの馬鹿力だ。
これどう見てもサティアの数倍は重さありそうなんだけど?
「肉です。お肉です。これだけあればお腹いっぱい食べられますね」
「半分は売るんだぞー」
「え!?」
「冗談だよ。サティアがいるのに残るはずないだろ」
「いえ、流石にこの量は一人で無理なんですが?」
力の源なのか、サティアの食事量は僕らの倍だ。
ギルド食堂の食事でも僕らは四人分を注文する。
これは必要経費とサティアには言い聞かせているので遠慮はさせない。
町までの帰り道、サティアに聞いてみた。
「サティアのところの教会は誰を崇めているの?」
「主神様です。町で一番古いところなので、教会はちょっとぼろいですけど」
「主神かぁ――主神!?」
やっべ。僕、今の今まで自分の呪いのこと忘れてた。
僕の記憶にないけれど主神を怒らせて呪いがかけられているんだった。
「どうしましたか?」
「いや、教会に行ったらついでに祈りを捧げてみようかなーなんて」
「それはいいことです。主神様もお喜びになると思います」
うん、これは手遅れかもしれないけれど、ごめんなさいから始めよう。
うまくいけば呪いの(怒)が(笑)に変わってくれるかもしれない。
無理かな? 無理だな。
なんせこの世界に来てから半年以上経つ。
いまさら何しに来てんねん、と僕が主神ならそう思う。
町を進み、西側エリアを奥に進んでいくと、古びた教会が見えてきた。
意外とアジト近くにあったんだなと改めて思う。
大通りから二つばかり裏通りにあるけれど、人通りはそこそこある。
古びた教会だがちゃんと手入れはされているようで、外観は悪くない。
門から入り口まできれいに掃除されている。
サティアは教会の正面入り口から入らずに裏口へ向かう。
足を進めた教会の裏庭から子供たちのワーワーキャーキャーといった嬌声が聞こえてくる。
この感じからすると随分と微笑ましい遊びをしているのだろう。
「逃げたぞ!」
「「待て肉!」」
「足止めは任せて!」
「ぐわっ!」
「盾持ちがやられたわ!」
「やばい、防壁を張れ!」
なにこの風景、子供の吐く台詞じゃないよね。物騒過ぎだよね。
何が行われているの?
裏庭を覗いてみると、男の子と女の子の集団が手には包丁やら鎌を持って一羽の鶏を囲んでいた。
まだ小さい子も混じってるけど、大丈夫かこれ。
「あら、肉が逃げたんですね?」
「肉って」
「今日の晩御飯なんでしょう」
ワイルドだね君たち。
「あなたたちー、鶏よりもっといいもの取ってきたわよー」
サティアの大声に子供たちが一斉にこっちを向いて、サティアが担ぐ猪を見て、目を大きく輝かせる。
鶏は今がチャンスと逃げて行くが、もう子供たちはサティアの担ぐ猪に夢中だ。
「でっかい肉きたああああああ!」
「捌こう!」
「血抜きが先だ!」
「吊るせ!」
「皮を剝げ!」
「内臓をかき出せ!」
この野蛮な一族はどこの部族ですか?
「うふふ。喜んでる喜んでる」
「うぇーい。ちょっと狂気を感じるね」
「いつもこんな感じですよ、ここ」
ちょっとシスター呼んでもらえる?
お宅の教育どうなってるんですかって問い質してやりたい。
逞しさに溢れた子供たちは猪を担ぎ上げると、裏口近くの木に吊し上げ血抜きを始める。
獣の解体は僕でも慣れるのに時間がかかったのに、僕の半分も背がない小さい子たちが動揺もしないなんて驚きだ。
「すっごい逞しいね」
「うぇーい。あんな小さい子まで」
「ここではみんなでお手伝いするのが当たり前ですから」
サティアを見ていたから、みんなおとなしい子たちなんだろうと勝手に思っていたのは僕の間違いだった。これが普通なのかとラーバに聞いたら、流石に年齢が低すぎとちょっと引いていたので、異常な光景なのは理解できた。
若いシスターが一人出てきて肉が傷まないように冷却魔法を掛けながら解体が進んでいく。
こう見ると手際が良すぎるが、生きる術を自分で掴んでいると思えば当たり前なのかもしれない。
子供たちの解体ショーはどんどん進み、吊るされていた猪は見慣れた肉塊へと姿を変えていく。
危険な部位は処分され、食べられる部位については香辛料を付けたり塩もみして味付け。
味付けに参加していない子供たちは道具を引っ張り出してきて火を起こし、バーベキューの準備を始めている。大人顔負けの行動だと思う。
猪肉の一部は薄めにカットしていたので、鍋に入れて汁物にするようだ。
大鍋を火にかけて、少し大きい子が根野菜をカットしてドボドボと鍋に投入していく。
ぐつぐつの煮立ち始めた鍋に猪の肉を投入。
「アック抜き、アック抜き、アックぬきー」
子供らしい歌を口ずさみながら灰汁抜きしている。
流石に味付けはシスターがするようで、塩や香辛料をぱらぱらと鍋に入れて味を調整していく。
俺とラーバは何もできずにぼーっと待っている。
手伝おうにも手際が良すぎて手伝える隙も無い。
サティアは勝手知ったるからか、ちょこちょこ混じっては手伝いをしている。
「うーん手隙だね」
「うぇーい。ヨータ、今のうちに祈りに行ってきたら?」
「ああ、そうだね。まだ時間かかりそうだし、そうする。ラーバも来る?」
「うぇーい。私はいい。ここで子供たち見てる」
ラーバ子供好きだもんな。
この子たちはちょっとワイルドすぎるけどね。
裏庭から移動して正面入り口から教会の中に入る。
中は人気が無く静まり返っていて、ガラス越しに日の光が差し込み、光の帯が床に刺さるように見えて、少しばかり神々しい感じがする。
礼拝堂自体僕の中の記憶にはほとんどないもので、テレビや映画とかで見た記憶じゃないかなと思う。
両側に椅子が並び、神を祀る台座の上には一体の彫像が祀ってある。
台座の上にある像が主神だろうか、まるでギリシアの彫像みたいだ。
頭には草で編んだ冠を被り、立派な顎髭に筋骨隆々の体つきで現実にいたらごっついおっさんだ。
威厳は確かに感じられるが、何だろうこの強烈な違和感は。
僕の心がこの神様を拒否しているようにしか思えない。
僕が記憶を失くしたのはこいつのせいと思っているからだろうか。
もしくは呪いをかけられたことへの怒りなんだろうか。
おそらく僕はこの主神にこの世界へ連れてこられている。
ステータスに残る主神の呪いからしてもその証拠だと思う。
怒らせた原因も記憶にないけれど、呪いをかけられるほど主神に対して酷いことをしたのかもしれない。
呪いを解いてもらうためにも謝るつもりだったけど、この違和感に抗えない。
僕が謝りたいのはお前じゃない。
お前は一体どこの誰だ?
「いたっ」
急に頭がズキズキする。
立っているのもやっとなくらいの痛み。
マジペイン!
『聞こえるか、人の子よ』
野太いおっさんの声がする。
こういう時は聞こえないふりに限る。
頭に声が響いて余計に痛いから静かにしてもらえる?
『聞こえているはずだ。人の子よ』
聞こえない、聞こえない。
うがああ、頭マジでいてええええ!
『我が声を聞くのだ、人の子よ』
「人の子、人の子ってうるさいな。頭が痛いんだよ! それに僕にはヨータって名前があるんだよ!」
あれ、なんだ。この感じどこかであったような?
あたたたたた。頭の痛みが半端じゃない。
やばい、吐き気まできた。
『聞こえているではないか人の子よ。お前の名に興味はない』
あ、ちょっとカチンときたぞ。
それ以上にズキンときたぞ。
ゲロ吐きそう、助けて。
『ダンジョンに行け。それだけだ』
何だか知らないけど、まず僕の頭痛を消してよ!
あ、駄目だ。これ気を失うやつだ。
………………………………『すまぬ陽太』
え、誰?
あ、もう限界――
僕が目を覚ましたのは、教会の裏庭だった。
いつまでたっても僕が戻ってこないので、ラーバが様子を見に来て、教会の中で倒れていた僕を発見したそうだ。
僕はラーバたちに急に凄い頭痛がして、ひっくり返って気絶したと伝えた。
凄く心配されたけど、もう大丈夫、心配かけてごめんと謝っておいた。
あの野太いおっさんの声はダンジョンに行けとか言っていた。
そこに行けば分かるのか。
どうやら僕の目的の一つがまたできたらしい
ダンジョンに何が待っているか知らないけれど、行ってやる。
途中までなら攻略しようと思っていたところだ。
それにしても意識を失う直前に聞こえた女の人の声は誰だったんだろうか。
朧気だったけれど、僕の名をヨータではなく陽太と呼んだ。
なんだか懐かしい感じもした。
このこともダンジョンに行けば分かるんだろうか。




