緑園10 行けるとこまで行ってみよう
モージャンとポロンは、4階層まで潜り帰ってきたらしい。
帰る前に少しだけ休憩をとりにセーフティルームへ寄ったようだ。
「見てくれよ、これ」
モージャンは小さな袋を取り出して中身を広げた。
袋の中にはたくさんのスライムの核と翡翠の欠片が7個あった。
これだけあれば大銀貨1枚は越えるだろう。
「稼いだね」
4階層からはスライムの他にデロキャットが出没する。
デロキャットは、ただれた皮膚を持つ猫型の魔獣で、大きさは通常の猫と変わらない。
動きは鈍いので、油断さえしなければ楽な相手だ。
ゾンビ猫と言われるほど、見た目は可愛くないそうだ。
デロキャットが落とすドロップ品が翡翠の欠片。
翡翠の欠片は魔石の加工触媒に使われることが多く、需要が高い。欠片一つ小銀貨1枚で買い取ってもらえる。
デロキャットは1匹討伐するごとに大銅貨6枚。
一般人でも倒せる魔獣なので、スライム同様単価は安い。
冒険者の狙いは討伐よりも翡翠の欠片だ。
翡翠の欠片をドロップするのは二回に一回はドロップすると言われている。
「昨日、今日でゾンビ猫十匹とスライム六十匹だ。討伐数の最高記録更新だぜ」
「モージャンたちは二人パーティーなんだから無理するなよ?」
「分かってるって」
ポロンが背負い袋の中から、干し肉を取り出し、モージャンに渡す。
「ほら、モージャン干し肉。少しでも腹に入れときな」
「おう、ありがとよポロン」
卒業した順番は、最初がサティアで、次がジョブトリオ、熊兄妹、モージャンとポロンの順。
それから僕とラーバが最後に卒業した。
同期の中で最終組の僕とラーバが卒業する前に卒業したこの二人。
僕たちと同様に卒業と同時にパーティを組んでいた。
僕とラーバ、サティアは戦闘訓練の居残りがきっかけで仲良くなったのだけれど、モージャンとポロンは特段きっかけがなかったような気がする。
モージャンに聞いた話だと、ポロンからパーティーを組まないかと誘われたそうだ。
モージャンとしては、知らない人より、気心知れた方がいいという理由で、快諾したらしい。
ポロンからは、モージャンを一人にすると危なっかしいからだと、聞いている。
「しかし、ヨータたちはえらいゆっくりダンジョン攻略してるね。4階層もまだ行ってないんでしょ?」
「慎重なんだよ。ポロンたちはそろそろ5階に挑戦するの?」
「そうだね。モージャンの調子が良けりゃあ狙ってもいいかも」
「おいおいポロン。俺の調子はいつだっていいぞ?」
「ふざけろ。私がどれだけフォローしてると思っているんだ。もしフォローしなかったら、4回くらいは死んでるぞ」
ゲシゲシとモージャンの脚を蹴りつけるポロン。
自覚があるのか、ポロンの言葉が事実なのか、強く出られないモージャンは涙目だ。
「まあまあ、ポロンもたまにはモージャンに優しくしてあげて?」
「駄目だ。モージャンは甘やかすとつけ上がる」
「くそぉ、ヨータが羨ましいぞ。ラーバは完全に懐いてるし、サティアは優しいし」
いやいや、羨ましいと言われても、僕らの間に色気のある話なんてないよ?
「でも、一緒に暮らしてるんだから、ちょっとくらいはあるでしょ?」
「一緒に暮らしているけど、本当に何もないよ?」
「それはそれで問題というか、ヨータその歳でもう枯れてんじゃないでしょね」
ひどい言われようだ。僕が日々どれだけ賢者の修行をしているか知らないだろう。
僕たちが話していると、ラーバがむくっと起き上がった。
ポロンやモージャンを見て、半開きの目のまま、うんうんと頷いている。
どうやら寝ぼけているようだ。
もそもそと寝床から出てきて僕の隣に腰を下ろすと、僕の腕に抱き着く。
「うぇーい。ヨータは渡さん」
「また寝ぼけてる。ほら、モージャンとポロンだよ」
「……うぇーい。やほー」
「相変わらずだね、ラーバは。養成学校でも、いっつもヨータと一緒だったよね」
「同じ黒髪で黒い瞳だから親近感があるんだろうな。ここらじゃ珍しいし」
ラーバは真ん中の一房が白髪だから、ちょっと違うんだけど。
部分的なアルピノなのかもしれない。
「……あれ、ポロンさんにモージャンさんじゃないですか」
「サティアも起きた?」
「はい、変な夢を見まして」
「変な夢?」
「なんか変な女の人がヨータさんと別居しろって、しつこく言ってくるんです」
「それは変な夢だね。特徴は?」
「えっと、銀髪の目付きの鋭い人だったような」
「うぇーい。そいつ私の夢にも出てきた」
「銀髪で目の鋭い人か……僕の知り合いにいないね」
サティアはもそもそと寝床から出て、ラーバとは反対側に腰を下ろすと、空いた反対側の腕に抱き着く。
「ヨータさんは渡しません」
「実はサティアも寝ぼけてる?」
「ヨータはモテモテだな。不思議とあんまり羨ましくないけど」
「しかしまあ、サティアの件は私らも心苦しかったから、ヨータが仲間にしてくれて助かったよ」
「僕とラーバが決めたことだから、気にしなくていいよ」
サティアの噂は同期たちの耳にも入っていた。
当時のサティアはパーティーに所属していて、食事ももらえない酷い扱いのときもあった。
僕の同期たちはサティアを引き抜くことも考えたが、パーティーに所属している相手を引き抜くのは、善い行いではないとされていて、新人冒険者が冒険者の矜持を破るのに躊躇していた。
責めはしない。
自分のことで精いっぱいな彼らに、手を差し伸べる余裕もなかったはずだ。
それでも、彼らなりにサティアを助けていてくれたのだから。
「でも、当時の私に食料を差し入れしてくれたので、同期の皆さんには感謝してます」
「ごめんな。それぐらいしかしてやれんで」
「いえいえ、おかげでヨータさんたちに迎え入れてもらえるまで、なんとか生きながらえましたから」
同じアジトに住むモージャンとポロンとは情報交換をすることも多い。
区画は違うが、熊兄妹もアジトに住んでいて、たまに顔を合わせてる。
ジョブトリオは報酬の一部を渡すことで実家に住まわせてもらっているので、少しばかり顔を合わせる機会が少ない。それでも、たまにみんなで集まって情報交換がてら同期会を開いたりもしていた。
「んで、今日の目標は?」
「えと、潜れるところまで潜ろうかと——あれ?」
あれ、そういえば、何で今日ダンジョンに潜るんだったっけ?
ダンジョン攻略以外にも何か別の用事があったような気がするんだけど。
「サティア、僕達今日ダンジョンに何しにきたんだっけ?」
「えと、ヨータさんが言ったとおり、潜れるところまで潜るってだけでは」
「うぇーい。ヨータが潜るって言ったじゃん」
昨日は猪森で猪を狩ってからサティアの育った教会に行って、ご飯食べて帰ってきた。
だけだったっけ。何かモヤモヤするし、すっきりしない。
「そろそろ俺たちも出るわ」
「早くお風呂行きたい」
モージャンとポロンは身支度を整えて、セーフティルームの入り口に向かう。
僕は二人の背中に声をかける。
「あと少しだからって油断しないようにね」
「ああ、お互いにな。そっちも無理はするなよ」
さて、僕らも準備して出ることにしようかな。
準備しようとすると、ラーバが僕の腕を引っ張り寝床を指差す。
「うぇーい。ヨータはあっち」
「仮眠取ってないでしょ。仮眠取ってください」
「僕なら大丈夫なんだけど?」
「うぇーい。いいから寝ろ」
「無理やりがいいですか?」
「寝ます」
ラーバとサティアは、たまに怖いときがある。
僕を気遣ってくれているのは分かるので、逆らわないけど。
二人して拳をパキポキ鳴らすの止めてもらっていいですか。
「んじゃ、軽く寝るね。あとよろしく」
少しだけ、変な夢を見た。
顔も見た目もよく分からない女の人に言い訳された夢だった。
その女の人は陰でコソコソしたわけじゃないと言い訳していた。
何の話かよく分からなかったけれど、とりあえず「気にしないで」とだけ言っておいた。
☆
「うぇーい。次はいよいよ4階層」
「スライムも少なかったし、やっぱり部屋の探索を少なくすると短時間で抜けられるね」
「マッピングがちゃんとできなかったのは、痛いのでは?」
「3階まではスライムだけだからね。次の機会でもいい。この間の群れみたいなのがない限りなんとかなるよ」
実際、階層の造りからすると、僕たちが踏破した3階部分は十分の一にも満たないだろう。
露店で買ったマップが比較的合っていたことが短縮に繋がった。
罠の数も通路では少なく、ラーバによる発見も早かったことから、僕たちは難なく3階層を突破できた。
4階層へと下る階段を下りながら、僕たちは今日の目的を再確認することにした。
「うぇーい。どうしよっか? 5階層狙いもありだけど」
「手持ちの情報だと5階層の守護モンスターはスライムの大きいのか、デロキャットの大きい奴のどっちかって話だから、一人だと厳しくても二人ならなんとかなるという話だったよね」
「モージャンさんもポロンさんも、まだ挑戦していないと言ってましたよね」
「そうだね。僕たちの同期じゃ挑戦したのは熊兄妹だけだけど、あの二人は撤退を選択した」
僕は同期会で熊兄妹から撤退の話を聞いた時、疑問だった。
兄であるローファンは僕たちの中で一番強い。同期の誰に聞いてもそう答えるだろう。
その彼が5階層攻略を一旦諦めたのだ。
欠点らしい欠点を持たないローファンだったが、オーガストさんたちは揃ってローファンの弱点を優しすぎると指摘する。優しいことは美徳だが、優しすぎるのは危険だと。
ローファンは強靭な肉体を持ち、自分より小さな妹であるルーニャンをずっと守り続けていた。
それは過保護と言われてもおかしくないレベルで。
かといって、ルーニャンが何もできないわけじゃない。確かにルーニャンはローファンにべったりなのだけれど、僕たちと一緒に鍛えられ、一度も居残り訓練を受けなかった実績もある。
5階層の攻略手順はシンプルで、誰か一人が囮になること。
囮になって引き付けている間に、仲間が守護モンスターを倒せばいい。
ローファンから聞いた話だと、その時に出たのはスライムで、大きな体を持つローファンを遥かに超える巨体だったそうだ。そしてルーニャンはその大きさに恐怖し、何もできなくなってしまったらしい。
悲しいことにルーニャンの欠点は臆病なこと。恐怖心にかられると兄にしがみつく習性がある。
恐怖にかられ、体にしがみつくルーニャンを見たローファンは、戦闘継続不能と判断し、撤退を余儀なくされた。
この時に生まれた恐怖を、未だにルーニャンは克服できないでいる。
5階層へ降りられない。それがルーニャンの抱えた心の傷だった。
ローファンは何とかその傷を埋めようとしているが、まだ成果は出ていない。
「さて、僕らの進む道だけど」
「4階層で稼ぐのはどうですか?」
「うぇーい。デロキャットは単独行動しかしないって聞いてるし、翡翠の欠片狙いもあり」
「うん、当然それも選択肢なんだけど、どちらかというと5階層を一度見ておきたいんだよね」
「うぇーい。踏破狙う?」
「いや、まだだ。デロキャットの大きい奴の情報があまりないからね。これまでの方針通り、無茶や無謀なことはしない。もしデロキャットの方なら、少しだけ様子みて撤退しようと思う」
「勝てそうでもですか?」
「うん。勝てるとか関係なしに今日は引く」
これは前から決めていたこと。
僕らはまだ5階層を攻略しない。
ジョブトリオやモージャンたちも踏破していない。
何だかんだと理由を付けて、わざと踏破していない。
何がモージャンの調子がよければだ。
そんな優しい嘘に僕は騙されない。
あの子を置いてけぼりにしないためだって分かっているから。
僕らは信じている。
ルーニャンが恐怖に打ち勝つ日が来ると。
だから僕も、僕たちも今日は攻略しない。
「うぇーい。やっぱりそうなるよね」
「では、私が囮役になりますか?」
「今日は誰でもいいけど、本番の時は僕でしょ?」
「「え?」」
二人とも目を丸くしているのは心外だ。
危険な役を二人に押し付けるのは考えていない。
「うぇーい。それは駄目、一番分の悪い賭けだよ」
「そうですよ。私かラーバさんのどちらかです」
「僕そんなに役に立たない?」
「うぇーい。役に立たないじゃなくて、ヨータだと危ないじゃん」
「そうですよ。避けるのが得意なラーバさんか、力で防げる私の方が確実です」
二人の言うように、回避力のあるラーバや力で対抗できるサティアの方が囮には向いていると思う。
だけどそれだと、僕が攻撃に回るということだが、そこに不安が生じる。
自分で言うのもなんだが、ここぞというときの火力を僕は持っていない。
だからこそ、僕が囮になるつもりなのだ。
「いや、僕が危なくなったら二人とも絶対、全力出すでしょ?」
「そりゃあ、武器が壊れても構わないくらい全力出しちゃいます」
「うぇーい。あたしだって、自分が使える最強魔法を出し惜しみしないよ」
「僕はそれが一番勝率高いと思うんだ。この手だったら最下層にも通じると思う。僕は二人を信頼しているからこの手を選ぶんだ。僕がやられる前に必ず倒してくれるってね」
二人ともポカンと口を開けたまま、何も言い返せない。
「どうかな?」
「うぇーい。ヨータずるい。そんないい方されたら何も言えない」
「ずるいです」
「それに二人とも、サティアがうちにきたときに言ったこと忘れてない?」
「うぇーい。何だっけ?」
「無理・無茶・無謀はしないでしたっけ?」
確かにそれも言ったけど。
「ひどい。僕があれだけ熱を込めて言ったのにもう忘れてる」
「うぇーい。ちょ、ちょっと待って。思い出すから」
「え、ええと。何でしたっけ。一人はみんなのために、みんなは一人のためにとか、言ってたような」
サティアはよく覚えているようだけれど、肝心な言葉は思い出せないようだ。
「二人とも忘れてるようだからもう一度言っておくね。僕は死にたくないって言ったんだよ」
「「……」」
「それと仲間を死なせたくないとも言った。つまり、死ぬ覚悟で囮なんてやらないよ」
生き残るために足掻くさ。
☆
デロキャット――ゾンビ猫と言われるだけあって見た目が醜悪過ぎる。
可愛げの欠片もない。目玉が飛び出て垂れているのまでいる。
あれで生きているって言われても信じられない。
デロキャットを相手にするとき、気を付けなければいけないのが毒。
爪にはないが、噛まれると毒に侵される可能性がある。
即死性のものではないが、毒を受けると少しずつ身体が蝕まれ、手当てが遅れると重い後遺症が残ると言われていて、近づけさせないように倒すのが定石になる。
三匹目のデロキャットを倒し、ようやく翡翠の欠片を手に入れた。
今のところ、ドロップ運に恵まれていない。
「ようやく一個目だね」
「うぇーい。目的の階段まであと1時間もあれば行けそうだよ」
「4階層って狭い?」
「4階層は部屋が多いって聞きますから、部屋の面積が広いんじゃないですか?」
「うーん。少しは部屋を探索するか。お宝がリスポーンしてることもあるだろうし」
「うぇーい。マップ的に通路は合ってるけど、部屋は信用できないよ」
「お宝もあまり見つけてないです。小金貨を1枚見つけているので贅沢なことですが」
「よし、帰りに少しだけ部屋を探索することにして、先に進むことを優先しよう」
通路に伸びる石畳の上を、慎重に歩みを進めていく。
時折、むき出しの土が見えるところがあるけれど、そういうのは僕でも発見できる罠だったりする。
下手につついて発動させると、罠が連鎖発動する場合もあるので決して触らない。
ルトさんに何度も頭を叩かれながら覚えたことだ。
★
「キミは何をやってるの?」
「……済まぬ」
嫌な勘が働いて、大地神の様子を見に行ったら、禁忌を犯しかけていた。
対象に直接干渉しようとしていて、ボクは即座に妨害した。
彼女の姿が相手から見えぬように、魔力で歪め彼女の姿を遮断した。
大地神ならば、こんな軽率な行動はしない。
神は人の世に直接干渉することを原則禁止されており、それは罪になる。
人の潜在意識である夢に潜り込み警告を与えるとは、干渉そのものだ。だが、ペナルティが発動しなかったことを考えるに、存在を秘匿できたがために、神の行動と認識されなかったか。しかし、一歩間違えれば、即座に罰を受けたかもしれない。
「まあ、ルール的にギリギリセーフと判定されたみたいで良かったね。もし、これでキミがあの場で神を名乗ったなら、ペナルティが与えられただろうから。キミもペナルティがどんなものかは知ってるだろ」
「……分かっておるわ」
「気をつけてよね。ライバルとはいえ、キミに堕天してほしくないからさ」
「……魔神よ、堕天はない。陽太を慈しむことはあっても、手に入れたいとは思っておらんからな。そもそも寿命が違いすぎる。陽太の寿命など私からすれば、ほんの瞬きだ」
「分かっているならいいよ。主神の座を譲るつもりはないけど、キミとは仲良くしたいからね」
「——で、お前の疑う魅了魔法に私はかかっていたか。探っているのは分かっておる。私の身に魔力の残滓など欠片もないであろう」
……キミはやっぱりボクのライバルだ。
自分自身を疑っている。それでこそ大地神だ。
本来のキミは、ルールを守る筆頭の神で己自身に厳格だ。
ボクが感じている違和感をキミ自身も感じている。
「キミに何かしらの干渉があった形跡はないよ。魔神の名に誓う」
「そうか、ならばよい」
大地神に変わったところは見られない。
だが、禁忌を犯しかけた事実は変わらない。
今のところは、様子を見るしかない。




