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棄てられ皇子の煩悶 :不遇の皇子は運命に抗い、自らの道を切り開く!  作者: 聡明な兎
第一部 棄てられ皇子の煩悶

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オブシディア島とカタコンベ

 ルクリア海は、ヘリオロス半島とトゥルチクム半島に囲まれた内海だ。帝都(ていと)バシレイオン近くのカリュドン海峡(かいきょう)を経由してマルーナ海とつながる。

 マルーナ海は東方貿易の最前線であり、ルクリア海は中継路として重要な役割があった。


 ここでは、ヘリオロス半島から続く大小の島が点在していて、島独自の文化が発達した。

 ルクリア海南部に位置するオブシディア島は、この中で中程度の大きさの火山島だ。


 古代から「黒曜石の島」として知られ、貴重な黒曜石を産出する特別な場所とされている。

 この島では、黒曜石を使った武器や道具が重要な文化的・宗教的価値を持ち、特に「黒曜石の短剣」は神聖な儀式や戦士の象徴として用いられてきた。


 「黒曜石の短剣」は、(やみ)(つな)がる石でありながら、(のろ)いを断ち切る特別な力を持つ。それは、古来から連綿と引き継がれてきた秘伝でしか作り得ないものだった。


 僕とレべッカは、結局、ペガサスに騎乗(きじょう)してオブシディア島へ向かうことにした。

 これが外洋の絶海の孤島(ことう)だったら、無補給の飛行は不可能だ。しかし、ルクリア海に点在する島々を中継地として、島沿いに飛行すれば可能だった。


 上空からだと、マール(水蒸気爆発によってできた円形の地形)や、火砕流(かさいりゅう)堆積物(たいせきぶつ)が積み重なった台地などの火山性の地形が良く見えた。


 さすがに、町中の人目があるところに、天馬(ペガサス)で降りるわけにはいかない。

 島の中心で港があるカルキアの町の郊外(こうがい)へ降り、町へは海岸沿いを徒歩で向かう。


 港へ近づくと、ちょうど船が寄港した時間で、町は活気づいていた。

 オブシディア島は、火山性の白い岩石や砂浜とルクリア海の青い海が織りなす景色が美しい幻想的(げんそうてき)な景勝地だ。これが目当ての観光客も多い。


「新婚さん。宿はお決まりですか?」と、声をかけられた。

 まさか自分たちのことだとは思わず、やり過ごしそうになる。だが、レベッカに小突かれて気がついた。


 面と向かってみると、僕たちと同年代で気の弱そうな少女だ。

 レベッカは気味が悪いほどニコニコしている。どうやら夫婦じゃないと否定している空気じゃない。


「いや、まだだけど」

「そうですか! では、ぜひ当館にお泊まりください」


 港のもっと中央の方では、壮絶(そうぜつ)な客取り合戦になっている。あの輪には入りたくない。


「わかった。そうさせてもらうよ」

 値段交渉(こうしょう)もなしに僕が決めたものだから、彼女は一瞬キョトンとした。


「ありがとうございます! こちらです」

 人が変わったように顔をほころばすと、僕の手を取って引っ張っていく。


(商売とはいえ、客の取り合いも大変だな……)


 彼女が苦戦している姿が、目に浮かぶ。



 宿を確保した後は、夕食のため繫華街(はんかがい)のレストランへ入る。

 早速、レベッカは金色の(ひとみ)をせわしなく動かして、店内を物色している。


「ねえ、ルーカス。あれは、何?」

 レベッカが指差していたのは、素材の冷蔵ショーケースだった。採れたての海の幸が陳列(ちんれつ)されている。

 

「ああ、あれは食材を陳列(ちんれつ)しているんだね。食べたいものを指定できるんだと思うよ」

「本当に⁉」

 レベッカはショーケースへ駆け寄って、物珍しそうに観察している。


「あの大きい昆虫(こんちゅう)みたいなのは?」

「あれは海老(えび)だね。なんでも"ルクリア海の女神"と呼ぶらしいよ」


「こっちの丸いのがたくさんついている細長いのは?」

「あれは、タコの足だ」


「足? じゃあ、全身がわかるものはないの?」

「少し小さいけど、こっちのが全身だね」


「うわぁ! これ何だかぐにょぐにょしてるよ。食べられるの?」

「タコは体がグネグネしていて、骨がないんだ。だから、陸上に()げると(つぶ)れてしまうけど、傷んでいるわけじゃないから」


「そんなので、生きていけるの?」

「海の水の中だと、(つぶ)れたりしない。体の形や色まで変えられるし、すばやく動くこともできる。それで海老(えび)(かに)、小魚、 貝類なんかを捕食するんだ」


 などと、ひとしきり盛り上がった後、次の地元料理を注文する。 島では漁業も盛んなのでシーフードも多い。

 タコなどは外見から(きら)う人も多い。が、レベッカは、食に関しては積極果断だった。

 

〇スコルダリァ(ガーリックディップでパンやポテトにつける)

〇ピタラキァ(島産の山羊乳のチーズを小麦粉生地で包んで()げたパイ)

〇えびのキヌアサラダ 

(すずき)のセヴィーチェ(マリネ)

〇そら豆とタコのじっくり煮込み

〇ほうれん草入りの詰め物イカ


「おいしい!」と、レベッカは連発していた。これまでの旅で、魚介類の(とりこ)になったかもしれない。



 翌日、情報収集と表敬を兼ねて神殿を訪問する。

 (まつ)られているのは、主要一二神の一柱である火山と鍛治(かじ)の神ヴォルだ。


 建物は大きくはないが、島が一望できる小高い丘の上にある。教会の壁は白く、太陽に映えているのが印象的だ。


 大きな神殿のように格式張っていないので、司祭にはすぐに会えた。

 早速に、用向きを伝えたところ――、


「……黒曜の短剣をお求めですか。残念ながら、当神殿では管理していないのです。

 この島では、黒曜の短剣を神聖なものと(あが)める初期エレシア教徒がおりまして、そこで管理しています。古代から続く巫女(みこ)を中心とした一派です。

 ただ、なにぶん(かたく)なに古例に固執している閉鎖的な集団ですから、話を聞いてくれるかどうか……」

 初老にさしかかっている司祭は、()えない顔で汗を(ぬぐ)った。


「黒曜の短剣というのは、それほど貴重なものなのですか? 探せば帝国(ていこく)内でも数十本はあると聞きますが……」

「現存するものは、そうなります。しかし、製造する古代の秘術が失伝していまして、新しくは作れないのです。島にあった多くの短剣は島外へ流出してしまい、今は巫女(みこ)が管理する一本だけというわけです」


 この言葉が重く()しかかる。よほどのことがないと、島外へ持ち出すことは難しそうだ……。


(ならば、作れないものかな……?)


「失伝したとは、作る手がかりがまったくない、ということでしょうか?」

「一説には、カタコンベ(地下墓地)に短剣作りへ(たずさ)わった聖人ヘカテウスの墓室があり、そこに秘伝のヒントが隠されているとも聞きますが……」


 僕が気味悪がるだろうと、司祭の言いぶりにも遠慮があった。常識的にはそうだろうが、僕は墓戸(はかべ)の人間だ。墓地だからと単純に(きら)う理由はない。


(いずれ巫女(みこ)を訪問するにしても、手土産(てみやげ)があるなら、それに越したことはないだろうな……)


 レベッカへ、それとなく視線を送るが――、

「私は、かまわないわ。ルーカスの行くところなら、どこへなりとも……」と、意に介していない。

 確かに、人竜(じんりゅう)幽霊(ゆうれい)ごときを恐れるとも思えない。


「それでは、カタコンベを調べさせてもらうことは可能でしょうか?」

「入り口には(かぎ)がかかっています。それは私が管理していますので、お貸しできますが……」と、司祭は、(ひど)くためらった。


「もちろん神殿関係者の端くれとして、墓所は決していたしません」

「いえ、そういうことではなく……」


 盗掘でも疑われたと思ったが、違うようだ。


「何か、調査できない事情でも……?」

「カタコンベには、 秘宝を守るために幻惑(げんわく)蛇神(じゃしん)アスピディスが(ふう)じられていると言われています。なまじっかな覚悟(かくご)で入られても、責任を持てません」


「もちろん、調査は僕たち自身の責任で行います。責任を追及したりはいたしません」


 それから、司祭がさんざん(しぶ)ったものの、何とか(かぎ)を貸してもらえた。


 カタコンベは、千年以上前の古代都市にある神殿の地下にある。

 当時は、かなり栄えていたようで、山肌(やまはだ)(けず)って作った大きな劇場遺跡などもある。


 神殿の建物はすでに崩壊(ほうかい)していて、瓦礫(がれき)が散乱し、一部は土に()まっている。知らなければ、ここに神殿があったとは想像できない。

 

 カタコンベの入り口は、かなりしっかりと整備されていた。

 物好きな貴族(パトリキ)からの要請(ようせい)で、内部上層を見せることも往々にしてあるためだ。


 入り口は、とても狭く人一人分しかない。重厚な木製の(とびら)を開けて入る。

 途端に、地下で(よど)んだ空気のムッとする湿気(しっけ)が押し寄せ、湿(しめ)った岩石の(にお)いにカビ(しゅう)の入り混じった独特な臭気(しゅうき)が鼻を突く。


「うわぁ。私、狭いところ(きら)いだわ……」と、レベッカが憂鬱(ゆううつ)な声を()らす。

 普段、大空を駆けている彼女からしたら、無理もない。


「おそらく、ずっとこうだから、覚悟(かくご)してね」

「でしょうね」と、彼女は肩をつぼめた。


 この島のカタコンベは、多孔質(たこうしつ)火山岩の自然洞窟(どうくつ)を利用したものだ。比較的柔らかい岩なので、これを掘削(くっさく)して拡張している。

 内部の通路は人が余裕(よゆう)ですれ違える程度の幅はあり、通路の天井はアーチ状に成型されている。


 通路の両側には、アーチ状の形をした墓室が並んでいる。壁に絵や文字が残っているが、かなり劣化が進んでいる。墓室にある石棺(せっかん)も、岩石を(けず)って作られている。

 造りから見て、比較的高い身分の者の埋葬(まいそう)用のようだ。カタコンベは各地にあるが、庶民(しょみん)の信者を受け入れえているカタコンベには、人骨を累々(るいるい)と積み重ねているものもある。ここは、それらとは違って、造りが洗練されている。


「ねえ、ルーカス。どこまで行くの?」

「古い時代ほど下層にあるようだから、かなり深い階層……たぶん最下層かな」


「ええっ! そうなの⁉ いったい、どれほどあるのよ?」

 レベッカは、不満に声を張り上げた。


「人間の手で掘れる深さだからね。ここはわからないけど、一般的には三階層程度だ。でも、深く尊敬された聖人となると、もっと深い可能性が大きいかな」


「何十階層も迷路みたいに続いたりしないわよね?」

「ここは島だから、おそらくは規模が大きいとは思えない。無秩序(むちつじょ)に掘ったりしないだろうから、構造も単純だと思う」


「わかった。信じるからね。ルーカス」


 それから、カタコンベの中を見て回る。

 単純に土を掘ったよりは丈夫とはいえ、多孔質(たこうしつ)の柔らかい岩だから、一部崩落(ほうらく)しているところもあった。だが、下層への階段はなんとか無事だった。


 地下第三層までは、何事もなく順調に進めた。やはり下層へ行く方が身分の高い者が多いようだ。大きく豪華(ごうか)な墓室が増えていく。

 ただ、石棺(せっかん)はいずれも空だった。長い年月の間に盗掘に()い、装飾品を(まと)った遺体ごと持ち去られたのだろう。墓室内も金目のものは一切なく、ガランとしている。残されているのは、壁の文字や絵だけだ。


 (れい)徘徊(はいかい)しているが、雑霊(ぞうりょう)といってよく、怨霊(おんりょう)(たぐい)ではない。


 第三層で、頑丈(がんじょう)な石の(とびら)を発見した。表面に魔法陣(まほうじん)が掘られているが、古代文字を使っている。しかも、魔法陣(まほうじん)はパズルのようになっていて、読み解かないと(とびら)が開かない仕掛(しか)けになっている。


「ここから、下へ行くのかしら? まだ、下がありそうね」

「開けられた痕跡(こんせき)は、なさそうだ。やはり、古代文字のパズルは難易度が高いから……」


「ルーカス、どうする? 難しそうなら、壊しちゃおうか?」

 レベッカは、物騒なことを言う。彼女なら、石の(とびら)くらい壊せそうだが、巻き添えでカタコンベが崩壊(ほうかい)しそうだ。


「だいじょうぶ。開けられるよ」

 図書館で古代文字はさんざん読んだ。読めれば、パズルそのものは解けそうだ。


「よし、いくよ」

 (とびら)魔力(まりょく)を流すと、石がゴリゴリと(こす)れる低い音が響き、(とびら)が開いた。

 階段が続いていて、その先に暗闇(くらやみ)が広がる。どこか不気味さが充満(じゅうまん)している気配がする。


 辺りに気を配りながら、慎重に階段を降りる。

 第四階層にたどり着き、通路を進んだ。


 すると、半透明で霧状のものが前方を(ふさ)いでいる。輪郭(りんかく)曖昧(あいまい)で、ときおり(ゆが)んだ人間の顔や手が霧の中から見え隠れしている。多くの悲痛な叫び声が聞こえる。


「ルーカス。何よ、あれ? 気持ち悪い」

「壊れかけた霊魂(れいこん)の集合体のようだね……」


「何で、そんなものが?」

怨霊(おんりょう)化しても、自然にできあがるものじゃない。おそらくは、(たましい)を操作する秘術の失敗作か何かだろう」


「そんな! それは(たましい)への冒瀆(ぼうとく)よ」

「それだけ魅力的(みりょくてき)だったんだろうね。秘術なるものが……」


 霧状の(たましい)の集合体は、ゆっくりと動き出した。


「近づいてくるわよ。ルーカス!」

「生者の気配に引き寄せられているんだ。生気を取り込もうとしているんだろう」


 生気を失ったことで冷気を(まと)った結果、水蒸気が凝結(ぎょうけつ)して霧が発生しているようだ。

 霧に触れてしまったら、霊障(れいしょう)を引き起こすだけでなく、体温をも(うば)われて危険だ。見かけで温度はわからない。


 ああなってしまっては、自我が残っているかどうかは(あや)しい。しかし、可能なら昇天(しょうてん)させることが一番だろう。

 

 決断を下すと、両手を胸の前で組み、頭を少し垂れて、静かな礼拝のポーズをとった。まずは(れい)たちに対する敬意と祈りの始まりを示す。


 続いて、指で刀印を作ると空中に五芒星(ペンタグラム)を描く。これには精神を安定する力があり、護符(ごふ)の役割を果たす。


 霧状の(たましい)が接近する速度が上がる。僕の意図を察しているのか、いないのか……。


(われ)(やみ)よりの嘆きに耳を傾けり。光の名のもとに、(なんじ)らの安息を願うものなり。

 天空の光と(やみ)を支配者にして神々の女王サラよ、その慈悲(じひ)と導きをもって、彷徨(さまよ)(たましい)に救いを授けんことを()して願い(たてまつ)る――」


 詠唱(えいしょう)が始まると、カタコンベ内での不気味なざわめきが静まり、アンティーク・シンバルのような高く澄んだ神秘的な音が響き始めた。

 祈りが進むにつれ、(れい)たちの悲鳴が少しずつ消えていく……。

 天使たち(アンジェルス)が降臨し、穏やかな聖歌の合唱を始めた。僕の守護精霊の一人、権天使(アルケー)メバヒアの配下たちだ。


「――今ここに、亡骸(なきがら)は地に(かえ)り、(たましい)は天に(のぼ)らんことを。

 聖なる光よ、道を照らし(たま)え――天の光ルーメン・セレスティス!」


 空中の五芒星(ペンタグラム)(まばゆ)く輝く。

 僕は地面に(ひざ)をつき、五芒星(ペンタグラム)を中心に手のひらを大きく外側へ広げて霊力(れいりょく)を放出した。これにより(たましい)を解放し、安息の光で包み込むのだ。


 祈りに呼応するように、霧の中の(たましい)自体が青白い光を明滅(めいめつ)している。祈りに反発し、葛藤(かっとう)しているようにも見える。

 

 少しずつ動きが止まると、形を(くず)して光の粒となって消えていく。

 昇天(しょうてん)したのか、あるいは浄化(じょうか)されて消えたのかまでは、わからない。


 そして、カタコンベに再び静寂が(もど)った。


 引き続き、第四層を探索(たんさく)する。


 しばらく進むと、(あか)りの届かない暗闇(くらやみ)の中から、かすかな音が通路内に響いた。

 いったん足を止め警戒するが、敵の気配は(とら)えられない。音も止まっている。


 そのまま警戒を(ゆる)めずに、通路を進む。

 すると、かすかな音が聞き取れるようになった。石の壁を金属でひっかく音、断末魔(だんまつま)の叫び声、(あざけ)嘲笑(ちょうしょう)など、生理的・心理的に不快な音だ。


 精神攻撃による幻聴(げんちょう)を疑う。


「レベッカさん。聞こえてる?」

「うん。(いや)な音ね」


 本当に音がしているのか……が、二人とも幻聴(げんちょう)を聞いている線も捨てきれない。


 さらに進むと、無数の声が聞こえてくるようになった。

 音源は、(あか)りが届かない暗闇(くらやみ)のほか、近くは壁の亀裂(きれつ)の中だろうか? とにかく、音源の正体がつかめない。


「苦しい! 苦しい! こんなに(つら)いのに、ルーカスは手を(こまね)いてる。私のことなんて、どうでもいいんだわ」

 無数の声の中から、ここにいないはずのイリスの声が聞こえた。


「若様は、私を見捨てた。情け知らずの人非人(にんぴにん)よ」

 今度はリリアの声だ。

 

 心配になって振り返ると、レベッカが耳を(ふさ)いでうずくまっている。

 

「レべッカさん。いったん(もど)ろう!」

  

 彼女の手を取り、強引にもと来た道を引き返す。


 音が聞こえないところまで来て、足を止めた。

 ハアハアと、二人とも息が荒い。


「あんなもの、どうしたらいいのよ⁉」

 と、レベッカは苛立(いらだ)ちを(あら)わにした。


「まいったね。あれは不本意に亡くなった人たちの苦悩の声の残滓(ざんし)(れいてき)的な力を得たのだろう。強い無念の情がこもっているから、心の奥まで届くんだ」

 正体に察しはついたものの、ハアとため息をついた。


「ルーカスが、何とかしてよ」

「そう言われてもなあ……あれは霊魂(れいこん)じゃないから、昇天(しょうてん)はさせられないし……」


 落胆(らくたん)で、眉尻(まゆじり)が下がってしまう。そこへ突然――、


「はっはっはぁ! ざまあねえぜ」と笑われた方を見ると、探索者(たんさくしゃ)の装いをした老人――の霊だった。

 おそらくは、死んだことを自覚できていない浮遊霊(ふゆうれい)だ。古代の(れい)ではないらしく、生身のようなリアリティーがある。


 悪霊ではない様子なので、普通に会話を試みる。

探索者(たんさくしゃ)の方でしたか。ベテランとお見受けしましたが、先輩は例の音への対策をご存じで?」

「あたりめえだ、べらぼうめ。あれはなあ、アナフェオラの(すず)()(しず)めるんだ」


「そうでしたか。で、その(すず)は、今どちらに?」

「そりゃあ、おめえ……俺の胸のポケットに……おらっ?」

 探索者(たんさくしゃ)(れい)は、服を触って探し始めた……が、当然出てくるはずがない。もう死んでいるのだから。


「大丈夫です。(すず)くらいは、自力で探してみますから」

「おう。頑張(がんば)れよ、新人!」

 

 おそらくは、この層のどこかに彼の遺体があるはず。そこから拝借させてもらおう。

 第四層の入り口は、先行者がいないように見えた。しかし、千年以上もの時間があったら、何十人かは侵入できたのだろう。


 探してみた結果、彼の遺体は通路にはなく、ある墓室内の石棺(せっかん)に横たえられていた。盗掘後の(はいぶつ)物利用で、(だれ)かが(ほうむ)ったのだろう。

 彼の右胸のポケットに、小さな銀の(すず)が入っていた。古くなって輝きはくすんでいるが、神聖な力を確かに感じる。


 試しに鳴らしてみると――、

チリン――と甲高(かんだか)く澄んだ神聖な響きが、天に(のぼ)っていくかのようだ。


 おかげで、例の音のエリアは難なく突破できた。


 そして、第五層への(とびら)が見えた……、

 すると突然、ボロボロの長いローブをまとった巨大な骸骨(がいこつ)が立ちふさがった。不死者(アンデッド)の一種、骸骨兵(スケルトン)だ。眼窩(がんか)には赤い光が宿り、手に巨大な(おの)を持つている。なぜか、全身が灰と(すす)(おお)われている。


 いつでも黒鉄の剣”黒炎(ニグラフランマ)”が抜けるよう低く構える。


 骸骨兵(スケルトン)は、(おの)を構えると先端を僕へ向けた。

(われ)は、聖人ヘカテウスの一番弟子デキムス様に創られし守護者、灰の番人。侵入者よ。この先に進むなら、目的を告げよ」


 見境なく襲ってくる怪物(かいぶつ)を想像していただけに、会話が通じそうなのは意外だ。


「僕は、大切な人にかけられた古代の(のろ)いを解きたい。それに必要な"黒曜の短剣"を作る秘術を求めて、ここに来た」


 一瞬の間があって、僕を不安にさせた。

 

「"黒曜の短剣"を何に使わんと欲す?」

「もちろん、(のろ)いを断ち切るために使う」


 また、一瞬の間が……、

「不可なり。(なんじ)、"黒曜の短剣"の何たるかを理解しておらず!」

 

 骸骨兵(スケルトン)が突然そう叫ぶと、眼窩(がんか)の赤色が(あや)しく輝く。


 そして、(おの)を鋭く降りぬいた。だが、それは僕への攻撃ではない……、

 ビュッ! と、(とが)った風切り音とともに、灰の(あらし)が僕たちを襲う。


 灰は、正者の生気を(うば)うものだった。灰まみれになり動くこともままならない。このままでは、徐々(じょじょ)に体力を(うば)われて死に至る。また、(おの)の一撃で粉々にされる危険もある。


 活路を求め、手のひらで(おお)って口を灰から守りながら詠唱(えいしょう)する。


風精霊(シルフィード)セレスティアよ、(われ)に力を貸せ――」


 中空に風が集まり、渦巻(うずま)くような力が形を取り始める。セレスティアが現れると、その白い髪と青い(ひとみ)が輝き、周囲に聖なる風が広がった。


「――()が声を聞け、大気の流れよ! 腐敗と(ほろ)びの灰に(あらが)い、その力を浄化(じょうか)せよ! ――」


 風がさらに強まり、鋭い音を立てて(あらし)のように舞い上がる。その風は浄化の清らかさを秘めている。


「――空の果てから来たりし力、清浄(せいじょう)なる(あらし)を呼び起こせ! 我らを(おお)わんとする死の灰を、風と空の名において(ぬぐ)い去れ! ――」


 精霊(せいれい)の加護を受けた風が灰を取り囲むように渦巻(うずま)き、灰が巻きあがり始める。


「――大気の精霊(せいれい)よ。浄化(じょうか)(やいば)を掲げ、灰を還元(かんげん)せよ! 風よ、(はら)え!

 世々(よよ)限りなきエレシアと神々の統合のもと、実存(じつぞん)し、 君臨する風と空の神カイラを通じ、ルーカスが命ずる。灰払の嵐ヴェントゥス・アッシュ・クリアトール!」


 詠唱(えいしょう)の完了とともに、風が爆発的に広がり、灰の(あらし)が四方に散らされる。邪悪(じゃあく)な気配が浄化(じょうか)され、空気が澄み渡る。

 灰の番人、骸骨兵(スケルトン)は、灰が吹き飛ばされて素の骨をさらけ出している。ボロボロだったローブは引きちぎれて布の断片が残るばかりだ。


 浄化(じょうか)の風は、骸骨兵(スケルトン)自身をも浄化(じょうか)していた。

 過去に訪れた探索者(たんさくしゃ)から(うば)ったであろう生気は、天空へと還元(かんげん)された。


 骸骨(がいこつ)の骨は急激に劣化し、いたるところにひび割れが生じていた。骸骨兵(スケルトン)は力尽きて、その場にガックリと(ひざ)を突く。


 本人の申告どおり骸骨兵(スケルトン)が守護者ならば、ここはトドメを刺さないのがいい。


「悪いが、通らせてもらう」

 ヨロヨロで動けない骸骨兵(スケルトン)(わき)を通り、第五階層への(とびら)へ向かう。


「おまえごときが、ルーカスに勝てるはずないでしょ。この、身のほど知らず!」

 レベッカも、骸骨兵(スケルトン)(けな)しながら通り過ぎる。


「黒曜の短剣は、単なる道具ではない。神と大地の力を宿した神器だ。努々(ゆめゆめ)忘れるな」

 

 骸骨兵(スケルトン)は、最後の力を振り(しぼ)って警告を発すると、その場に(くず)れ落ちた。

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