オブシディア島とカタコンベ
ルクリア海は、ヘリオロス半島とトゥルチクム半島に囲まれた内海だ。帝都バシレイオン近くのカリュドン海峡を経由してマルーナ海とつながる。
マルーナ海は東方貿易の最前線であり、ルクリア海は中継路として重要な役割があった。
ここでは、ヘリオロス半島から続く大小の島が点在していて、島独自の文化が発達した。
ルクリア海南部に位置するオブシディア島は、この中で中程度の大きさの火山島だ。
古代から「黒曜石の島」として知られ、貴重な黒曜石を産出する特別な場所とされている。
この島では、黒曜石を使った武器や道具が重要な文化的・宗教的価値を持ち、特に「黒曜石の短剣」は神聖な儀式や戦士の象徴として用いられてきた。
「黒曜石の短剣」は、闇と繋がる石でありながら、呪いを断ち切る特別な力を持つ。それは、古来から連綿と引き継がれてきた秘伝でしか作り得ないものだった。
僕とレべッカは、結局、ペガサスに騎乗してオブシディア島へ向かうことにした。
これが外洋の絶海の孤島だったら、無補給の飛行は不可能だ。しかし、ルクリア海に点在する島々を中継地として、島沿いに飛行すれば可能だった。
上空からだと、マール(水蒸気爆発によってできた円形の地形)や、火砕流堆積物が積み重なった台地などの火山性の地形が良く見えた。
さすがに、町中の人目があるところに、天馬で降りるわけにはいかない。
島の中心で港があるカルキアの町の郊外へ降り、町へは海岸沿いを徒歩で向かう。
港へ近づくと、ちょうど船が寄港した時間で、町は活気づいていた。
オブシディア島は、火山性の白い岩石や砂浜とルクリア海の青い海が織りなす景色が美しい幻想的な景勝地だ。これが目当ての観光客も多い。
「新婚さん。宿はお決まりですか?」と、声をかけられた。
まさか自分たちのことだとは思わず、やり過ごしそうになる。だが、レベッカに小突かれて気がついた。
面と向かってみると、僕たちと同年代で気の弱そうな少女だ。
レベッカは気味が悪いほどニコニコしている。どうやら夫婦じゃないと否定している空気じゃない。
「いや、まだだけど」
「そうですか! では、ぜひ当館にお泊まりください」
港のもっと中央の方では、壮絶な客取り合戦になっている。あの輪には入りたくない。
「わかった。そうさせてもらうよ」
値段交渉もなしに僕が決めたものだから、彼女は一瞬キョトンとした。
「ありがとうございます! こちらです」
人が変わったように顔をほころばすと、僕の手を取って引っ張っていく。
(商売とはいえ、客の取り合いも大変だな……)
彼女が苦戦している姿が、目に浮かぶ。
宿を確保した後は、夕食のため繫華街のレストランへ入る。
早速、レベッカは金色の瞳をせわしなく動かして、店内を物色している。
「ねえ、ルーカス。あれは、何?」
レベッカが指差していたのは、素材の冷蔵ショーケースだった。採れたての海の幸が陳列されている。
「ああ、あれは食材を陳列しているんだね。食べたいものを指定できるんだと思うよ」
「本当に⁉」
レベッカはショーケースへ駆け寄って、物珍しそうに観察している。
「あの大きい昆虫みたいなのは?」
「あれは海老だね。なんでも"ルクリア海の女神"と呼ぶらしいよ」
「こっちの丸いのがたくさんついている細長いのは?」
「あれは、タコの足だ」
「足? じゃあ、全身がわかるものはないの?」
「少し小さいけど、こっちのが全身だね」
「うわぁ! これ何だかぐにょぐにょしてるよ。食べられるの?」
「タコは体がグネグネしていて、骨がないんだ。だから、陸上に揚げると潰れてしまうけど、傷んでいるわけじゃないから」
「そんなので、生きていけるの?」
「海の水の中だと、潰れたりしない。体の形や色まで変えられるし、すばやく動くこともできる。それで海老、蟹、小魚、 貝類なんかを捕食するんだ」
などと、ひとしきり盛り上がった後、次の地元料理を注文する。 島では漁業も盛んなのでシーフードも多い。
タコなどは外見から嫌う人も多い。が、レベッカは、食に関しては積極果断だった。
〇スコルダリァ(ガーリックディップでパンやポテトにつける)
〇ピタラキァ(島産の山羊乳のチーズを小麦粉生地で包んで揚げたパイ)
〇えびのキヌアサラダ
〇鱸のセヴィーチェ(マリネ)
〇そら豆とタコのじっくり煮込み
〇ほうれん草入りの詰め物イカ
「おいしい!」と、レベッカは連発していた。これまでの旅で、魚介類の虜になったかもしれない。
翌日、情報収集と表敬を兼ねて神殿を訪問する。
祀られているのは、主要一二神の一柱である火山と鍛治の神ヴォルだ。
建物は大きくはないが、島が一望できる小高い丘の上にある。教会の壁は白く、太陽に映えているのが印象的だ。
大きな神殿のように格式張っていないので、司祭にはすぐに会えた。
早速に、用向きを伝えたところ――、
「……黒曜の短剣をお求めですか。残念ながら、当神殿では管理していないのです。
この島では、黒曜の短剣を神聖なものと崇める初期エレシア教徒がおりまして、そこで管理しています。古代から続く巫女を中心とした一派です。
ただ、なにぶん頑なに古例に固執している閉鎖的な集団ですから、話を聞いてくれるかどうか……」
初老にさしかかっている司祭は、冴えない顔で汗を拭った。
「黒曜の短剣というのは、それほど貴重なものなのですか? 探せば帝国内でも数十本はあると聞きますが……」
「現存するものは、そうなります。しかし、製造する古代の秘術が失伝していまして、新しくは作れないのです。島にあった多くの短剣は島外へ流出してしまい、今は巫女が管理する一本だけというわけです」
この言葉が重く伸しかかる。よほどのことがないと、島外へ持ち出すことは難しそうだ……。
(ならば、作れないものかな……?)
「失伝したとは、作る手がかりがまったくない、ということでしょうか?」
「一説には、カタコンベ(地下墓地)に短剣作りへ携わった聖人ヘカテウスの墓室があり、そこに秘伝のヒントが隠されているとも聞きますが……」
僕が気味悪がるだろうと、司祭の言いぶりにも遠慮があった。常識的にはそうだろうが、僕は墓戸の人間だ。墓地だからと単純に嫌う理由はない。
(いずれ巫女を訪問するにしても、手土産があるなら、それに越したことはないだろうな……)
レベッカへ、それとなく視線を送るが――、
「私は、かまわないわ。ルーカスの行くところなら、どこへなりとも……」と、意に介していない。
確かに、人竜が幽霊ごときを恐れるとも思えない。
「それでは、カタコンベを調べさせてもらうことは可能でしょうか?」
「入り口には鍵がかかっています。それは私が管理していますので、お貸しできますが……」と、司祭は、酷くためらった。
「もちろん神殿関係者の端くれとして、墓所は決していたしません」
「いえ、そういうことではなく……」
盗掘でも疑われたと思ったが、違うようだ。
「何か、調査できない事情でも……?」
「カタコンベには、 秘宝を守るために幻惑の蛇神アスピディスが封じられていると言われています。なまじっかな覚悟で入られても、責任を持てません」
「もちろん、調査は僕たち自身の責任で行います。責任を追及したりはいたしません」
それから、司祭がさんざん渋ったものの、何とか鍵を貸してもらえた。
カタコンベは、千年以上前の古代都市にある神殿の地下にある。
当時は、かなり栄えていたようで、山肌を削って作った大きな劇場遺跡などもある。
神殿の建物はすでに崩壊していて、瓦礫が散乱し、一部は土に埋まっている。知らなければ、ここに神殿があったとは想像できない。
カタコンベの入り口は、かなりしっかりと整備されていた。
物好きな貴族からの要請で、内部上層を見せることも往々にしてあるためだ。
入り口は、とても狭く人一人分しかない。重厚な木製の扉を開けて入る。
途端に、地下で淀んだ空気のムッとする湿気が押し寄せ、湿った岩石の臭いにカビ臭の入り混じった独特な臭気が鼻を突く。
「うわぁ。私、狭いところ嫌いだわ……」と、レベッカが憂鬱な声を漏らす。
普段、大空を駆けている彼女からしたら、無理もない。
「おそらく、ずっとこうだから、覚悟してね」
「でしょうね」と、彼女は肩をつぼめた。
この島のカタコンベは、多孔質火山岩の自然洞窟を利用したものだ。比較的柔らかい岩なので、これを掘削して拡張している。
内部の通路は人が余裕ですれ違える程度の幅はあり、通路の天井はアーチ状に成型されている。
通路の両側には、アーチ状の形をした墓室が並んでいる。壁に絵や文字が残っているが、かなり劣化が進んでいる。墓室にある石棺も、岩石を削って作られている。
造りから見て、比較的高い身分の者の埋葬用のようだ。カタコンベは各地にあるが、庶民の信者を受け入れえているカタコンベには、人骨を累々と積み重ねているものもある。ここは、それらとは違って、造りが洗練されている。
「ねえ、ルーカス。どこまで行くの?」
「古い時代ほど下層にあるようだから、かなり深い階層……たぶん最下層かな」
「ええっ! そうなの⁉ いったい、どれほどあるのよ?」
レベッカは、不満に声を張り上げた。
「人間の手で掘れる深さだからね。ここはわからないけど、一般的には三階層程度だ。でも、深く尊敬された聖人となると、もっと深い可能性が大きいかな」
「何十階層も迷路みたいに続いたりしないわよね?」
「ここは島だから、おそらくは規模が大きいとは思えない。無秩序に掘ったりしないだろうから、構造も単純だと思う」
「わかった。信じるからね。ルーカス」
それから、カタコンベの中を見て回る。
単純に土を掘ったよりは丈夫とはいえ、多孔質の柔らかい岩だから、一部崩落しているところもあった。だが、下層への階段はなんとか無事だった。
地下第三層までは、何事もなく順調に進めた。やはり下層へ行く方が身分の高い者が多いようだ。大きく豪華な墓室が増えていく。
ただ、石棺はいずれも空だった。長い年月の間に盗掘に遭い、装飾品を纏った遺体ごと持ち去られたのだろう。墓室内も金目のものは一切なく、ガランとしている。残されているのは、壁の文字や絵だけだ。
霊も徘徊しているが、雑霊といってよく、怨霊の類ではない。
第三層で、頑丈な石の扉を発見した。表面に魔法陣が掘られているが、古代文字を使っている。しかも、魔法陣はパズルのようになっていて、読み解かないと扉が開かない仕掛けになっている。
「ここから、下へ行くのかしら? まだ、下がありそうね」
「開けられた痕跡は、なさそうだ。やはり、古代文字のパズルは難易度が高いから……」
「ルーカス、どうする? 難しそうなら、壊しちゃおうか?」
レベッカは、物騒なことを言う。彼女なら、石の扉くらい壊せそうだが、巻き添えでカタコンベが崩壊しそうだ。
「だいじょうぶ。開けられるよ」
図書館で古代文字はさんざん読んだ。読めれば、パズルそのものは解けそうだ。
「よし、いくよ」
扉に魔力を流すと、石がゴリゴリと擦れる低い音が響き、扉が開いた。
階段が続いていて、その先に暗闇が広がる。どこか不気味さが充満している気配がする。
辺りに気を配りながら、慎重に階段を降りる。
第四階層にたどり着き、通路を進んだ。
すると、半透明で霧状のものが前方を塞いでいる。輪郭が曖昧で、ときおり歪んだ人間の顔や手が霧の中から見え隠れしている。多くの悲痛な叫び声が聞こえる。
「ルーカス。何よ、あれ? 気持ち悪い」
「壊れかけた霊魂の集合体のようだね……」
「何で、そんなものが?」
「怨霊化しても、自然にできあがるものじゃない。おそらくは、魂を操作する秘術の失敗作か何かだろう」
「そんな! それは魂への冒瀆よ」
「それだけ魅力的だったんだろうね。秘術なるものが……」
霧状の魂の集合体は、ゆっくりと動き出した。
「近づいてくるわよ。ルーカス!」
「生者の気配に引き寄せられているんだ。生気を取り込もうとしているんだろう」
生気を失ったことで冷気を纏った結果、水蒸気が凝結して霧が発生しているようだ。
霧に触れてしまったら、霊障を引き起こすだけでなく、体温をも奪われて危険だ。見かけで温度はわからない。
ああなってしまっては、自我が残っているかどうかは怪しい。しかし、可能なら昇天させることが一番だろう。
決断を下すと、両手を胸の前で組み、頭を少し垂れて、静かな礼拝のポーズをとった。まずは霊たちに対する敬意と祈りの始まりを示す。
続いて、指で刀印を作ると空中に五芒星を描く。これには精神を安定する力があり、護符の役割を果たす。
霧状の魂が接近する速度が上がる。僕の意図を察しているのか、いないのか……。
「我、闇よりの嘆きに耳を傾けり。光の名のもとに、汝らの安息を願うものなり。
天空の光と闇を支配者にして神々の女王サラよ、その慈悲と導きをもって、彷徨う魂に救いを授けんことを伏して願い奉る――」
詠唱が始まると、カタコンベ内での不気味なざわめきが静まり、アンティーク・シンバルのような高く澄んだ神秘的な音が響き始めた。
祈りが進むにつれ、霊たちの悲鳴が少しずつ消えていく……。
天使たちが降臨し、穏やかな聖歌の合唱を始めた。僕の守護精霊の一人、権天使メバヒアの配下たちだ。
「――今ここに、亡骸は地に還り、魂は天に昇らんことを。
聖なる光よ、道を照らし給え――天の光!」
空中の五芒星が眩く輝く。
僕は地面に膝をつき、五芒星を中心に手のひらを大きく外側へ広げて霊力を放出した。これにより魂を解放し、安息の光で包み込むのだ。
祈りに呼応するように、霧の中の魂自体が青白い光を明滅している。祈りに反発し、葛藤しているようにも見える。
少しずつ動きが止まると、形を崩して光の粒となって消えていく。
昇天したのか、あるいは浄化されて消えたのかまでは、わからない。
そして、カタコンベに再び静寂が戻った。
引き続き、第四層を探索する。
しばらく進むと、灯りの届かない暗闇の中から、かすかな音が通路内に響いた。
いったん足を止め警戒するが、敵の気配は捉えられない。音も止まっている。
そのまま警戒を緩めずに、通路を進む。
すると、かすかな音が聞き取れるようになった。石の壁を金属でひっかく音、断末魔の叫び声、嘲る嘲笑など、生理的・心理的に不快な音だ。
精神攻撃による幻聴を疑う。
「レベッカさん。聞こえてる?」
「うん。嫌な音ね」
本当に音がしているのか……が、二人とも幻聴を聞いている線も捨てきれない。
さらに進むと、無数の声が聞こえてくるようになった。
音源は、灯りが届かない暗闇のほか、近くは壁の亀裂の中だろうか? とにかく、音源の正体がつかめない。
「苦しい! 苦しい! こんなに辛いのに、ルーカスは手を拱いてる。私のことなんて、どうでもいいんだわ」
無数の声の中から、ここにいないはずのイリスの声が聞こえた。
「若様は、私を見捨てた。情け知らずの人非人よ」
今度はリリアの声だ。
心配になって振り返ると、レベッカが耳を塞いでうずくまっている。
「レべッカさん。いったん戻ろう!」
彼女の手を取り、強引にもと来た道を引き返す。
音が聞こえないところまで来て、足を止めた。
ハアハアと、二人とも息が荒い。
「あんなもの、どうしたらいいのよ⁉」
と、レベッカは苛立ちを露わにした。
「まいったね。あれは不本意に亡くなった人たちの苦悩の声の残滓が霊的な力を得たのだろう。強い無念の情がこもっているから、心の奥まで届くんだ」
正体に察しはついたものの、ハアとため息をついた。
「ルーカスが、何とかしてよ」
「そう言われてもなあ……あれは霊魂じゃないから、昇天はさせられないし……」
落胆で、眉尻が下がってしまう。そこへ突然――、
「はっはっはぁ! ざまあねえぜ」と笑われた方を見ると、探索者の装いをした老人――の霊だった。
おそらくは、死んだことを自覚できていない浮遊霊だ。古代の霊ではないらしく、生身のようなリアリティーがある。
悪霊ではない様子なので、普通に会話を試みる。
「探索者の方でしたか。ベテランとお見受けしましたが、先輩は例の音への対策をご存じで?」
「あたりめえだ、べらぼうめ。あれはなあ、アナフェオラの鈴の音で鎮めるんだ」
「そうでしたか。で、その鈴は、今どちらに?」
「そりゃあ、おめえ……俺の胸のポケットに……おらっ?」
探索者の霊は、服を触って探し始めた……が、当然出てくるはずがない。もう死んでいるのだから。
「大丈夫です。鈴くらいは、自力で探してみますから」
「おう。頑張れよ、新人!」
おそらくは、この層のどこかに彼の遺体があるはず。そこから拝借させてもらおう。
第四層の入り口は、先行者がいないように見えた。しかし、千年以上もの時間があったら、何十人かは侵入できたのだろう。
探してみた結果、彼の遺体は通路にはなく、ある墓室内の石棺に横たえられていた。盗掘後の廃物利用で、誰かが葬ったのだろう。
彼の右胸のポケットに、小さな銀の鈴が入っていた。古くなって輝きはくすんでいるが、神聖な力を確かに感じる。
試しに鳴らしてみると――、
チリン――と甲高く澄んだ神聖な響きが、天に昇っていくかのようだ。
おかげで、例の音のエリアは難なく突破できた。
そして、第五層への扉が見えた……、
すると突然、ボロボロの長いローブをまとった巨大な骸骨が立ちふさがった。不死者の一種、骸骨兵だ。眼窩には赤い光が宿り、手に巨大な斧を持つている。なぜか、全身が灰と煤に覆われている。
いつでも黒鉄の剣”黒炎”が抜けるよう低く構える。
骸骨兵は、斧を構えると先端を僕へ向けた。
「我は、聖人ヘカテウスの一番弟子デキムス様に創られし守護者、灰の番人。侵入者よ。この先に進むなら、目的を告げよ」
見境なく襲ってくる怪物を想像していただけに、会話が通じそうなのは意外だ。
「僕は、大切な人にかけられた古代の呪いを解きたい。それに必要な"黒曜の短剣"を作る秘術を求めて、ここに来た」
一瞬の間があって、僕を不安にさせた。
「"黒曜の短剣"を何に使わんと欲す?」
「もちろん、呪いを断ち切るために使う」
また、一瞬の間が……、
「不可なり。汝、"黒曜の短剣"の何たるかを理解しておらず!」
骸骨兵が突然そう叫ぶと、眼窩の赤色が怪しく輝く。
そして、斧を鋭く降りぬいた。だが、それは僕への攻撃ではない……、
ビュッ! と、尖った風切り音とともに、灰の嵐が僕たちを襲う。
灰は、正者の生気を奪うものだった。灰まみれになり動くこともままならない。このままでは、徐々に体力を奪われて死に至る。また、斧の一撃で粉々にされる危険もある。
活路を求め、手のひらで覆って口を灰から守りながら詠唱する。
「風精霊セレスティアよ、我に力を貸せ――」
中空に風が集まり、渦巻くような力が形を取り始める。セレスティアが現れると、その白い髪と青い瞳が輝き、周囲に聖なる風が広がった。
「――我が声を聞け、大気の流れよ! 腐敗と滅びの灰に抗い、その力を浄化せよ! ――」
風がさらに強まり、鋭い音を立てて嵐のように舞い上がる。その風は浄化の清らかさを秘めている。
「――空の果てから来たりし力、清浄なる嵐を呼び起こせ! 我らを覆わんとする死の灰を、風と空の名において拭い去れ! ――」
精霊の加護を受けた風が灰を取り囲むように渦巻き、灰が巻きあがり始める。
「――大気の精霊よ。浄化の刃を掲げ、灰を還元せよ! 風よ、祓え!
世々限りなきエレシアと神々の統合のもと、実存し、 君臨する風と空の神カイラを通じ、ルーカスが命ずる。灰払の嵐!」
詠唱の完了とともに、風が爆発的に広がり、灰の嵐が四方に散らされる。邪悪な気配が浄化され、空気が澄み渡る。
灰の番人、骸骨兵は、灰が吹き飛ばされて素の骨をさらけ出している。ボロボロだったローブは引きちぎれて布の断片が残るばかりだ。
浄化の風は、骸骨兵自身をも浄化していた。
過去に訪れた探索者から奪ったであろう生気は、天空へと還元された。
骸骨の骨は急激に劣化し、いたるところにひび割れが生じていた。骸骨兵は力尽きて、その場にガックリと膝を突く。
本人の申告どおり骸骨兵が守護者ならば、ここはトドメを刺さないのがいい。
「悪いが、通らせてもらう」
ヨロヨロで動けない骸骨兵の脇を通り、第五階層への扉へ向かう。
「おまえごときが、ルーカスに勝てるはずないでしょ。この、身のほど知らず!」
レベッカも、骸骨兵を貶しながら通り過ぎる。
「黒曜の短剣は、単なる道具ではない。神と大地の力を宿した神器だ。努々忘れるな」
骸骨兵は、最後の力を振り絞って警告を発すると、その場に崩れ落ちた。




