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棄てられ皇子の煩悶 :不遇の皇子は運命に抗い、自らの道を切り開く!  作者: 聡明な兎
第一部 棄てられ皇子の煩悶

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エレシュポロンの市場

 イリスは、ときおり村に顔を見せているが、大半を僕の屋敷で過ごしている。

 その心情を、どうくみ取ったものか? 村で過ごしていたとき、僕は思いの丈を吐露(とろ)したし、それに深く同情してくれていたことはわかる。同情が好意に変わったと? なんとも忖度(そんたく)しがたい。


 ソフィアは、結婚宣言をするほど僕に(なつ)いている。イリスをライバル視して不仲になるかと懸念(けねん)したが、的外れだった。二人は親密そうにヒソヒソ話をしている。いったい、何を話しているのやら……?


「イリスさん。私、兄さまの第二夫人か、第三夫人あたりを(ねら)っているの。よろしくね」

「それは、気心が知れている仲だから、いいかもしれませんね」

 

「イリスさんは、『兄妹なのに』って言わないのね。エルフは兄妹でも結婚できるの?」

「そんなことはないわ。ルーカスが養子だっていう話は、聞いていたから……」


「へえー。兄さまは、イリスさんのことを、よほど信用しているのね」

「そう……なのかな?」


「イリスさんは、兄さまのことが好きなんでしょう。結婚したいの?」

「そうねえ……できれば」


「できれば……って?」

「種族が違うし、私個人の事情もあるから、簡単にはいかないかな?」


 ――これは! 自称(よめ)候補どうしの談合じゃないか?


 会話を()れ聞いた僕は、反則だと思った。でも、喧嘩(けんか)されるよりも、ずっとましか……。





 

 イリスは気晴らしに町へ出かけたりしているが、やはり放置するのは気が引ける。

 試しに図書館へ入れないか試してみた。一階の図書室は、僕が招き入れればイリスも入れるようだ。だが、地下は無理だった。


 イリスは、人間が読む本を興味深そうに(なが)めている。

 この図書館へ所蔵する本にタブーはない。どんな低俗な本であれ、当代に発行されたものは、全て所蔵されている。犯罪を助長するようなもの、邪教(じゃきょう)の書、官能小説や性行為の露骨な指南書まで……。それを考えるとヒヤヒヤものだ。


 結局、イリスは恋愛小説を見つけ、夢中で読んでいる。とはいえ、恋愛小説と官能小説の境界線は曖昧(あいまい)だ。かなり露骨(ろこつ)()れ場もあったりするのだが……。


「イリスさんは、まだしばらく読んでいるよね」

「ええ。そうするわ」

 

「じゃあ、僕は地下に行ってくるね。切れのいいところで(もど)ってくるから」

「うん。わかった」


 これは放置にならないのかと疑問をいただきつつも、僕は地下へ向かう。

 下の階層へは順調に進めているが、根を詰めると、脳がヒートアップを起こす。そんなときは、一階へ(もど)ってイリスに顔を見せる。


 いつものように、椅子(いす)を並べて横になった。


「ルーカス、つらいの?」

「一気読みすると、知恵熱が出るんだ。子どもみたいだよね。ははっ……」


「ねえ……膝枕(ひざまくら)、してあげようか?」


 イリスは、少し上目遣いにそう言った。その声は、不思議なまでに柔らかで、蠱惑(こわく)的な(つや)を感じる。優しさの中にほんの少しだけ緊張(きんちょう)(にじ)ませていた。

 不意打ちだったので、ドキリとした。彼女には、清純で無垢(むく)なイメージを描いていたからだ。

 僕は欲望に勝てそうもない。エレシアと交わって強くなった欲望の中で、性欲が一番制御しにくい。とはいえ……、


「それじゃ、寝にくいでしょ?」

 彼女の(ひざ)(さそ)われるように視線が吸い寄せられる……その白く柔らかなラインに思わず息を飲んだ。


「いいのかな?」

「なに遠慮しているのよ。今さら……」


 確かに、彼女へは、普通なら人に言えないことまでさらけ出している。それに比べれば……。しかし、甘えて、もたれかかって……他人に、そこまで依存してしまっていいのだろうか?


「では、お言葉に甘えて……」


 柔らかい太ももの感触、心地よい人肌(ひとはだ)の温もり、そして異性の発するオーラ……。


 ――異性の発するオーラには、(いや)しの力があるのだな……。


 僕は、それを実感した。

 気持ちよくなって、ウトウトしながら薄目を開けて、イリスの表情を(うかが)った。(かす)かに口角を上げた聖母のような上品な笑み。これで撃沈されない男がいるなら、見てみたいものだ。

 これを自然とできてしまう女の母性の(すご)みを思わずにいられない。逆立ちしても、男にはできないことだ。




     ◆




 ある日、朝食の席でイリスが目を輝かせて言った。

「ねえ、ルーカス。今日は、エレシュポロンの町で市が立つ日なんでしょう。図書館ばかりでは()きるから、一緒(いっしょ)にいきましょうよ」


 家族の視線が、一斉(いっせい)に僕に集まる。

 義父アレクサンドロスは肯定的(こうていてき)。女性の頼みは素直に受け入れるのが男のかい性だ、と言わんばかり。

 義母エレナの方は、わずかに(うれ)いを含んでいる。イリスとは、ずいぶんと親密な仲にはなった。だが、溺愛(できあいi)する息子を取られる気分が(ぬぐ)えないのか……?


「ああ、そういえば初めてだったね。案内するよ。外からもたくさん人が来るし、人混みは物騒だからね」

 養父母の見る目もあるが、いろいろ世話になった手前、彼女には少しでも報いてやりたい。


「兄さま。私も一緒(いっしょ)に行きたいです。邪魔(じゃま)はしないので」

 妹のソフィアが元気に手を上げた。

 その下の妹で八歳のヘレネーは、それを(うらや)ましそうに見ている。


 結局、ソフィアとヘレネーも同行することになった。


 弟で一〇歳のアレスは友達と行くという。イリスと向き合うのが、まだ照れくさいようだ。

 末娘で五歳のカサンドラは小さくて、まだ意味がわかっていない様子だ。




 町は、朝から人でごった返していた。

 目ぼしい空き場所があれば、露天商が店を広げ、道も狭い。

 簡易なテントを広げ、立体的に商品を陳列(ちんれつ)する者もいれば、地べたに布を広げるだけの者もいる。

 

 通行人の多数を占める平民(プレブス)(ねら)いは、露天商から掘り出し物を見つけ出すこと。とはいえ、悪質なまがい物も多いのが実情だ。


 比較的裕福(ゆうふく)な者は、荷物持ちとして奴隷(ドゥーロス)を引き連れている。その気合いの入れようには感心する。


 僕たちは気張らずに、娯楽(ごらく)の一つだと割り切って楽しみながら見物していく。


 イリスが、ある露天商の前で足を止めた。

「ねえ、見て。あのペンダント、すてき! 深くて魅力的(みりょくてき)翠緑(すいりょく)だわ。翠緑玉(エメラルド)なのかしら?」


 露天商はねずみ色のヨレヨレのローブを着ていて、みすぼらしい。顔立ちは、明らかな異邦人(バルバロイ)。かなり東方の顔立ちの老人だ。顔に刻まれた深い(しわ)が物語っている。


 翠緑(すいりょく)の宝石は、親指よりも一回り大きい。台座とチェーンは白金(プラチナ)色で、台座には()った装飾が(ほどこ)されている。見た覚えがない不思議な装飾だ。


 胡散臭(うさんくさ)いが、値段を聞いてみる。

「いくらかな?」

「一ソリドゥス(金貨)で、どうですかな?」

 と、露天商の老人はしわがれた声で淡々と答えた。商人にしては、やる気が感じられない。


 おおよそ羊一頭、軍兵の一ヵ月分の給与に相当する金額だ。


「見たところ翡翠(ひすい)のようだが、安すぎやしないか?」

 透明度から見て翠緑玉(エメラルド)ではなくて翡翠(ひすい)だ。翠緑玉(エメラルド)よりは安いが、大きさから考えて安すぎる。

 翡翠(ひすい)偽物(にせもの)には、狐石(きつねいし)など種類は多い。やはり偽物(にせもの)なのか?


(テクラ、来てくれ)と、土精霊(ノーミド)のテクラを呼び出す。

 すぐに、茶色の髪に茶色の瞳で、ドレスも茶色の彼女が、地面から姿を現した。


(ルーカス様。あれは間違いなく翡翠(ひすい)です。でも、何かあまり良くない感じがします)

 意図を察していたテクラは、すぐに答えを出した。土属性の鉱物について、彼女が間違えることはない。


「それは、この石がお嬢様(じょうさま)を選んだからです」と、露天商は意味の分からないことを言う。精霊(せいれい)の声も聞こえていない様子だし、猜疑心(さいぎしん)しか()いてこない。


「あなたには、石の声が聞こえると?」

「長年にわたり石と付き合っていると、意思が伝わってくるのですよ。信じられないかもしれませんが……」

 はっはっはっ……と、老人は、しわがれた声でからからと笑う。


 あまりいい気分はしないが、ボラれたわけではない。むしろ、掘り出し物といっていいくらいだ。

 

「わかった。なら、一ソリドゥスだ」と、金貨を一枚渡して商談は成立した。


 ペンダントを手に入れたイリスは、大喜びだ。さっそく、首から下げている。

 ソフィアとヘレネーは(うらや)ましそうだ。何かしら買ってあげないと納まりがつかないだろう。

 

 だが、イリスが身に着ける瞬間、本来は平穏(へいおん)長寿(ちょうじゅ)、幸福、友情のパワーストーンの翡翠(ひすい)の緑の輝きが、どこか冷たく(あや)しい印象を与えた。僕だけが気にし過ぎなのか……?


 その後も、市を楽しみながら家路についた。


 しかし、その夜、眠りに就いていると、メイドがせわしなく僕の部屋の(とびら)(たた)いた。出てみると――、

「若様、イリス様がたいへんなことに……」と、血相を変えている。


「どうした?」

「とにかく、お出でください!」


 ただ事ではないと、急いでイリスの部屋へ向かう。

 そこで凄絶(せいぜつ)な光景を目にした。


(いや)ぁぁぁ! 来ないで!」と、悪夢の中で、何者かを恐れてイリスが叫んでいた。何かを振り払うように腕を動かしている。

 高熱のせいで額には汗がこぼれ、髪がべったりと()りついていた。

 寝ているのに目は見開かれ、見えない何者かの恐怖を目の当たりにして、目を丸くしている。まるで非現実に思えた。


「これは⁉ ……ずっと、こうなのか?」

「さようでございます。寝付かれてからすぐに、このありさまで……汗が(ひど)いので、せめてお着替えをと思ったのですが……」

 そこで、メイドは顔を青くして口ごもる。


「何かあったのか?」と、続きを(うなが)すと――、

「ペンダントを外そうと触れると、冷たい青い光が放たれて手が(しび)れてしまい、外せないのです」と、ためらいがちに答えた。


 検証しようと、ペンダントに触れてみる。確かに、冷たい青い光が放たれて手が(しび)れる。

 光は神経を麻痺(まひ)させ、生命力と(あわ)せて体温をも急激に(うば)っていく。それで手が(しび)れ、思うように動かせなくなるようだ。


 (しび)れに耐えながら、何度か強引に外そうと試したが無理だった。限界を()えると、手が(こお)りつき凍傷(とうしょう)をおこしてしまう。


 悪夢ならば、夢魔(ナイトメア)の関与が疑わしい。

 ならばと、風精霊(シルフィード)のセレスティアを呼び出した。風精霊(シルフィード)は、風の力を使って夢の中を飛び回ることもできる。


「セレスティア。イリスさんの夢の中を見て来てくれ。もし、夢魔(ナイトメア)や悪さをする(やから)がいれば、追い払ってほしい」

「わかったわ。ルーカス様」


 しばらくして、セレスティアが(もど)ってきた。

夢魔(ナイトメア)(たぐい)は、いなかったわ。でも、外部から(あや)しくて強力な悪しき力が働いていた。それを恐れて、彼女は悪夢を見ているのよ。何度も彼女の心に呼びかけてみたけれど、届かなかった。役に立てなくて(くや)しい」と、セレスティアは至極(しごく)残念そうだ。


 せめて心の支えになれればと、イリスを背後から抱きしめて、手を握った。

「イリスさん。僕は、ここにいるよ。悪夢なんかに負けちゃダメだ」


 言葉が届いている手ごたえはない。ただ、体の温もりが伝わり、二人のオーラは交わっているはずだ。異性のオーラは、安らぎを与える。その信念で、彼女の心の平穏(へいおん)を祈りながら、抱きしめつ続ける。


 やがて一時間もすると、なんとか落ち着きを取り(もど)し、イリスは安らかな寝息を立て始めた。僕の力というよりは、彼女の精神力が悪しき力を一時的に退(しりぞ)けたのだろう。


 しかし、決定的な解決策が見つからないまま、イリスの体調は悪化の一途をたどり、体は衰弱(すいじゃく)していく……。

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